第5章 もうじきだ

5-1  2ヶ月後

 あやかさんが消えてしまった日から、2ヶ月が経った。

 2ヶ月だよ2ヶ月…。

 結婚して1ヶ月も経たないうちに消えてしまって、それから、もう2ヶ月も帰ってこないんだから…、あ~あ…。


 この2ヶ月で、おれとしては、いろいろな面で、ちょっとは進展したような気もするんだけれど…、でもね…、あやかさんを奪還する、というところまでには、まだまだ届きそうにもないし…、嫌になっちゃうよ。


 梅雨も終わって、暑い日が続いている。

 木々の葉も濃い緑で夏の色。

 日の光に、キラキラ輝いている。


 この、まばゆい高原の夏を、あやかさんと、のんびりと、楽しく、愉快に過ごしたかったのにな…、なんて、つい、思っちゃうんだよね。

 部屋の窓を開けて、ベランダに立ち、青い空を見てるとさ。


 さて、前に書いた話は、あやかさんが消えてから3週間後のことだった。

 それで、それから今日までの間に起きた大きなことは、というと…、おれの『あやか奪還計画』の進展よりも、まず、サッちゃんのことになってしまうのかも。


 というのも、おれの方…、力をつけることは進んでいるつもりなんだけれど…、でも、奪還、というと、どうも、まだまだ、遠い感じだからねぇ…。

 それでも、ちょっとした変化…先に続くような出来事はあったんで、それについては、あとで、書くことにして。


 で、まず、サッちゃんの話。

 サッちゃんの、年齢や誕生日をどうしたか、ということ。

 その話になったいきさつから始めます。


 今、サッちゃんの教育については、基本的に、吉野さんが、家事をはじめとして生活に関連したことを教えている。

 そして、さゆりさんが、勉強と運動を担当している。

 なんせ、まだ、学校に行っていないからね。


 で、さゆりさん、運動の時は、ラジオ体操から始めて、走り方だとか、鉄棒だとか、いろいろなことを教えている。


 そう、その鉄棒だけれど…、さゆりさんに言われ、美枝ちゃんが発注してと、瞬く間に、庭の隅の方に作られたものだ。

 低い鉄棒には2つの高さがあり、高い鉄棒の方はおれでも使えるようなもの。


 おれとしては、このような物を、しかも、低いのと高いの、両方を、いとも簡単に、庭に作っちゃうなんて、『ものすごいことするんだな』とビックリした。

 そのビックリの原因は玲子お母さん。


 そもそもは、玲子さんが来たときに、たまたま…だと思うんだけれど…さゆりさんから鉄棒の話が出た。

 教科として必要なんだけれど、どうするか悩んでいる、といった感じで。


 そうしたら、『そんなの、すぐに作っちゃいなさいよ』との玲子さんの一言で、すべてが、一瞬のうちに決まったんだとか。


 それと、運動で、もう一つ。

 さゆりさん、どうも、例の特殊警棒を使って、サッちゃんに、護身術のようなことも教えているようだ。


 その練習のとき、遠目に見ても、サッちゃんがとても楽しそうに動いているのがわかるので、やっぱり、サッちゃんも、あやかさんのような感じの女性になるんじゃないのかな、と思った。


 それで、勉強の方だけれど、これは小学校の教科書を揃えて、すべての科目を、1年生のものから順に教えている。

 これを、さゆりさん、一人で、全部、やっている。


 さゆりさんの話では、サッちゃん、かなり賢くて、覚えが早いようだ。

 算数など、もともと足し算、引き算は完璧なので、算用数字を教え、さらに、かけ算の九九を教えたら、かなりの短期間、1週間くらいで覚えてしまったらしい。


 そんな中で、特に国語についてなんだけれど、サッちゃん、ずいぶん、文章も読んでいたらしく、読解力があり、また、大変なはずの漢字は、中学や高校で習うような字まで知っていて…でも、旧字体なので、その修正はあるんだけれど、国語は、そんなに時間がかからないようだ。


 それで、さゆりさん、国語をどの程度まで教えればいいのかと…、やり出して4週間で、もう、6年生の教科書になっているので、気になって、夕食のあとに、美枝ちゃんやおれに相談してきた。


 有田さんがいない時だったから…、有田さん、金曜に別荘に戻り、日曜には、東京へ、という生活パターンになりつつある…、『大人』の意見?聞けなかったけれど、北斗君や浪江君も交えての話し合いとなった。


 まず、サッちゃん、いくつなのかということになった。

 さゆりさんが前に歳を聞いた時、12歳だと言っていたとのこと。

 でも、これ、昔風の数え方だろうから、数え年でだよね、と言うことになって、サッちゃんに、いつ生まれたのかを聞いてみた。


 この辺が、すごいと思ったんだけれど、サッちゃん、『寛政6年、皐月さつきの15日』と、すぐに答えてくれた。

 でも、あとで聞いたんだけれど、フクさんに、これは大事なことだからと、何回も繰り返し言われて、また、言わされたことなんだとか。


 このフクさんという人に、おれ、すごく興味がある。

 すごい人だったんじゃないのかと思うから。


 なぜなら、当時、庶民は年号なんて使わないで、例えば甲寅きのえとらとか乙丑きのとうしとかいうように、十干じっかんと十二支を組み合わせて表す干支えとを使うのが普通だったはずだ。

 少し、教育法が人とは違っていたのかもしれないが、幅広く教え、そのおかげで、今うまくいっているように思う。


 美枝ちゃん、すぐに、スマホで調べ、

「1794年6月12日のようですね」

 と、まあ、ネット頼りの判断…間違っていたら、ネットが悪い、ということで。


 1794年というと、そのまま計算すると、200歳を超すとんでもない歳になってしまうので…、まず、洞窟に入った日は、というと、1805年4月15日。

 だから、その時のサッちゃんは、11歳の誕生日間近だけれど、まだ10歳ということになる。


 そして、サッちゃんが洞窟に入った時と出た時、サッちゃんにとっては、数分のことだったようだが、実際には200年以上の年と…、今の暦の上での月日として、出てきたのは6月末だったので、2ヶ月半近くのズレがある。


 というような話のあとで、

「ズレは二ヶ月半…、ということで、ちょっと無理して、有耶無耶にしちゃって…。

 サッちゃんの誕生日は、今の暦に直しての、6月12日のままとしておいても、いいように思うんだけれど…」

 と、おれが言うと、


「その、のどかな提案に、賛成です」

 と、美枝ちゃん。

 こんな時にも、おれをからかう言葉『のどか』を絡めての返事だった。


 これに、さゆりさん、

「そうね…。

 まあ、のどかだけれど、自然な感じよね…」

 と、ニッと笑いながら賛成してくれた。


 北斗君と浪江君も軽く笑いながら賛成。


「それで…、もうじき11歳というときに洞窟に入って…、今の世界での今年の誕生日は、もう、過ぎているので、今は11歳、ということでいいよね」

 と、言うことになった。


 今年の誕生日、6月12日は、洞窟の中にいるときに過ぎちゃったことになる。

 洞窟に入った日にちと、出てきた日にちの差、二ヶ月半くらいはどっかに行っちゃったんだけれど、まあ、これはしょうがない、ということにした。


 だから、サッちゃん、誕生日過ぎての11歳で、小学校なら、今、5年生だ。

 でもな…、それにしては、聞き分けが良く、落ち着きがあって、物がよくわかっている…、ような気がする。

 実は、この年齢のほかの子、あまり知らないから、よくわからないけれど…。


 それで、今11歳として、そうなると、何年生まれと同じなのか?と年を求めて、今の世で、生まれたとする年も決めた。

 そして、このこと、美枝ちゃん、すぐに玲子お母さんに報告。

 玲子お母さんから、おじいさんやお父さんに話が行くことになった。


 これで、おじいさんも動き出す材料が揃ったことになる。

 美枝ちゃん、玲子さんから聞いた話だと、中学校に入る頃を目処に、国籍、なんとかしたいんだが…と、おじいさんが言っていたんだとか。


 それだと、あと、1年半以上ある。

 どういう手段を使うとか、それ以上の内容は、わからないんだけれどね…。

 これについては、おれ、深入りしないつもり。


 とはいえ、中学校から、ということは、それまでに、小学校でやるべきことは、済ませておけよ、ということなんだろうな。

 そんな話になったとき、


「でも、今のペースだと、それまでには、中学一,二年くらいのところまでは終わっちゃうかもしれないわね…」

 と、さゆりさんが呟いた。


 それと、玲子お母さんは、時々、1泊で、サッちゃんの様子を見に来ている。

 1泊と言っても、泊まるのはホテルだけれど。

 この2ヶ月で5回も来た。


 サッちゃんも玲子さんには完全に慣れて、また、美味しいケーキを買ってきてくれるものだから、玲子さんから連絡が来ると、とても楽しみにして待っている。

 ちなみに、玲子お母さんが来たときは、美枝ちゃんの指示で、北斗君が駅まで迎えに行き、ホテルへの送迎なども担当している。


 以上がサッちゃんに関することで、さて、次は、おれの力についてのことになる。

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