第4章 奪還の準備

4-1  翌日

 あやかさんが消えた翌日。

 木曜日なんだけれど、もう、曜日なんて、あんまり関係ない感じだ。

 朝、雲間から、日が射したけれど、晴れたって、もう遅いよ、といった気分。

 一緒に、お月さんを見る相手がいない。


 おれ、かなりの寝不足。

 ほとんど眠れなかった。

 朝方、少し、まどろんだだけだ。

 でも、ちっとも眠くない。


 そうなんだよな…。

 昨夜、初めは、寝る気にもならなかったので、ソファーで体を休めていた。

 でも、考えるのは、同じこと。

 あやかさんのことばかり。


 あやかさん、どうなっちゃったんだろう…が、その一つ。

 あの出来事について、いろいろと考える。

 あの、最後に見た、静止したあやかさんの姿。


 そして、もう一つ。

 それは、今までの、あやかさんとのいろいろな場面や言葉の思い出。

 あっ、これ、おれに意地悪してるんだ、と思ったことも、あやかさんのかわいらしさのように思えてしまう。


 夜中、2時も過ぎた頃、少しは寝ようかな、と思って、ベッドに入る。

 でも、おれ一人…。

 隣りに、あやかさんがいない…。

 寂しい気持ちが、2倍、3倍へと膨らむ。


 ベッドが、妙に広く感じて…。

 そして、すぐに、あの、最後に見た場面が浮かんでくる。

 そこから始まって、あやかさんのことを、また、いろいろと考える…。

 無事だということを信じつつも、無事でいて欲しいという強い願いとともに。


 ウトウトとしても、なんだか、すごく嫌な感じの思いがして…。

 あやかさんが、もう、戻ってこないような…。

 そんな…、考えまいとしている…、考えちゃいけないと言い聞かせている、そんな思いが浮き出てくる。


 そして、それが嫌な夢を誘って…。

 ガバッと起きると、胸がドキドキしていて…。


 ずっとそんな感じで、ぐっすりと眠ることなんかできなかった。



 さゆりさんも、あまり寝ていないみたいだった。

 昨日、何気なく過ごしていたようなサッちゃんだったが、夜中に、いきなり起き上がり、大泣きした。

 そのあとが大変だったらしい。


 みんなで、おやすみなさいをして解散したとき…、1時頃だったように思うんだけれど…、ヨガマットの上で寝ていたサッちゃんを、有田さんが上手に抱き上げて、静かに2階に連れて行った。

 そのあとしばらく、サッちゃんは、有田さんのベッドの上で寝ていたようだ。


 さゆりさんも、おれと同じように、あやかさんのこと、いろいろ考えて、なかなか寝付けなかったらしい。

 それでも、やっとウトウトしたときに、さゆりさん、泣き声で目を覚ました。


 サッちゃんだった。

 さゆりさんが起きたときには、もう、有田さんがサッちゃんを抱いて、軽く揺らしながら、一生懸命にあやしていた。

 でも、泣き止む気配はなかった。


 あとで、さゆりさんが、サッちゃんから、なんとか聞き出したところでは、今まで、ずっと一緒に暮らし、面倒を見てくれていたフクさんと、茂三さんに、もう会えないことが悲しい、というのが、どうも本質だったらしい。


 でも、それは本質で、大泣きした原因は、それには近いが、本当は、別のものだったようだと、さゆりさん。


 心の中を大きく占めるその心配を、サッちゃんはどう捉えたらよいのか…、その心配の認識の仕方で、サッちゃん自身がおおきな混乱をしてしまったことが、大泣きの原因だったのではないか…、そう、さゆりさんはサッちゃんの話から推察した。


 混乱…。

 確かに、気持ちを収めることができないくらいに混乱して、当然のことなんだろうと、おれは思う。


 フクさんたちが、死を覚悟したと思われる事件があったらしい。

 とは言え、そんな大きな事件のあとでも、やはり、フクさんたちが、なんとか無事でいてくれたら、という願いのような望み、それと同時に、深い心配が、サッちゃんにはあったんだろう。


 その事件、サッちゃんの記憶では、数日前の出来事で、それからずっと、無事への願いと心配は続いていた。


 しかし、今は、その事件から、200年も経っている。

 だから、その時、フクさんたち、たとえ無事だったとしても、今では、生きているわけはない。


 数日前に別れた人を、深く心配する気持ち。

 しかし、それは、200年前のこと。

 その、気持ちの問題を、どう整理したら良いのか、もう、ゴチャゴチャになってしまって、サッちゃんは、それがとても苦しかったのではないか、と、さゆりさん。


 それは、そうなんだろうな…。

 なんせ、サッちゃんの中では、昨日、洞窟に入って倒れるまでは、文化2年で、倒れてすぐに美枝ちゃんの足音を聞いたときには、もう、200年も経っていたんだから、どこにも区切りがなく、気持ちの整理なんて、やりようがないように思う。


 サッちゃんが泣き出したとき、有田さんも、あやかさんのことを、また、映像のことなどを考えて、ソファーに横になり、目をつぶり、じっと体を休めていたらしい。

 そんなとき、サッちゃんがいきなり泣き出したので、すぐに起き上がり、抱っこして、あやしながら、部屋の中をブラブラと歩き始めた。


 そこに、目の覚めたさゆりさんも加わって、二人であやしたのだが、サッちゃん、なかなか泣き止まなかった。

 それで、有田さんとさゆりさん、一度、サッちゃんを、しっかりと目覚めさせてから、気分を変えさせ、時間をかけて、なだめたようだ。


 そんなことで、ようやく落ち着いたサッちゃん、その頃には、有田さんにも気を許すようになっていた。

 朝方には、有田さんと一緒に寝ていたらしい。



 島山さんとデンさんも、ちゃんと寝ることができなかったようだ。

 あやかさんのことを考え、なかなか寝られなかった二人、どちらからいうともなく、下に降りて、酒を飲み始めた。


 初め、島山さんは、今日、帰るつもりだったらしい。

 でも、この時間に飲んだら、運転はできない。

 島山さん、

「これでは…、明日も泊まりだな」


 それを聞いたデンさん、

「それじゃ、おれも、そうしよう…」

 となって、二人で、朝方近くまで飲んでいたらしい。


 二人が、そんなに飲むのは、珍しい。

「お嬢様が、今、いない。

 そう思うだけで…、寂しくてね…」

 と、島山さんが言っていた。


「だから、リュウ君…。

 お嬢様を、早く、取り戻してくれよな。

 おれなりに、できる限りのことはするからさ」

 と、おれに言ってくれた。



 美枝ちゃんと北斗君もほとんど寝ていない。

 下で解散したあと、浪江君から映像のコピーをもらい、何度も見ていたようだ。

 二人は、あの、一瞬、洞窟の中が白く光ったことを、自分自身で体験しているものだから、映像が、真っ白になることには、まったく不自然さを感じていない。


 だから、余計に、おれの動きが気になるらしい。

 あの、白く光る一瞬の前後、その時のおれの位置のズレ。

 その不自然さ。


 ほかに、不自然な場所がないのか、映像の中で、丹念に探したようだ。

 その結果は、おれの動き以外では、見つからなかった、とのことだった。

 これ、二人で、かなり、徹底的に調べた挙げ句に達した結論だ。



 同じ様なことを考えていたのは、浪江君。

 彼は、昨夜、一睡もしていない。


 あやかさんのことを考え、また、あやかさんを取り戻すヒントがないか、画像を何度も見ていたそうだ。

 そして、事件後に、記録として自分で写したものに、漏れがないかどうかが気になりはじめ、その確認作業に入った。


 何カ所か、もっとはっきり写しておいた方が良かったと思うところを見つけ、今朝、充分に明るくなった6時頃に、撮影するために、一人で洞窟に行こうとした。

 荷物を持ち、下に降りた時、ロビーで、静川さんに会った。


 静川さん、浪江君から話を聞き、

「一人で行くの?

 もう、美枝ちゃんたち起きているから、とりあえず、連絡を入れてから出かけた方がいいわよ」

 と、助言。


 浪江君、すぐに、美枝ちゃんに電話を入れた。

 その結果、美枝ちゃんと北斗君も、一緒に洞窟に行った。

 おれ、この時は、うつらうつらしているときで、気が付かなかった。

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