4-3  山の道

 別荘の前から、敷地の門、『外の門』に向かうと、間には小さな谷がある。

 それで、ここ、敷地の門の前から少し行くと、林の中を行く道は、やや左に曲がり、20メートルほど先で、今度は緩く右に曲がって、谷筋に出る。


 そこから、右側に、大きく緩いU字を書くように、ゆったりとした左へのカーブになっている。

 そのU字の先っちょのところに、小さな谷川にかかる、短い橋がある。

 おそらく、玲子さんは、そこのことを言っているんだろう。


 そして、玲子さん、その山道のことを、ある程度知っていた。


「前にね、ここを管理してくれていた人が、山菜や茸を採るときに、その山の道を使っていたようなんだけれどね…。

 その方が辞めてから…、そうね、もう、5、6年になるのかしら?

 そのあとは、誰も使っていないのかもしれないわよ」

 と、玲子さん、その道は、もう通れなくなっているんじゃないのか、とのことで。



 でも、行ってみると、入り口は、わりとしっかり残っていた。

 それで、すぐに、その道をたどってみるが、少し進むと谷川から離れ、右手にちょっと登ると、もう、大きな枝が折れ曲がり、道にかぶさっていて先に行けない。


 それでも、葉の合間から向こうを覗き見ると、道筋は、はっきりとわかった。

 思っていた以上に、道の状態は良いということだ。

 山の中を通る道だけれど、もともとが、かなりしっかりしていた道なんだろう。

 ということで、ここが道開きのスタート地点だ、と、思いながら、鉈を取りに戻ることにした。


 部屋に戻り、北側の部屋にあるロッカーから鉈を取り出す。

 鞘に入った鉈を担ぐようにして、肩にトントンと当てながら、下に降りていくと、ロビーにいた北斗君、

「あれ?リュウさん、なにすんスか?」

 と、聞いてきた。


「道作りだよ」

 と、これから毎朝走るための山道を、今から整備しようと思っている旨伝えると、北斗君、すぐに参加を表明。


 北斗君、静川さんに頼んで、鉈を出してもらう。

 その時、おれが訳を話すと、静川さん『それじゃあ、これも必要ですね』と、鋸や鎌まで出してくれた。


 そして、さっきの、大きな枝が、道にかぶさってきているところに来ると、北斗君、

「これは、手前の方は鉈でもいいけれど、あの辺は、鋸なんでしょうね…」

 と、奥の上、幹から裂けるように折れて、かなり太いところを指さす。


「そうだよね…。

 鉈で払って、少しずつ進んで、あの枝全部を落とすとすると…。

 うん、ちょっと高いけれど、鋸で、切っておいた方がいいんだろうね…」

 と、おれが答えると、北斗君、思いもよらないことを言う。


「でも、ねえ、リュウさん。

 あの枝の根元のところ、引き寄せちゃったら、どうなるんです?」


「えっ?

 引き寄せちゃうの?」


「そうっスよ。

 この間の監視カメラだって、金具の付け根からスッパリコンで、ナイスゲットだったんスからね。

 あの枝の根元、あそこだけをスパッと輪切りにしちゃえば、この枝、ドサッと落ちて、あとは、低いし、鉈のスパスパだけで片付いちゃうんじゃないっスか?」


「なるほどね…。

 でも、引き寄せとは想定外だな…、枝の輪切りって…やったことないし…。

 うまく、引き寄せられるかどうか…わからないな…」


「じゃあ、とにかく、何回か、試しにやってみて下さいよ。

 できれば、うんと楽になりますから…」


 ということで、試しにやってみることになった。

 あの枝の付け根のところなんだけれど…、う~ん…。

 薄いディスク状だと、どうもイメージしにくいな…。

 ということで、円柱にして…。


 あれやこれや、イメージ作りをやってみて、長さ、15センチほどの円柱に切ったものが、しっくりと好みに合い、うまくイメージ化することができた。

 で、なんか、せっかくできたイメージが消えちゃうと嫌だったので、イメージができて、これだな、と思った時、とにかく、すぐに、引き寄せてみた。


 ドザッと言う、大きな音がして、枝が落ちてきて、前の道を完全に塞いだ。


「凄いっス!

 できましたね…」

 と、北斗君、大きな声で、うれしそうに。


 おれの手には、どっしりとした重さの、スパッと切れた、円柱状の枝。

 鋸で切るよりも、はるかにきれいな、磨いたような断面。

 おれ、こんなこともできるんだ…。

 なんか、うれしくて、ジ~ンとした。


 で、この滑らかな切り口、あやかさんに見せたいと思った。

 そう思ったとたん、あやかさんは、今、いないことに気が付いた。

 あっという間に、うれしさが、寂しさになった。


 チクショウ…、妖魔め…。

 と、その時、ふと、『妖魔でも、この様に、切り取れるのかな?』と思った。

 これって、自分でも驚くほどの、すごい殺意なんじゃないのかな?


 北斗君、鉈で、枝を落とし始めた。

 このままじゃ、処分できないからね。

 でも、二人でやると、狭くて危ない感じもする。

 北斗君に一時的に止めてもらい、おれ、強引に、道にかぶさる枝を乗り越えて、先に進む。


 そんなことしていると、夕方、美枝ちゃんに、携帯で呼び戻された。

 三河先生と一緒に、お父さんとお母さんが、ホテルに戻るので、ご挨拶のため。


 会うと、玲子さん、サッちゃんは健康そのものだけれど、予防接種をいくつか用意してくれることになったなど、サッちゃんについて、箇条書きのような話をして、『わたしも、明日、東京に戻ることにしたわ』と結んだ。


 そして、みんなで、軽い話をして、別れ際、玲子さん、おれに、

「龍平君、あやかを、お願いね」

 と、すごく真剣な目で言って、帰って行った。



 北斗君とおれの山道整備、今日は、これで終わりにした。

 思った以上に、道の状態が良かったので、七、八百メートルは進んだと思う。

 静川さん、風呂を沸かしておいてくれたので、シャワーを浴びがてら、おれ、入ってしまった。


 湯上がりは、ソファーで、オレンジジュース。

 あやかさんと一緒なら、まず、間違いなくビールなんだろうけれど。

 でも、おれ、ビールは、あやかさんが帰ってくるまで、もう飲まない。


 おれの前では、サッちゃんも、オレンジジュースを美味しそうに飲んでいる。

 おれと目が合うと、ニコッとした。

 馴染んできて…、かわいいよな…。


 サッちゃん、診察を受けている間など、とにかく、静かで、聞き分けが良かったらしい。

 自分の置かれている状況がわかっているからだろうと、さゆりさん、言っていた。

 その、ご褒美のジュースなんだろう。


 そこへ、有田さん、2階から、スマホで話しながら降りてきた。

 なんだか、おれの方を見ながら、

「ああ、いたいた」

 と、言っているような感じ。


 そのまま、おれのところまで来て、急に、

「電話の相手だけれどね、木戸健三っていってね…。

 まあ、変わっているヤツだけれど、一応、仲間なんだよ…」


 確か、聞いたことがある。

 あやかさんの周りにいる人たちのことよくわかんない頃のこと。


 まだ、美枝ちゃんには、6人の配下がいる、なんて感じで理解していたとき、その配下の一人で、まだ会っていない人、と、おれの中での位置付けになっていた人だ。

 でも、その存在、すっかり忘れていた。


「それで、今、やっと電話が繋がってね、お嬢さんのこと、話したんだけれど、リュウ君から、みんなにしたような説明、してやってくれないかな?」


「はい。

 でも、妖魔を話に出してもいいんですか?」

 と、スマホのマイクを押さえ、小さな声で、おれ聞いた。


「ああ、もちろん。

 彼の旅行、一応は、その探索も兼ねているくらいだからね」

 と言って、スマホに向かい、


「ああ、ケンちゃん…、今、リュウ君に変わるから」

 と、おれに、スマホをよこした。


 で、電話を替わるなり、

「まったくねぇ、イッコちゃん、なにが、変わってるヤツだかね…。

 全部、聞こえてたって言っておいてね」


「イッコちゃん…ですか?」


「ああ、イッコウ、有田一光のことだよ。

 で、おれ、木戸健三、よろしくね」

 と、言うことで、軽い感じで入って、お互い、まず簡単な自己紹介。

 続けて、おれ、洞窟での話、やっぱり、みんなにしたように、丁寧に。


 おれが話し終わると、木戸さん、それまでとちょっと雰囲気が変わって、

「今やっていること、すぐにケリをつけて、なるべく早く、そっちに行くよ」

 と、すごく真面目な感じで。

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