3-8  飲まない

 おれ、電話で、有田さん、デンさん、吉野さん、島山さんと、順に続けて4人に、あやかさんが消えたときのことを説明した。


 おれが説明することで、少しでもみんなの役に立つのならうれしい。

 ということで、おれにとっては繰り返しでも、丁寧に説明している。

 不思議なことに、何度も話すことによって、おれ自身の中でも、おれの話している内容そのものに対しての確信が深まっていくような感じがした。


 その電話の間、静川さんは、夕食の支度をしてくれていた。

静川さん、サッちゃんの面倒をみながら…、だから、必然的に、サッちゃんに台所仕事の動きを見せながら、支度をしていたということになる。


 おかずは、一昨日の夜にも食べたおでん。

 もちろん、もともと静川さんが作っておいてくれたもの。

 冷蔵庫にあった具材で、うまい案配に増やしてくれた。


 テーブルの席に座ったら…、ちなみに、ここ、別荘では、静川さんも、おれたちと一緒に席に着き、みんなと食べることにしたようだけれど…、静川さんに、なにを飲むかと聞かれた。

 もちろん、酒の類い、アルコールのことだ。


 おれ、

「今日からは、飲まないことにしました」

 と答える。


 そう、おれ、あやかさんが戻ってくるまでは、飲まないつもりだ。


 でも、そうしたら、

「わたしも止めておこうかな…」

 と、美枝ちゃんから始まり、誰も飲まないことになってしまった。


 なんだか、みんなを巻き込んじゃったみたいで、これはまずいぞ、と思った。

 それで、おれの気持ちを説明しておくことにした。

 まず、おれ、あやかさんと合流できるまでは、ビールなど、酒類は一切飲まないことに決めたことを話す。


 でも、これは、おれの心構えというか、気持ちの問題だから、みんなは、気にしないで飲みたいときは飲んで欲しいことを話した。

 みんなに不要な影響を及ぼしてしまうと、おれとしては、逆に、気になって、飲まないでいるのがつらくなるから、と。


 そうしたら、美枝ちゃん、すぐにその辺を理解してくれて、

「じゃあ、ホク…、わたし達は、ビールを飲もうよ」

 と、言ってくれた。


 これ、完全に、おれの気持ちを考慮してくれての動きだ。

 逆の意味で、無理をしてくれたのかもしれないけれど、でも、今後のためにはありがたい一歩だ。


 さゆりさんも笑って、

「それじゃ、静川さん、わたし達も、一杯ずつ飲みましょうね」

 と言ってくれた。


 サッちゃんは、さゆりさんと静川さんの間で、子供用の高い椅子に座り、そのような大人の動きをじっと見つめていた。

 さっきまでは、台所で、静川さんのやることを見ていて、かなり、興奮していたらしい。


 サッちゃんにとって、すべてのことが、物珍しく、驚きだったようだ。

 台所、という部屋そのものも、驚きの対象。

 そもそも、夜なのに、この明るさ、ということに、驚いているらしい。


 水道、しかり。

 ガス、しかり。

 冷蔵庫、しかり。


 明かりについては、お昼のあと、さゆりさんの部屋に行ったとき、サッちゃんがものすごく驚いたので、さゆりさん、かなり詳しく説明したらしい。

 電気についても、少しは話したんだとか。


 サッちゃん自身は、あまり話そうとしないのだが…、どうも、言葉が、かなり違うらしいようで…、でも、言われたことは、ある程度の範囲でではあるが、理解していく力があるようだと、さゆりさん。


「本当に、賢い子なのよ」

 と、さゆりさんが言っていた。


 サッちゃん、目に付くもの、すべてが驚きの対象のようだ。

 まあ、江戸時代から、いきなりなんだから、そうなんだろうけれど…。


 でも、逆に、よく、こんなにいろいろなものが違った世界に飛び込んでしまったのに、平常の精神状態を保っていられるもんだと、その、サッちゃんの精神力の強さに、おれは、驚いている。


 そんなわけで…、うん?どんなわけかな?…まあ、いいか…、サッちゃん、そもそもテーブルと椅子には慣れていないけれど、おでんを、美味しそうに、味わい味わい食べている。

 ただ、完全に、ご飯のおかずとしてだけれど。


 おれも、飲まないもんだから、ご飯のおかずとしておでんを食べている。

 不思議なもんで、飲んでいるときほど、パクパクとは食べられない。

 そんなことを考えているとき、さゆりさんのスマホが鳴った。


 有田さんからの連絡で、島山さんと、デンさん、吉野さんとの4人で、これから別荘に向かうよ、ということだった。


 もともと、吉野さん、明日から、しっかりとこちらで暮らす予定だったようで、昨夜、日本に着いてから、今日は一日、別荘のことを静川さんに頼んで、家で、荷物整理をしていた。


 それで、今回の話を聞いて、美枝ちゃんの予測通り、おれがここにいる間はずっと一緒にここで暮らすとのこと。

 家事をすべてやってくれるらしい。

 ありがたいことだと思った。


 吉野さん、その準備した荷物から、必要なものだけを持って、今晩こちらに来て、あとは、後日、宅配便で送ることを島山さんに頼んだようだ。


 さゆりさんから、そんな話まであって、一段落したとき、静川さんが、

「サッちゃんが寝る部屋は、どうしましょうか?」

 と、さゆりさんに聞いた。


「わたしの部屋で…、の、つもりだったけれど…」


「でも、有田さんも、ご一緒ですよね?」


「そうね…。

 わたしはサッちゃんと一緒に寝るつもりだから…。

 もし、別々に寝るようなことにでもなったら、その時には、有田には、ソファーにでも寝てもらうわ」


 静川さん、『なるほど』と、ことは簡単に決まったようだけれど、なんだか、有田さんがかわいそうな気がした。


「デンさんとシマさんは、『楓』に一緒でもかまいませんよね?」

 と、続けて静川さん。


「いいと思いますけれど…、ねえ、美枝ちゃん?」


「ええ、セミダブルのベッドが二つありますからね。

 あの二人は、同じ部屋でも大丈夫ですよ」

 ということで、男性は、簡単に決めつけられて、みんなの寝るところは決まった。

 吉野さんには、専用の部屋がある。


「来たら、浪江君が撮ってくれた映像を見ながらの話になるので、浪江君、また、お願いしますね」

 と、おれ、浪江君に頼んでおいた。


 サッちゃんは、食後、すぐにねむくなったみたいだ。

 さゆりさんの部屋に寝かせると、さゆりさんが付いていなくてはならなくなるが、さゆりさんは、有田さんたちが来てから、今後のことで、いろいろと話もある。


 それで、とりあえず、ロビーのソファーで寝かせておくことにした。

 ところが、ソファーの柔らかさ、あの、ふかふかさが、寝るのには嫌なようで、サッちゃん、床に寝転がって、そのまま寝ようとした。


 静川さん、すぐに、倉庫からヨガマットを出してきて、ロビーに敷き…、ロビーの東側三分の一、食堂の隣りのところには、ソファーが一組しか置いてないので、ソファーと南側の窓との間には広いスペースがある。

 そこにヨガマットを敷いて、寝かせた。


 サッちゃん、薄い掛け布団1枚で満足し、すぐに寝てしまった。



 その夜、10時近くになって、有田さんたち4人が来た。

 途中、サッちゃんのことは話しておいた方がいいと言うことになり、さゆりさんが、有田さんに電話で話しておいた。


 みな、玄関で、出迎えたさゆりさんから、サッちゃんが寝ているから、中に入ったら静かにするようにと注意されていた。


 そして、ロビーに入ると、4人揃って、まず、そっとサッちゃんの顔を覗き込んで、何度も頷いたりして、口元を緩めていた。

 やはり、この様に緊張したときには、子どもの寝顔というのは、気持ちを安らげてくれるものだ。


 そのあと、有田さんたちは、さゆりさんのあとを追うように食堂へ入っていったが、吉野さんは、そのあとも動かず、しゃがみ込んだまま、サッちゃんの寝顔をじっと見つめていた。


 そして、一度頷くと、ニコッと笑い、柔らかくサッちゃんの髪をなでてから、食堂へと向かった。




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 これで、第3章を終わります。

 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

 次は、第4章 奪還の準備 です。

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