4-7  絵馬

 平池神社に、アヤさんが奉納した絵馬。

 木戸さん、当然、その絵馬の写真を持っていて、それを使って当時の状況…、特に、木戸さんが調べた、アヤさんたちの動きまで説明してくれた。


 今の敷地に、家を建てた頃のこと…大正時代らしいんだけれど、どのようなことをしていたらしいとか、こっち、妖魔洞窟には、いつ頃来ていたようだとか、まあ、今となってははっきりわからないことばかりだけれど、わかる範囲で。


 そして、その絵馬。

 その中央に、今、刀を、まさに地に刺さんとする女性が描かれている。

 その下、大地には、女性の足もとを中心に、紫色の大きな渦。


 おれらの常識から、普通に考えると、アヤさんが、妖魔を退治しているところを描いてあるのだろうけれど、ただ、その絵馬の右上に上弦の月、左上に下弦の月が、向かいあうように描かれている。


 これは、絵馬の、ただの模様のようにも見えるが、木戸さんは、ちゃんと、意図して描かれたものだろうと考えている。

 まあ、『妖魔降霜陣』の話を聞いて、続いて、この絵馬の写真を見せられると、おれでも、そう、思う。


 だから、アヤさん、上弦の月の日と下弦の月の日、そのあたりの時に、妖魔を退治していたんじゃないだろうか…。

 と、いうことが、今回、わかった大きなこと。

 月2回だと、あやかさんがアヤさんのとった妖結晶の数について話していたこととも、ピッタリと合う感じだ。


 この話の時、平池神社の話なども聞けて、いろいろと、参考になった。

 平池神社と、櫻谷との関係の始まりは、そもそも、アヤさんが、明治の末に、あの付近一帯の土地を購入したとき、土地の一部のような、曖昧な形で、平池神社が含まれていたそうだ。


 そもそも、付近一帯をまとめて全部を購入しなくては、売ってもらえないような話だったらしいと、木戸さん、その辺まで調べてある。

 おじいさんからの聞き取りと言うことで。


 そこで、購入後、しばらくして、家を建てようとなったときに、アヤさん…、ここでは、ずっとアヤさんと言っているが、本当は、由之助さんかもしれないんだけれど…、神社の境内を家の敷地とはっきりと分けた。


 そして、家を建てる前に、まず、平池神社の社殿を建て直し、それに合わせ、周辺の土地も、少し多めに寄進したんだとか。


 平池神社、こんな身近な神社だった割には、どうも馴染みはなかったが…、おれ、まだ、お参りもしていないくらいだから…、でも、古い神社で、地名にまでなっていることに、この時、気付かされた。


 まあ、この付近一帯、深い山の中で、ほかに、地名になるような目印がなかったのかもしれないけれど。

 まあ、だから、最寄りの『南平池駅』は、うちの南の方にあるわけだ。


 この神社、あやかさんが戻って、また、東京で暮らすようになったら、頻繁に、行ってみたいところだな、と思った。

 アヤさんや由之助さんが、こんなに関係していたんだからね。


 そんなこんな、木戸さんから、いろいろな話を聞けて、ずいぶん参考になった。

 同時に、知識という面では、あやかさん奪回作戦には、さほど大きな糧にはならなかったような気もした。


 やはり、自分自身に力をつけ、奪回方法は、その時その時で、切り開いていくしかないようだ。

 ただ、漠然としていた知識が、すっきりとまとまり、全体の整理ができたことが大きかった。


 文献などに書かれていても、おれの知らない、何かがあるんじゃないか、とか、大きな見落としがあるんじゃないか、などという、不要な心配はなくなった。

 いろいろ、木戸さんが集めた写真なども、おれにとっては貴重な物だ。


 浪江君も、そう感じたんだろう、終わったあと、木戸さんにお願いして、すべての映像をゲットしていた。


 木戸さん、嫌な顔をせずに、浪江君にあげながら、それでも、

「これ、貴重なんだからね」

 と、もったいぶったように言うと、


「はい、ぼくも、そう思うんで…欲しいなと…。

 大事にしますから…。

 それと、あとで、ぼくの持ってる物、あげますので…」

 と、浪江君、返事をしていた。


 で、浪江君、木戸さんに、この間、洞窟で撮った映像をあげたみたいだ。

 それと、美枝ちゃんに断って、おれが書いた妖魔の絵のファイルも。


 そうそう、浪江君がこれを、木戸さんに渡すとき、木戸さん、

「おお…、これが、妖魔なのか…。

 すごい…、すごすぎる…」

 と、喜んでいた。


 お互い、外には出さない、という約束付きでの交換。

 まあ、この二人なら、内輪だし、約束を守るんだろうけれど、このパターン、巷で、秘密のはずの映像なんかが広まっていくの、わかる気もした。


 それと、これ、念のために言っとくんだけれど、おれが欲しいという前に、それらの映像を、二人がくれた。

 木戸さんなんか、最初から、おれに渡してくれるために、前もって、東京で、ちゃんと、準備してくれていた。


 でも、おれからは、外には出さないつもり。

 あとで、あやかさんと二人で、ゆっくりと見たいと思う。



 それと、3週間後のこととして、今の状況でもう一つ、書いておきたいことがある。

 サッちゃんのこと。


 サッちゃん、1週間くらい前から、おれと一緒に、山の道を走っている。


 その話の前に、まず、先週の月曜日のこと。

 さゆりさんと美枝ちゃん、サッちゃんを連れて、北斗君の運転で、街の方に買い物に行った。


 サッちゃん、この近くを、車で走るのはこの時で3度目。

 楽しいことは楽しいらしいのだが、今までとはあまりにも違う世界になっているので、内心は複雑らしい。

 で、サッちゃん、その買い物で、足にしっかりと合う靴を3足買ってきた。


 それまでの、北斗君が見計らって買ってきた靴…、美枝ちゃんに言われたサイズらしいんだけれど、それはちょっと大きかった。

 それで、合う靴を買いがてら、運動できるような服など、いろいろな買い物をしてきたようだ。


 この買い物で、おれと同じように、走ろうと思えば、いつでも走れる前提ができたことになる。


 そして、次の日、火曜日の朝になるけれど、おれ、洞窟から戻って、一度部屋に入って集中力を高める練習…、この時は、短時間だけれど、練習をした。

 で、さてさて、これから山道を走ろうかな、と部屋を出て、下に行くと、ロビーでサッちゃんが待っていた。


 そう、最近、サッちゃんとは、簡単な話を平気でするようになっている。

 ただ、サッちゃん、まだ、思ったことを話すのが、難しいらしいんだけれど。

 それで、これから、何をするのか、というようなことを聞かれた。


 おれ、わかりやすいように、玄関の方を指して、前にある山の中を走っているんだよ、と話した。

 すると、サッちゃんも、一緒に走りたいとのこと。


 新しく買った靴を使って、山道を走ってみたい、というようなことを言う。

 買ったばかりの素敵な靴、靴に慣れたいのか、様子を見たいのか、サッちゃんのその気持ちはよくわかる。


 でも、実は、サッちゃん、おれが山道を走っていることは、さゆりさんから聞いて、知っていたようなんだけれど、そこから話を始めたのがすごいところ。

 そして、昨日買った靴と、話を結びつけて、必然性を醸し出している。

 ひょっとしたら、話し方、おれよりも上を行っているのかもしれない。


 一緒に走るのは、おれとしても楽しい面はあるんだけれど、でも、山の道を走るのって、けっこうきつい。

 それで、様子見に、1度、走ってみてから決めることにした。


 まだ、バラが咲き続けている別荘の柵。

 その門の前から、一緒にスタートした。

 外の門…敷地の門のことだけれど、その方向へ。


 走るの、おれ、普段よりも、ちょっと速度を落として、様子を見ながらだったんだけれど、サッちゃん、一生懸命に走って、なんとか付いてきた。


 そして、山道。

 小川の脇、橋の手前から、入って、ちょっと進んで、すぐに上り坂。

 なんと、ここでは、サッちゃん、おれにピッタリと付いてくる。


 それならば、と、普段と、同じ程度の速さにしてみたが、なんと、なんと、サッちゃん、山道は得意のようで、楽しそうな感じで走って、ちゃんと付いてくる。

 正直、ちょっと信じられない感じだった。


 ただ、1キロちょっと走った辺りから、さすが疲れたようで、速度が落ちる。

 おれも、それに合わせて、速度を落とし、ゆっくりと走る。


 その山道、橋から、もう少し、外の門の方に行ったところに出てくる。

 だから、途中で、一度、細い谷川を飛び越えている。

 おれは、これを、あと2周走るので、とりあえず、橋のところで止まる。

 その日、サッちゃんは、そこで終わりにして、先に帰って行った。


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