4-2 女医さん
吉野さんも、あまり寝ていない感じ。
特に何も言わないけれど、目が赤い。
あやかさんのことを思う気持ちは、吉野さん、ものすごく深いものがあるから、寝られるわけがなかったんだろう。
朝早くから、淡々と、台所のことなど、いろいろとやっている。
大方のことは、静川さんがやってあるが、今まで使っていなかった調理器具を出してきて洗ったり、倉庫の中、缶詰など、保存食の在庫調べをしたりと、どうやら長期戦を覚悟してくれているような感じがする。
早く、あやかさんに会いたいんだろうけれど、昨日のおれの話から、かなり時間がかかりそうだと、覚悟してくれたようだ。
おれだって、早く会いたいので、頑張ります。
静川さんも、ろくに寝ていなかったようだ。
やはり、あやかさんのことを考えると、目が冴えてきて、とても寝られる状況ではなかったとのこと。
グラスに、ワインでも注いで、部屋に持ってこようと、そうっと起き出して、台所へ向かった。
そうしたら、なんと、食堂で、島山さんとデンさんが飲んでいた。
静川さん、そこに、加わり、しばし3人で飲んだ。
とても、珍しい、顔合わせ。
「みんなね、結局は、お嬢様のことは、リュウさんに任せよう、となったからね」
と、静川さんに言われた。
わかっています。
あやかさん奪還は、おれの役目。
でも、そう言ってもらえて、おれ、うれしい。
そのことは、充分自覚していることだ。
目の色を変えるような緊張ができるの…、だから、妖魔を呼び寄せることができるの、ここでは、おれしかいないこと、よくわかっているから。
だけど、みんなが、おれを、おれの動きを、しっかりと支えてくれる。
支えられることを、おれは、本気で信じていられる。
おれは、あやかさん奪還にだけ集中すればいい。
これは、自分が一番望んでいることだ。
その、望んでいること、それだけをやれば良い。
あとは、みんなが支えてくれるので、何の心配もない。
すごい仲間に囲まれていることを、実感した。
まだ、ここに来て、そんなに経っているわけではないのに、あやかさんを通して、完全に、受け入れてもらっている。
よし、まず、おれ自身の力を、より強く…。
いろいろな面で、強く、強く、だよな。
午前中は、朝食後すぐに、おれ、有田さんと島山さん、そしてデンさんを連れて、洞窟へ向かう。
吉野さんも誘ったけれど、『今は、行く気になれないわ』とのこと。
その気持ちも、痛いほどわかる。
それで、洞窟には4人で行った。
中に入り、最初の日、ふわっとした感じを受けたところや、目の色を変えたら紫色に変わった場所なども、しっかりと説明した。
事件のあった砂場も状況を話しながら、丁寧に見て、洞窟の、一番奥まで案内した。
そのあと、砂場近くを、それぞれ、昨夜見た画像を思い出しながら、思い思いに、30分ほど検証した。
吉野さんは別荘に残って、さゆりさんや静川さんと一緒に、サッちゃんのお相手。
さゆりさんが中心になって、まず、ここでの生活に必要な、基本的なことから教えていく。
吉野さん、台所のこと、丁寧に教える。
サッちゃん、吉野さんには、すぐに馴染んだらしい。
吉野さん、これから、ゆっくりと時間をかけて、サッちゃんに、器具の使い方や料理を教えてあげる約束をしたんだとか。
その日の午後に、なんと、玲子さん、もう、女医さんを連れてきた。
まあ、午前中に、美枝ちゃんに連絡が入っていたので、わかってはいたが、その早さに驚き。
なんせ、相手は、病院勤務の女医さん。
その女医さん、三河先生というんだけれど、学会主催の研究会に行こうとしていたのを、…だから、ちょうど、病院では休みを取っていたので、これは願ってもない好機だということで…、玲子さん、強引に、こっちに来させたらしい。
三河先生、この辺が、玲子さんに、『ちょっと変わっている』と言わさせるところなのかもしれないけれど、部屋の隅で話しを聞いているだけの研究会よりは、ご馳走付きの飲み会の方が魅力的…と、あまり嫌な顔もせずに来てくれたらしい。
三河先生、洲子おばあさんとも気が合うようで、お父さんやおじいさんとも古くからの知り合い。
で、玲子さん、三河先生を呼ぶために、ホテルで、とてもリッチな食事会を企画したらしい。
それに釣られたような顔をして、こっちに来る三河先生だが、玲子さんとの友情を、とても大事にしているからだとは、お父さんの弁。
お父さん、さらに、いろいろと、三河先生の素晴らしさを話してくれた。
見立ても、ずば抜けていいらしい。
だから、いずれは、サッちゃんのことも、本当のことを話すことになるだろう、との話。
でも、今は、まだ、どのようになっていくか、はっきりしないことが多く、やはり、抑えておいた方がいいとの判断らしい。
それで、
「詳しいことは話せないのだけれど…、
山奥で、隔離されたようにして育てられた娘さんをね、
急遽、うちで引き取ることになっちゃって…」
が、口裏合わせ用のサッちゃんの出生。
でも、おれ、思うんだけれど、現実と、どこも違わない気がする。
玲子さん、上手と言えば、本当に上手だよな。
嘘がどこにもないし…。
なんて思って、もう一度しっかりと考えると、…まあ、おれの解析結果、と言うことになるけれど、いやはや、上手どころの騒ぎではないことがわかった。
この、短くて、わかりやすい表現の中に、必要な情報はもれなく入っていて、なかなかのものなのだ。
まず、本当のことだけで構成していて…、だから、嘘をまったくつかずに、しかも、知られてはまずい真実を完璧に隠している。
あとで、本当のことを話すにしても、嘘はついていない、ということだ。
それに、最初に、『詳しいことは話せない』と、向こうから質問することも、やんわりと拒絶しているし…。
いやはや、恐れ入りました。
そんな今日の流れの中で、おれ、基礎的な体力をつけるために、こっちでも、朝、山の中を走ることを始めようと決めた。
あやかさんのいる洞窟までは、毎朝、走っていくつもりだ。
これは必ずやる。
見えないけれど、あそこに、あやかさんがいるに決まっているのだから。
でも、そのほかにも、山の中を走る。
あやかさんが言っていた、別荘の前の山。
昔は、走る道があった、と。
別荘の前を、簡単に探してみたけれど、よくわからなかった。
どこなんだろう?
吉野さんに聞いたが、その道のこと、『お嬢様に、聞いたことはあるんですが…』わからない、とのこと。
そんなときに、お父さんとお母さんが、三河先生を連れてきた。
静川さん、すぐにコーヒーを出し、とりあえず、ソファーで顔合わせ。
玲子さん、おれたちみんなを三河先生に紹介してくれた。
もちろんサッちゃんも。
サッちゃん、簡単な話しを聞いていて、少し緊張気味。
そんな、サッちゃんの緊張にも配慮して、診察は、さゆりさんの部屋ですることになった。
付き添うのは、さゆりさんと吉野さん。
そのような段取りが決まって、ちょっと間があったとき、山の道について、お父さんに聞いてみた。
これから、体を鍛えるのに、毎日走り込みたい話をして。
でも、お父さん、山道のこと、なんの話なのか、まったくわからなかった。
ところが、ラッキーなことに、その時、お父さんの隣りにいた玲子さんが、その道のこと、知っていた。
「その道だったら、少し…、50メートル位かしら?外の門の方に行ったところよ。
右手に、入り口があるはずだから。
ちょうど、山の方から小さい川が流れて来る…橋の脇のところ…」
玲子さんが『外の門』というのは、この建物を囲む柵に付いている門ではなくて、ここの敷地の入り口にある200メートルくらい先にある門のこと。
ここから20メ-トルくらい先までは、さっき、探してみたんだけれど、入り口は、もっと向こうだった。
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