4-6 3週間後
あやかさんが、妖魔洞窟で消えてから、3週間が経った。
だから、今日は水曜日。
もう、3週間だ…。
その3週間が経っても、もうじき、あやかさんに辿り着けるぞ、という気には、ぜんぜんなれない。
そもそも、あやかさんが消えてしまった直後、あの洞窟で対峙した妖魔に対する自分の力や、妖魔そのものに対するおれの知識のことも考えて、あやかさんを取り戻すのに、『下手すると、年単位の時間がかかるかもしれないぞ』と思った。
そういう意味だと、まだ、たったの3週間、と言えなくもないんだけれど…、でも、こう、目立った進展がなく3週間が過ぎてしまうと、何だか、ちょっと、焦るような気持ちも生まれてくる。
手始めの出来事は…、というと、1週間前のことになるけれど…。
だから、あやかさんが消えてしまってから2週間経った日のこと。
妖魔洞窟に行って、あの砂場で、あやかさんに『おはよう』の挨拶をしたあとに、今のおれの力でどのくらい通用するのかと、思い切って、ヒトナミの時の緊張をして、目の色を変えてみた。
かなり、力を入れたんだけれど、どこも紫色に変わってくれなかった。
砂場のまわりも、砂場の向こうの岩壁も、どこにライトを向けてもそのまんま。
それで、ちょっと、焦りのような物が出てきて、あの、変なかたちの岩のところでもやってみた。
でも、結果は同じ…、変わりなし。
つい、弱気になって、
『やっぱり、あやかさんが一緒じゃないとダメなのかな…』
と、思ってしまった。
でも、これじゃ、いけないんだよ。
おれ一人で妖魔を呼べなくては、あやかさんを取り戻せないんだから。
おれが、何とかしなくっちゃ、いけない…んだけれど…な~…。
ただ、今日までの3週間、やるべきことはやっていた、という気持ちはある。
あるにはあるんだけれど、目標が、あまりにも遠い感じなので、充実感というようなものは、ちっとも湧いてこない。
だからなのかもしれないけれど、つい、弱気なところが出てきてしまう。
ということで、おれに力をつける、という意味では、そのような感じで、やっていたが、成果というほどのものは…といった状況だったけれど、その一方で、今回は、妖魔の情報という面に関しては、けっこう、実のある時間を過ごせたと思っている。
それは、木戸さんから、かなり多くのことを教わったから。
木戸さん、先々週に、一度別荘に来て、映像を見ながらおれの話を聞き、翌日、洞窟をみてから、有田さんと東京に戻った。
でも、約束通り、先週の金曜日に、また、別荘に来てくれた。
夜になって、有田さんと一緒に。
この時は、1週間くらい、滞在してくれるとのことで、空いている『牡丹』の部屋に泊まることになった。
もちろん、今も、滞在中。
それで、翌日の土曜日…先週のだけれど、午前中に、木戸さん、もう一度洞窟をみたいというので、おれ、また案内した。
そうして、同じ様なことになるけれど、おれ、もう一度、説明を繰り返した。
2度目でも、木戸さん、真剣に聞いてくれ、今度は、いくつか質問をよこした。
そして、その日の午後から、妖魔に関する話をしてくれて、日曜日と月曜日、そして昨日の火曜日には、午前と午後の2回ずつ、話が続いた。
それぞれ、2時間くらいずつになるけれど、妖魔のいろいろな話をしてくれた。
それ、会議室でやったんだけれど、おれ、木戸さんの承諾を得てから、みんなを誘ってみた。
すると、吉野さんとサッちゃんを除く全員が参加した。
だから、聞く方の参加者は、おれ、有田さん、さゆりさん、美枝ちゃん、北斗君、浪江君の6人。
みんなも、こんな貴重な話、聞かなきゃもったいなと思ったんだろうな。
で、吉野さんはというと、その、木戸さんが話をしている間、サッちゃんの面倒を見ながら、食事の支度など、普段通りに、家のことをいろいろとやってくれていた。
サッちゃん、料理や掃除など、少しずつ、吉野さんの手伝いができるようになってきている。
サッちゃん、自分から進んでそのようなことをして、この時代での生活に必要な、いろんなことを吸収しようとしている。
吉野さんも、それを意識して、一つひとつ丁寧に教えながらも、そのほかに必要だと思うことを、いろいろな話題に織り交ぜて、話し聞かせている。
吉野さん、どうしても、サッちゃんが、小さい頃のあやかさんと重なるところがあるらしく、何かと世話を焼いている。
あやかさんのことで受けたショックを、少しでも、紛らわせることができるのなら、何よりだと思う。
で、木戸さんの話してくれた妖魔のことだけれど、基本的に、おれ、その多くのことを、すでに知っていることに気が付き、我ながら、驚いた。
あやかさんから聞いたり、実際に、経験したりしているので、その確認となるような感じの話が多かった。
そう、おれ、ザラメ状の妖結晶の上を動きまわった小さな妖魔の動きだけでなく、この間、あやかさんが消える前に、大きな妖魔の動きもみている。
これは、映像もあり、みんなも、これを見ているので、木戸さんの話、わかりやすかったと思う。
しかも、おれは、夢のような形で、いくつかの場所での妖魔の疾走を見ているし、妖魔の姿まで見ている…。
あれ、夢のような形ではあったけれど、絶対に夢ではないと信じている。
そうそう、それで、このあいだ気が付いたんだけれど、あやかさんが消える前の、洞窟で見た妖魔、角が外に出ていなかったように思った。
もちろん、角で岩を砕いて進めるのかどうかわからないけれど、あの時、そのような動きはなかった。
そうなんだよな…、あの時の妖魔は、光だけの妖魔だったような…、
うん、そんな気がする。
龍のような、光の帯…。
そんな妖魔だったんだけれど、最後の最後に、砂場が盛り上がったのも事実だ。
だから、床になっている岩の下を走っていたような感じもしたし…。
この点については、今後も、しっかりと考えていこうと思っている。
それで、話を元に戻すと、木戸さんの話で、特に、期待していた『妖魔降霜陣』、この本では、その内容の大半が、妖魔が、どのようなところで、どのような動きをするかと言うことに費やされていた。
場所については、湿原や草原、また、畑など、具体的な例をいくつか挙げ、まとめて、平らでひらかれたところが多いとなっていた。
そして、妖魔の動き。
まず、大きな円を、渦を描くように回りながら、中心に向かうこと。
そして、中心から飛び出して、またほかで渦を描き始めること。
これは、すでに知っていることのおさらいとなった。
ただ、飛び出したあと、次の渦が始まるまでの間、空にいて、また地に戻るような意味のことが書かれていたが、ただそれだけで、これを書いた人も、実際には、この間、どうなっているのか、わかっていないんじゃないのかな?と思った。
そして、最も大事なこととして、その妖魔の退治の仕方。
いつ、どこを、どのように、妖刀『霜降らし』で突き刺すのか、といったことだが、おれ、ここは、あやかさんから、しっかりと教わったことだった。
でも、やはり、ここが、この本のポイントのようだ。
ただ、この本の中で、初めて知ることもあった。
それは、妖魔を退治するのに適している日があり、それは、毎月、7日頃と23日頃である、ということだ。
もちろん、ここでは、旧暦で言っているので、日にちは月齢と関係し、7日頃とは、上弦の月となる日とその前後、そして、23日頃とは、下弦の月となる日とその前後のことだ。
その理由として、今の言葉に直すと、『弱すぎもせず、強すぎもせず』と解釈できるらしいんだけれど、何が、『弱すぎもせず、強すぎもせず』なのか、などなど、この辺は、木戸さんにも、よくわからないことのようだった。
木戸さんが『この辺は、本当に、よくわからないんだよね…』なんて言うもんだから、当然、これを聞いている人間、みな、そのことに興味を持ち、それぞれで、そこのところを読んでみた。
ても、木戸さんがわからなかったことをわかった人はいなかった。
まあ、それはそうだよな…。
この本、筆で書かれたもので、字も、なかば崩し字、だから、読もうとしても、書いてある字、そのものが何と言う字かわからず、『ねえ、木戸さん、この字は、何という字なんですか?』と、木戸さんに聞きながら読んだんだから。
主語も書いていないし…。
月の光の強さなのかな、とも思って読んだんだけれど、それに関連すること、ちっとも書かれていないし、また、だから何だというと、これまたわからないし、やっぱり、見当が付かなかった。
ただ、それに関連したこととして、アヤさんの絵馬の話があった。
それは、明治の頃、アヤさんたちが、今の東京の家周辺を整備しているときに、平池神社に、アヤさんが奉納した絵馬が残っているというもの。
急に出てきたけれど、平池神社というのは、うちの裏山の南側にある神社。
山の南斜面の裾野、うちの敷地の一画が、えぐれるようにへこんでいるところが、その平池神社の境内だ。
そこにある、絵馬の話。
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