3-3  オレンジジュース

 サッちゃん、スプーンで、カレーのかかったご飯を小さくとった。

 実は、おれを含め、みんな、興味津々で見守っている。


 そして、サッちゃん、見るからに、恐る恐る、といった感じで一口食べてみた。

 ワンテンポ置いて、

「ウッ」

 と声を出し、左手で口を押さえた。

 それでも口を動かしてはいるんだけれど、顔を真っ赤にして、涙目になっている。


 さゆりさんに言われ、サッちゃん、すぐに、水を飲む。

 そのあと、手で、口を隠して、『ハーハー』と息を出し入れしていた。


 とにかく、辛く感じたらしい。

 でも…、こんなこと言うと怒られるかもしれないけれど、どの動きも、すごく、かわいらしかった。


 そして、おもしろいことに、サッちゃん、そんな辛くても、水を飲みのみ、少しずつ食べて、小皿にあったもの、全部食べてしまった。


 食事のあいだに…、カレーのお代わりで、おれ、立ち上がったときに、さゆりさんと美枝ちゃんにおいでおいでをして、来てもらい…、誰が、サッちゃんに対して、200年以上も経ったことを伝えるのかと聞いた。

 そしたら、なんと、二人とも、おれが話すべきことだと、即座に言うではないの。


 おれは、てっきり、さゆりさんが適任かと思っていたんだけれど、否決された。

 それは、仮に、サッちゃんのショックが大きすぎたときには、さゆりさんは、なだめ役に徹するから、話すのは別の人の方がいいだろう、という二人の判断。


 さらに、どうしてかは論外で、美枝ちゃんでなく、おれに決まった。



 食後、今度は、食堂に近い方のソファーで、長椅子に、さゆりさんと美枝ちゃんが、サッちゃんを挟んで座った。

 おれは、さゆりさんの前の椅子に座って、さて、なんて話そうか…。

 サッちゃんに、文化2年から、200年以上経っていることを知らせる話。


 サッちゃん、なにかを感じ取って、神妙な顔。

 くりっとした目で、おれを見た。


 その時、静川さん、コーヒーを持ってきてくれた。

 いいタイミング。

 しかも、カレーのあとのコーヒー…、最高です。


 そして、サッちゃんには、オレンジジュース。

 氷は入っていない。

 この辺も、静川さんの細やかな気配りなんだろう。


 サッちゃん、まず、ストローでの飲み方、さゆりさんから教わる。

 すぐにマスター。

 初め、目をパチパチしていて、酸っぱいのかと思ったんだけれど、オレンジジュース、すごく気に入ったらしい。

 サッちゃん、目を輝かせて、ちびちびと、味わって飲んでいる。


 ちょっと経ってから、おれ、サッちゃんに話し始める体勢を取った。

 サッちゃん、オレンジジュースを丁寧にテーブルに置いて、しっかりとおれを見て聞く体勢。


 ちゃんとした躾がされている、ということなんだろう。

 そして、確かに、賢そうな感じだ。


「え~と、ここに連れてこられて…、今までと、違うと思ったろうけれど…」

 うまく通じているのだろうか。

 まあ、一番通じそうな言い方を選んでいるつもりなんだけれど、やっぱり、こういうのって美枝ちゃんの方がうまいんじゃないのかな?


 サッちゃん、ちょっと眉をしかめたけれど、おれが、区切りをつけると、ゆっくりと頷いた。


「今はね、文化2年ではなくて…、それから、200年も過ぎた、世なんだよ…。

 わかるかな?」


 直接的すぎたかもしれないけれど、まあ、どうやっても、おれが話すこと、こんな場合でも、細やかな細工ができない。


 サッちゃん、じっとおれを見て、

「に・ひゃく…ねん?」

 と、聞き直した。


「うん…。

 200年…」

 と、おれ、もう一度言った。


 サッちゃん、上を向いてから、ゆっくりと、さゆりさんの方を見た。

 さゆりさん、サッちゃんの方を見ていたので、すぐに目が合った。

 さゆりさん、ゆっくりと頷く。

 サッちゃん、フ~ッと息を吐き、正面を向きながら目をつぶる。


 ちょっとのあいだ、そのまま動かず。

 そして、澄んだ目をあけると、ゆっくりとさゆりさんを見て、

「敵は…、もう、来ない?」

 と聞いた。


 サッちゃん『敵』という言葉を使った。

 江戸時代は、『かたき』と言うのかと思ったけれど、まあ、それはどうでもいいんだけれど、サッちゃんには敵がいたということがわかった。


 そうか、だから、初めて会ったとき、美枝ちゃんから、逃げようとした…。

 200年経ったと聞いたことで、まず、敵のことが頭に浮かんだ。

 ずっと、恐れの中で、生きていた…。


 さゆりさんも、一度に、いろいろなことがわかったようで、横を向き、サッちゃんを、ギュッと抱きしめて、敵はもういない、ここは安全だ、と言うことを伝えた。

 サッちゃん、目をつぶって、しばらくじっとしていた。


 それからは、サッちゃん、ショックを受けたというよりも、逆に、ずいぶん、気持ちが楽になったようだった。


 まず、

「これ、な~に?」

 と、オレンジジュースのことを聞いてきた。


 ミカンのことも、よく知らないようなので、オレンジの説明に困った。

 そうしたら、美枝ちゃん、スマホで写真を見せて説明したものだから、今度はスマホにビックリ。


 少しずつ、いろいろなことを教える約束をして、今日のところは、それ以上大きな刺激を与えないようにした。


 その間に、台所の片付けが終わり、浪江君の方でも、撮影した映像の再生準備ができたので、みなで、隣の会議室へ行くことになった。


 そこで、サッちゃんはどうしたらよいか、ということになるが、やはり、映像を見ること自体、いろいろと刺激が強すぎるといけないので、さゆりさんが、ここで、みていることになった。


 今、サッちゃんが一番心を開いているのが、さゆりさんであるようなので、これは、すぐに決まった。

 それと、うまいことに、さゆりさんには、すでに、洞窟の中で、再生画像を見てもらいながら、わりと丁寧に、おれの見方や考え方を説明してある。


 北側の壁のドアーから出ると、すぐ左のドアーが会議室だった。

 廊下の突き当たりは風呂場で、そこまでの廊下左側には、ドアーが2つあるけれど、その、手前のドアーが、会議室入り口だったわけ。


 あやかさんに案内されたとき、風呂場ばかりが気になって、この二つのドアーについては聞かなかった。

 ちなみに、奥の方のドアーは、吉野さん専用の部屋なんだそうだ。


 ふと、あの時のあやかさんを思い出した。

 風呂場で、『2人で入っても、ゆったり入れるね』と、おれが言ったときの、鼻で笑うような小馬鹿にした感じの、あやかさんのあの顔つき。


 あの時、なにも言えなくなったけれど、あとになってから、あやかさん、おれより年上なのに、おれ、妙にかわいらしさを感じてしまった。

 クソッ、必ず連れ戻すぞ。


 そして、会議室。

 南側と北側に分かれていて、大きなモニターがあるのは北側の部屋。

 だから、廊下から入ってすぐの部屋。


 入ってきた北側のドアーと、その反対に南の部屋に行くドアーがあり、窓はない。

 南の部屋との境の壁は、半透明のガラスのような感じ。

 でも、さらに暗くする時のために、厚いカーテンが付いている。


 正面…、西側になるけれど、大きなモニターがあり、中ほどには大きなテーブル。

 テーブルの周りには、椅子が適当な感じで置いてある。

 まあ、本当に、適当な感じ。


 モニターの近くに、小さな机があり、その上に浪江君のノートパソコン。

 もう、モニターに繋がっていてセットは完了していた。


 思い思いに、椅子に腰かけ、さあ、スタートというときに、美枝ちゃんの携帯が鳴った。

 あやかさんのお母さん、玲子さんからだった。


 お父さんと玲子さんが、もう少しでここに着くという連絡だ。

 こういう連絡までも、美枝ちゃんにいくということ、おれ、初めて理解した。

 だから、美枝ちゃん、多くの人の動きを理解しているんだろうな。


 おれ、すぐに、お父さん達も交えて説明することに変更して、とりあえず、ロビーに戻ることにした。

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