3-4  本当に消えた

 会議室を出て、みんながロビーの方に戻ると、すぐに自動車の音が聞こえてきた。


 玲子さん、本当にすぐ近くにまで来てから連絡をくれたんだ、ということ。

 こういう連絡って、もう少し前に…、少なくとも、高速を降りたくらいでくれるもんなんだろうと、おれ、かってに思っていたから、まあ、驚いたわけです。


 映写、スタートせずに、すぐに、やめておいて良かった。

 お父さんたちが来た、となれば、どうせ止めなきゃなんなかったんだろうし、迎えるために、かなりバタバタすることになっただろう。


 まあ、すぐに止めたおれの判断、冴えていた、ということだろうな…。


 おれと美枝ちゃんと北斗君、お迎えのため、3人で、玄関に。

 ちょうど、門から車が入ってくるところだった。

 石畳の道をぐるっと回って、車は玄関前で止まった。


 タクシーなんかも、ここまで乗せて来てもらうと、楽ちんだ。

 ここには、屋根もある。

 玄関の上から、ずっと、道をまたいで張り出している。


 でも、車でここまで来るには、門を開ける必要がある。

 美枝ちゃん、ここの門を開けるのが嫌なのは、鍵が面倒だからだと言っていた。

 今度、楽な物に変えるつもりらしい。


 お父さんとお母さんが、それぞれ、左右のドアーを開けて出てきた。

 おれたち、まず、簡単な挨拶。

 お父さんも、軽く会釈。


 玲子お母さんは、かなり緊張した感じで、前に見たときよりも、きつい顔つき。

 でも、それが、かえって、すごくきれいに思えた。

 もちろん、そんなこと、お世辞でも言えない状況なのは、おれにだってわかってる。


 二人が降りると、車はすぐに出ていった。

 その車、駐車場に行くのかと思ったら、ホテルへ、荷物を届けるのだとか。

 運転手さんは、ホテルで、しばらく休憩。

 あとで、連絡して、迎えに来てもらうらしい。


 おれ、お父さんとお母さんに、これから、会議室で、映像を使って、あやかさんが消えたときの状況を、詳しく説明することを伝える。


 すると、お父さん、

「実はね、リュウ君…。

 その、あやかさんが消えた、と言うことがね…。

 どういうことを言ってるのか…、そこが、よくわからないんだよ」

 とのこと。


 玲子さんが続けて、

「本当に、目の前で、消えた、ということなの?」

 と、おれに聞いた。


 確かにそうなんだろう。

 目の前で人が消えた、なんて言われても、現実のこととして、どういうことなのか考えようがない。


 『消えた』という言葉の意味そのものが理解できないんだろう。

 で、まず、確かに、あやかさんは、おれたちの目の前から消えた、ということを話し、次に、これから、中で、浪江君が撮ってくれた映像を使って、おれがしっかりと説明することを、繰り返し二人に伝えた。


 おれが引き入れるような感じで、玄関から、ぞろぞろとロビーに入る。

 突然、玲子さんが叫んだ。

「あやか!」


 玲子さんの目線を追うと、サッちゃんのことだった。


 さゆりさん、ソファーに座っていたが、お父さんとお母さんがロビーに入ってきたときに、さゆりさん、立ち上がった。

 一緒に、サッちゃんも立ち上がり、真っ直ぐに、お父さんとお母さんを見た。

 その時、サッちゃん、玲子お母さんと目が合い、玲子さんが叫んだのだ。


 やはり、子どもの時のあやかさんにそっくりだったようだ。

 驚いて、サッちゃんを見つめる玲子さんとお父さんに、おれ、ゆっくりとサッちゃんを紹介した。

 そして、その場で、サッちゃんについて、今までわかったことを手短に話した。


 お父さんもお母さんも、この話を聞いて、ものすごく驚いたようだ。

 まあ、驚くよね、誰だって…。

 文化2年…、江戸時代から来た人なんだからね…。


 でも、お父さん、すぐに、サッちゃんに関しては問題が山積みであることを察してくれて、この件に関しては、『あとで、ゆっくりと相談しよう』と言ってくれた。


 そのあと、お茶も飲まずに、すぐに会議室に移動。


 ホールで、サッちゃんの紹介が終わってすぐに、おれが、

「今から、すぐにでも説明しましょうか?」

 と、聞いたら、玲子さんが、その方がいいと答えてくれたから。

 一刻も早く、あやかさんが『消えた』状況を知りたいとのこと。



 会議室では、まず、洞窟に入るときからの映像を見た。

 そして、あやかさんが砂場の脇に立ち、『神宿る目』になると…、映像では、遠くて、目の色までは、はっきりわからないが…、岩壁が紫色に変化していき、キラキラと輝き出す。


 この時、お父さん『オオ~ッ』と小さく声を上げ、玲子さんは、口を押さえて、声にならない声を上げた。

 やはり、このようなことが、現実に起きたんだとは、とても信じられないんだろうと思う。


 そして、妖魔の出現。

 紫の光が、龍のように、大きな渦状に走る。

 徐々に、中心…、あやかさんの前の砂場に迫る。


 あやかさんが跳びかかる。

 一瞬、画面全体が白く光る。

 あやかさんがいない世界。


 一通り見終わったあと、浪江君に頼んで、白く光る直前の映像を出してもらい、このあとの一瞬の白い光の中で、おれが経験したことを丁寧に話した。

 あの、スローモーションと、動きの停止、そしてその停止と動きの断続で過ぎた、おれだけの時間。


 それから、数度、この白く光る前後の映像を見直した。

 繰り返しになるが、少しずつ説明を入れて。


 「本当に…、消えたんだね…」

 と、お父さん、それが終わったときに呟いた。


 一瞬、白く光って、あやかさんが消えた。

 これが、あやかさんに対して、映像から言えることであるには間違いない。


「今の、リュウ君の話を聞かなかったら…、どんなにこの映像が本物だと言われても、とても、信じられなかっただろうね…。

 白く光ったことや、リュウ君が、一瞬で移動していたことですら、インチキの証拠としてあげたかもしれないよね…」


 確かに、あの場にいなかった人は、この映像を、そう見るだろうと思った。

 白くなったときは、そこで映像を切って、別の映像と繋げるチャンスだ。

 そもそも、こんなタイミングで、瞬間的に白く光るなんて、小細工するため、わざとらし過ぎる気もするだろう。


 あの時、あそこにいた人間なら、一瞬の光と認識していたけれど、いなければ、一瞬だったかどうかなんて、いくらでも疑うことができて、映像だけからでは、真偽の判断はつけられない。


 とは言え、おれにとっては、説明したとおりに、一瞬ではなかった。

 そう、一瞬どころか、今では、かなり長い時間だったように感じている。

 その間、周囲が、スローモーションで動く世界や、停止した世界の中にいた。


 あの時の、おれが過ごした時間というのは、いったい、なんだったんだろう。

 停止したときには、体も動かない。

 呼吸すらしていなかったように思う。


 でも、おれは、思考していた。

 まわりを動かそうとしていた。

 そう、動かそうと、妖魔と戦っていたのだ。


 そして、あの時、おれが見た情景というのは、いったい、どこに行ったんだろう。

 今の洞窟の中には、あの間に起こったことの、なんの痕跡も残っていない。

 あの、おれだけが経験した時間は、まったくの、おれの、妄想だったのかもしれないのだ。


 おれ、お父さんとお母さんに、そのような、おれが考えていること、疑問に思っていることまで話した。

 もちろん、美枝ちゃんや北斗君、また、静川さんも、真剣に聞いてくれていた。

 話し終わったあと、ちょっとの間、みな沈黙。


 それを破ったの、なんと、浪江君だった。

 浪江君は、洞窟での話も、また、今回の話も、すごく真剣に聞いてくれていた。


「入り口の方で、白く光ったんですよね…。

 その時に、サッちゃんが、解放されたんじゃないんですかね…」

 と、今までよりも、なんだか、しっかりした話し方で、そして、思ってもみない方向から…。


「なるほど…。

 確かに、そうだよね…。

 言われてみると、そんな感じが、ピッタリなのかもしれないね…。

 サッちゃんが解放されて…、そのエネルギーというか…、出口の方にいた妖魔が…、急いでこっちの妖魔に加勢して…。

 うん…、それで、おれが、押し負けて、弾き飛ばされちゃった…。

 確かに、そんな、感じだったのかもしれないな…」


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