3-5 止まっていた
「リュウさんが話すと、こんなに緊迫した話なのに、不思議と、のどかさを感じますね…」
と、美枝ちゃんが口を挟んだ。
でも、いつもと違って、怒られている感じでも、茶化されている感じでもなかった。
出だしの言葉、といった感じなのかな?
そして、美枝ちゃんの本題は、というと。
「でも、わたし達、あの、白く光った瞬間…、その間に起きたこと、まったく知らないんですよね…」
と、いうことだった。
そうだった。
あの、入り口の方での白い光。
洞窟を一回りしてリング状になった紫の光の帯。
それが、こっちにやってくるあの速さ。
あれは、おれだけしか見ていないことだった。
「ああ、そうだったんだよね…。
あの時、浪江君の後ろの方…、洞窟の入り口がある方が光ってね…」
と、おれ、もう一度、確認のために丁寧に話した。
洞窟の先の方は曲がっていて見えないんだけれど、こっちに来る紫の光が、リング状になっていることは、なぜかわかった。
不思議に、おれには、そう、見えていた。
実は、そのこと、あとから気が付いて、ちょっと不思議に思っていたことだ。
このことは、時々、あれは妄想ではなかったのか?と、自分自身を疑う、一つの要因にもなっている。
その不思議さも、今回は、ちゃんと話した。
お父さんもお母さんも、おれだけしか経験していないことなのに、真実か嘘なのかまったく判断できないことなのに、でも、実際に起こったこととして、真剣に聞いてくれていた。
そのあと、みなで、ロビーのソファーに…、会議室寄りにある大人数が座れる方のソファーに…移動した。
その時、お茶を出すために台所に行こうとした静川さんが、食堂近くのソファーテーブルの上に、さゆりさんからの置き手紙があるのを見つけた。
サッちゃんが疲れたようなので、さゆりさんが部屋で横にさせている、とのこと。
そうだろうな…。
サッちゃん、いきなり環境変わったから、さぞかし、疲れたことだろうな…。
ちなみに、さゆりさんの部屋は、おれたちの部屋、『西の部屋』の隣り、『野菊』の部屋…。
うん?…おれたちの…部屋…か…。
ダメだ、ちょっとしたことで、すぐに、あやかさんの顔が出てくる。
シャンとしていよう。
あやかさんは、必ず、取り戻す。
ロビー、その西側三分の一。
玄関から入って、左側。
ここには、会議室との境になる西側の壁に沿って、作り付けのような長いソファーがある。
そのソファー、L字型になっていて、南の窓の下にまで続き、ゆったりと、10人くらいは座れるんじゃないかと思う。
南の窓の前に、二人座ったとしてだけれど…。
その長いソファーの前には、ポンポンポンとテーブルが三つ置いてあって、そのテーブルを挟んで、向かいに一人掛けのソファーが二つずつ六つ、そしてテーブルの列の北端に一つ、あわせて七つ置いてある。
三つあるテーブルの、窓側のもの…、だから南側のテーブルとでも言っておこうか、その前、西側の壁沿いの長いソファーの、南端になるところに、お父さん座った。
L字の曲がり角のところ。
面倒な言い方をしたけれど、結局はロビーの隅っこ。
お父さんの後に続く玲子さんは、その隣りに腰を下ろす。
お父さんとお母さん、長いソファーの端に並んで座ったので、おれ、南側のテーブルの、お父さんの前にある一人掛けのソファーに座る。
すると、美枝ちゃん、おれの隣り、玲子さんの前にあるソファーに座った。
北斗君は、当然のように美枝ちゃんの隣りのソファーに腰を下ろす。
このソファーは、まん中のテーブルの前にあるヤツ。
片付けで、やや遅れてきた浪江君は、歩いている方向から、北斗君の隣りのソファーに座ろうと思っていたように見えるが、ソファーに近寄ったところで、玲子さんにおいでおいでをされた。
浪江君、それに従って、玲子さんの隣に、ちゃんと、『失礼します』と、挨拶してから座った。
北斗君の前。
座った浪江君、チラッと玲子さんを見て、ちょっと緊張した面持ち。
すぐに、静川さんがお茶の支度をして台所から出てきて、北斗君の隣のソファー、浪江君が座ろうと思っていたソファーに掛けて、お茶を淹れはじめる。
この静川さんの動きの早さ、前もって、お茶の準備をしておいてくれたようだ。
「あやかが消えたということが、どういうことだったのか…、やっと、わかったような気がするよ…」
と、お父さんが、誰にともなく言った。
でも、玲子さん、自分に言われたと思ったようで…、いや、実際は、お父さん、玲子さんに言ったのを、おれが勘違いしたのかもしれないんだけれど…、まあ、玲子さん、お父さんへの返事のような感じで。
「ええ、本当に、フッと消えちゃったんですね…。
でも、それで…、あやかは…、今、どうしているんでしょうか…?
無事…、なんですよね?」
と、心配そうに言った。
それを聞いて、お父さん、おれの方を見る。
どうなの?無事だ、と言ってよ、といった感じで。
と、言われても…。
でも、そうだよな…、おれの考えを言っておくべきだろうな…。
「無事だとは、信じています。
さっきまでは、あやかさん、枝分かれしたような、おれたちとは、なんか、次元が違うとでも言うような…、そんな、別の時間を過ごしていると、思っていたんですけれど…」
いっぺんに話せなくって、ちょっと、思考を繋ぐために切ったけれど、まずいところで切ってしまったのかも。
最後が、『けれど…』で切れると、そのあとに、嫌なことが続きそうな感じがしてしまう。
玲子お母さん、急に不安そうな顔をした。
おれ、慌てて、先を話すの、急いだ。
「本当は、よくわからないんですけれどね…。
でも、サッちゃんと会って、話を聞いた今としては、あやかさんは、あの時のまま…、あの止まった時のままなんじゃないかと思うんです」
「止まった、まま…、なのかね…」
と、お父さん。
「ええ、あの、白く光ったとき…。
あの時、おれにとっては、結構長い時間であってですね…。
まわりは、白くかすんだような感じだったんですけれど、おれは動いていて、しばらく、いろいろと考えたり、動こうとしたりしていたんです。
でも、まわりでは…、美枝ちゃんや北斗君、浪江君にとっては、映像と同じく、一瞬のことだったわけです。
ですから、動いていたおれから考えると、たぶん、美枝ちゃん達は止まっていたんじゃないかと…。
ですから、あやかさんの場合も、そんな感じなんじゃないかと…」
「それ、サッちゃんの場合とは、どういう風に、関わっているの?」
あっ、そうか…。
言おうとしてることとは、話が、ちょっと別の方に流れちゃったのかも…。
サッちゃんの話を、そのまました方が、わかりやすかったよな。
途中で、話に、必要以上の熱が入ってしまったようだ。
元に戻そう。
「ええ、それは、今のこと、サッちゃんの話から、考えたことなんですよ。
サッちゃんにとっては、洞窟に入って具合が悪くなり、倒れ込んだ。
そこに、美枝ちゃんが近づいてきたので、必死で起き上がった。
と、そのあいだの意識には、どこにも空白がないんですよ。
でも、実際には、その間のどこかで、200年以上経っていた。
ということで、その間を生きている人間から、その間のサッちゃんを見ると…、まあ、もし、見えたとしたら、ということでもあるんですけれど…、サッちゃんは止まっていたんじゃないかと…」
「なるほどね…。
それで、われわれから見ると…、いや、見えたとすれば、あやかは…止まったままだと…」
その時、美枝ちゃんの携帯が鳴った。
一瞬、みんな黙る。
「失礼します」
と、美枝ちゃん、席を外し、少し離れたところへ。
「すぐに、会長様も、お着きになるそうです」
と、美枝ちゃん、みんなに報告。
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