4-8  手裏剣

 でも、次の日からは、サッちゃん、方針転換。

 山道に入ると、初めから自分の速度で…おれよりも遅れて、ということになるが、1周して、あとは、橋の近くで練習…、そう、その話もしなくてはいけなかったんだけれど、練習して、おれが3周走り終わるのを待っていてくれる。


 それで、その練習。

 なんと手裏剣の練習。

 これを見せられたとき、みんなとても驚いた。


 それは、今日から10日前の日曜日の話。

 だから、あやかさんが消えてしまってから、11日後の夜のことになる。

 この頃には、サッちゃん、みんなに打ち解けて、片言のような感じで、話をするようになっていた。


 夕食を食べ終わって、そろそろ片付けようか、と言うときになって、急に、サッちゃん、『待っていて』と、みんなに言い置きして、自分の部屋に行った。

 まあ、みんな、なんなんだろうな、と、言われたままに待っていたわけ。


 サッちゃん、戻ってきたとき、布袋を持っていた。

 ここに来たときから、とても大切にしていた布袋。

 でも、その袋は一度、洗濯して、きれいになっている。


 大事そうに持っていたその袋、かなり汚れていた。

 それで、吉野さんが、その袋を、洗濯した方が良いこと、説得したようだ。

 吉野さん、中身を移す別の袋を渡して袋を預かり、サッちゃんと一緒に、丁寧に手洗いした。


 その袋が乾いたときには、サッちゃん、元通りに、中身をその袋に戻し、吉野さんが渡した袋はきれいに折り畳んで、吉野さんに返した。

 そして、きれいになった袋を、また大事に持っている。


 その袋、サッちゃんが、さゆりさんにその面影を求める、フクさんという人から、別れの時に渡された物であることは、吉野さんが、洗濯するときに聞き出しており、もう、この時には、みんなが知っていた。


 その中身を、見せてくれるというのだ。

 みんなが、なんとなく、興味を持っていたの、わかっていたようだ。


 夕食では使わない、食堂の奥…南の窓近くなんだけれど、こっちが奥…にある一つのテーブルの上に、サッちゃん、ゆっくりと中身を広げていった。

 お店を開くように。


 まず、木のお椀と、干飯ほしいの入った布袋…。

 干飯っていうのは、聞いたことはあったけれど、実は、おれ、その時、初めて、本物を見た。

 みんなも、そんな感じ。


 で、この夜、寝る前の話になるけれど、この干飯のこと。

 しばらく必要ないけれど、かといって、とても貴重なもの。

 布袋ごと冷凍用のビニールの袋に入れて、冷凍庫に保存しておいた。


 それに、茂三しげぞうという人が作ってくれたという箸。

 その箸、布で巻いてあり、サッちゃん、すごく大事そうに取り出した。

 茂三さんへの、特別な思いがこもっているようだ。


 次に、火打ち石と火打ち金。

 それに、初めに火を付けるための物だというものが入った小さな袋。


 火打ち石という言葉は知ってはいたけれど、石に打ち付ける金属を、火打ち金あるいは火打ち鎌ということや、火を付けるための燃えやすいものを火口ほくちといったりすること、この時、美枝ちゃんが、ネットで調べてくれて、初めてわかった。


 そして、お金の入った袋。

 小さいけれど、かなりずっしりと重い袋。

 

 小判こそ入っていなかったけれど、長さが2センチちょっとの銀色の長方形のお金が…これ、二朱銀というんだそうだが、丁寧に8枚ずつ紙で包まれたものが二つ、それとバラで5枚入っていた。


 4しゅで1、4分で1両、だから1両は16朱となる。

 ということで、二朱銀8枚だと16朱で1両ということなんだそうだ。

 1両というと、今のお金で10万円を越すくらいの価値があったらしい。


 この二朱銀、全部で、今の30万円近くの額に相当するようなお金になる。

 しかも、江戸時代のこと、サッちゃんのような小さな子どもが持つには、すごすぎる大金。

 本当に、非常事態だった、ということが、これでもわかった。


 そのほか、そのお金の袋からは、寛永通宝と呼ばれる四角い穴のあいた丸い1文銭が32枚出てきた。

 250もんで1朱、千文で1分だから、本当の小銭。


 1分が千文で、1両が4千文。

 だから、1両を10万円と考えると1文は25円ということになる。

 サッちゃんの時代のこととして、そば1杯が16文だった、という話は有名だ。

 あれ?32文って、そば2杯分ていう…、いや、そんなわけないな。


 でも、この小銭から、いろんなことが思い浮かぶ。

 たぶん、前もって用意していたものではなく、サッちゃんに渡そうとしたとき、咄嗟に、フクさんという人が入れたのかもしれないな…などとね。


 その次に出てきたのが手裏剣だった。

 まず、その時、サッちゃん、布の包みを出した。

 お金を並べて…そのままにしてあるから…、テーブルが狭くなったので、隣のテーブルに移動。


 みんなも、それに従って移動。

 みんなが揃うのを待って、サッちゃん、テーブルに布を広げる。

 中から出てきたのは、何かを包んだ手ぬぐい。

 サッちゃん、それを広げながら、取り出したのが手裏剣だった。


 みんな、『えっ?』という、驚きの声を上げた。

 サッちゃん、チラッとおれを見て…おれ、たまたま、サッちゃんの正面にいたので目が合ったけれど、サッちゃん、ちょっと、ニッと笑ったような気がする。


 そして、布の上に、5本の手裏剣が並んだ。

 サッちゃん、これらの手裏剣は、フクさんから、渡された物だと言う。

 おれ、初めは、フクさんの形見、と言う意味だと思った。


「サッちゃん、それ、使えるの?」

 そんなとき、そう聞いたのは、なんと、浪江君。

 サッちゃん、ニコッと笑って、かわいく頷いた。


 それで、さっそく、やって見せてもらうことになった。

 吉野さん、浪江君を、手招きして連れていって、台所にある裏口から外へ。

 少しして、浪江君、細長い板を持ってきた。

 長さ二メートルほど、幅は40センチあるかないかで、厚さは1センチちょっと。


「それなら、穴をあけてもいいわよ」

 と、吉野さん。


 で、浪江君、ロビーとの間の壁に、その板を立てかける。

 テーブルの前にいるサッちゃんからは2メートルほどの距離。


「サッちゃん、いいよ。

 投げてみてよ」

 と、そこから離れながら、浪江君。


 サッちゃん、ゆっくりと頷く。

 で、そこから投げるのかと思ったら、フッと反対の、東の窓の方に歩いて行き、くるりと向き直る。


 向き直ったと思ったときに、ヒュッと手裏剣が飛び、ガッと板に刺さった。

 続いて、ガッ、ガッと音がして、3本の手裏剣が、おれの胸の高さで三角形になって刺さっていた。

 的までの距離、5メートルちょっと。


 一瞬、シンとなった。

 すごすぎる、といった感じ。


 でも、すぐに、みんなで、拍手となった。

 サッちゃん、急に赤い顔になって、うつむいてしまった。

 これも、とてもかわいい。


 そんなことで、サッちゃんは手裏剣の名人だということがわかった。

 で、その板は、今でも、その時、立て掛けたままになっていて、時々、サッちゃん、食堂のその場所で手裏剣の練習をしている。


 幅40センチの板なのに、サッちゃん、外したことはない。

 しかも、たぶん、サッちゃん自身、外すなんて考えたこともなさそうな感じなので、それがすごいことだと思った。


 それで、山を走るときの『練習』に、話を戻すけれど、サッちゃんが走り始めて2日目の朝、走りに出るとき、サッちゃん、長さ50センチほどの板を持ってきた。

 幅や厚さは、食堂に立て掛けてある板と同じ。


 昨日、吉野さんに言って、出してもらったんだとか。

 もちろん、すぐに、おれが持ってあげてスタート。


 それを、橋の近くに生える木の枝の付け根、高さ1メートルほどのところに置いて、…ちょうどうまく、差し込むように置けるところを、サッちゃん見つけていて…手裏剣の的とした。


 だから、おれが、2週目が終わって橋を渡るとき、サッちゃん、その近くで手裏剣を投げている。

 3週目が終わるときには、サッちゃん、手裏剣を手ぬぐいでくるんで背負っていて、おれと一緒に走って家に向かう。


 後日、吉野さん、背負うために、いい大きさの、うまい具合の袋を、サッちゃんのために作ってあげていた。 


 それにしても、フクさんという人、手裏剣をはじめとして、いろいろなことを、サッちゃんに、かなりしっかりと教えていたようだ。

 文化2年なんていうことがわかっている子どもなんて、当時としては、珍しいんじゃないかと、おれ、勝手に思っていたが、フクさんの教育によるんだろう。


 まあ、そんなことで迎えた、3週間目の水曜日だった。



 ****  ****  ****  ****  ****

 第4章はここまでです。

 次は、第5章 『もうじきだ』 です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る