3-2  200年

 サッちゃんの言い方に、さゆりさん驚いた。


 おそらく、これを言ったときのサッちゃんの考え方は、『今日は、十六夜いざよいだから、16日』といった感じなんだろう。

 これは、月齢を基本とした旧暦の考え方だ。

 それを、10歳くらいの女の子が言った。


 さゆりさん、聞こうとしていたことを急遽変更して、でも、咄嗟のこと、つい、いつも使う言葉での話し方になってしまって、『今、何年だかわかる?』と聞いてしまった。

 言ってから、さゆりさん、これで、意味が通じるのだろうか、と思ったそうだ。


 サッちゃん、少し考えて…、これは、さゆりさんが話した言葉の意味を考えていたんじゃないかと、さゆりさんは言ったけれど…、サッちゃんは、

「文化…2年?」

 と質問するような言い方で答えた。


 これでいいの?といった感じで。


 サッちゃんが『文化…2年?』と言ったのを聞いた、美枝ちゃん、『文化2年』って、どういう意味だろうと思った。


 そもそも、『文化』なんていう年号があることを知らなかったそうなので、とにかく、何なのかを含めてスマホで検索。

 すると、『文化』という年号があった。


 そして、さらに、スマホで、暦を調べてみると、文化2年は西暦1805年だとわかった。

 そのときの驚きは、それは、もう、美枝ちゃん、椅子からずり落ちるほどの、大変なものだったそうだ。


 すぐに、そのこと、さゆりさんに伝えた。

 静川さんも含め、3人で、これは、いったい、どういうことなんだろう、と言うことになったみたいだ。

 出演していた映画の時代設定が、文化2年だったのか、とか。


「それで、時間も経ったし、これ以上考えてもね、と言うことで降りてきたのだけれど、今のリュウさんの話で、なんだか、わかったような気がするわ。

 そういうことだったのね…。

 ずっと、その時のままでいた、と言うことなんでしょうね」


「ええ、おれは、そういう風に、考えちゃうんですけれど…。

 でも、その間のこと、サッちゃんは、どう感じたんでしょうかね?」

 と、おれ、さゆりさんに聞いてみた。


「まだ、詳しく聞いてはいないのよ。

 文化2年、なんて言葉が出てきたのに驚いてね…。

 今度、聞いてみるわね」


「ええ、興味あるところなので、お願いします」


「ええ、わかったわ。

 それに、文化2年のことだけれど…、もう、これは、それはそのまま受け入れてもいいようね…。

 そういうことで、言葉も、うまく通じないのかもしれないわね…。

 あと、いろいろ聞くにしても…、そろそろ、お昼にしません?」


 と、話は急転。

 時計を見ると、もう、1時を過ぎていた。

 あやかさんのことがあって、しばらく、ものを食べるなんてことできないと思っていたおれだけれど、急に腹が減ってきた。


 それに、サッちゃんが、このようなかたちで現れたということは、あやかさんも、同じ状態、時間が止まった状態ではあるけれど、でも、無事でいてくれることには間違いない、ということが確信できるようになった。


 そして、必ず会える、会ってみせる、という思いが、より強いものになった。


 静川さんが立ち上がって、

「それじゃ、すぐに支度しますね」

 と、台所に向かった。


「ホク、わたし達も手伝おうよ」

 と、美枝ちゃんも立ち上がる。


「わかった」

 と、ホク君も動き出す。


 同じように動こうとした浪江君に、おれ、声をかけた。

「ねえ、浪江君。

 あとで、みんなで映像を見られるように準備しておいてくれないかな。

 さっき、洞窟の中で、映像を見ながら話したこと、美枝ちゃん達にもちゃんと話しておきたいんだ」


「了解です。

 ぼくたちも、大きなモニターで、また、ゆっくり、見てみましょう」

 と、言って立ち上がり、北側の壁にあるドアーの方に向かった。


「向こうに、使える部屋が、あるんですか?」

 と、さゆりさんに聞いたら、この部屋の隣りに、モニターなどが置いてある、会議室みたいな部屋があるんだとか。


 そうか、そんな便利な部屋があるのなら…、よし、そこを、あやかさん救出のための本部にしよう。

 あとで、美枝ちゃんと相談だ。


 いくら何でも、美枝ちゃん、『ダメです』なんて、一刀のもとに切り捨てるなんてことはしないだろう。

 うん?おれ、なんとなく、美枝ちゃんを、怖れているのかも…。


 ふと気が付くと、サッちゃんが、じっとおれを見つめていた。

 でも、目が合うと、さっと視線をはずし、さゆりさんに寄り掛かった。

 ずいぶん、さゆりさんになついた感じだ。


「さゆりさんと、気が合うようですね」

 と、おれが言うと、


「まだ、詳しくは聞いていないんだけれど、どうも、フクとかいう人に、わたしが似ているらしくてね…。

 ねっ?そうよね」

 さゆりさん、サッちゃんに聞いた。


 すると、サッちゃん、ゆっくりと、頷いた。

 それで、おれ、ゆっくりと聞いてみた。

 あの洞窟で、なにがあったのか、と。

 ゆっくりと、いろいろ言い換えて。


 すると、サッちゃん、途切れ途切れだったけれど、一生懸命に話してくれた。

 おれ、この時、初めて、しっかりと、サッちゃんの話し声を聞いた。


 まず、洞窟の中が、青く輝き…紫ではなく、青と、サッちゃんは言った…、きれいだったこと。

 それで、中に入っていったこと。

 すると、周りの光が動き出したこと。


 外に出ようとしたが、急に苦しくなって、倒れ込んだこと。

 足音が聞こえ、人が近づいてきたので、逃げようとしたこと。

 目が回って…、サッちゃんの言ったことは、たぶん、目が回ると言うことだと思うんだけれど…、そして、また、倒れ込んだこと。


 だから、急に苦しくなって倒れ込み、足音が聞こえるまでのあいだは、サッちゃんにとっては数秒のことだったようだ。

 実際には、そのあいだに、200年以上の時が流れている。


 そのこと、サッちゃんには、まだ伝えていない。

 まあ、文化2年をどう捉えていいのか、わからなかったのだから、当たり前のことだけれど。


 でも、そのこと、誰が、どう、伝えたらいいんだろう。

 200年という年月が過ぎ去っていたという重さ、サッちゃんは、どの様に感じるんだろう。


 そうだよな…、200年じゃ、周りにいた人、みんな死んでるもんな…。

 みんな…、だよな…。

 このこと、かなり重いことだということに、おれ、気が付いた。


 誰が、どのように話すのか…。

 あとで、美枝ちゃんやさゆりさんと、ゆっくり相談することにした。


「できたっすよ」

 と、食事の用意ができたこと、北斗君が伝えに来てくれた。


 浪江君のこと聞かれたので、会議室だろうと話すと、北斗君、北の壁にあるドアーに向かう。

 やっぱり、会議室、知らなかったの、おれだけみたいだな。


 文化2年は200年以上も前だと言うことを聞いた静川さん、サッちゃんにはお塩のおにぎりと味噌汁を用意した。

 ほかのみんなは、昨日の昼に食べたカレーの残り。


 残り、といえば残りなんだけれど、まだまだいっぱいあったので、美枝ちゃんが別荘に戻ってきたとき、サッちゃんへの対応で忙しくなるので、『昼は、このカレーにしましょうよ』と静川さんに言っていたらしい。


 でも、静川さん、さすがに、サッちゃんには、カレーは無理だろうと、別メニューのおにぎりとしたようだ。


 とは言っても、サッちゃん、好奇心はすごく旺盛。

 さゆりさんに、モニョモニョと、なにか話をした。


「ちょっと、食べてみる?」

 と、さゆりさん、ニッコリと笑いながら、立ち上がる。


 さゆりさん、台所に行き、ご飯を少しだけ小皿にとって、カレーをかけたのを、水を入れたコップと一緒に持ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る