第3章 美少女
3-1 十六夜(いざよい)で…
別荘のロビー。
おれたち、洞窟から帰ってきて、ソファーに座っている。
おれとさゆりさん、美枝ちゃんと、洞窟で倒れていた少女の話をしていた。
浪江君は、脇に座って、じっと聞き役。
すると、車が駐車場に入ってくる音がした。
別荘の東側、玄関から門に向かって立つと左側になるが、柵の向こう側に、大きな駐車場がある。
北斗君が、買い物から戻ってきたようだ。
美枝ちゃん、すぐに立ち上がって、走るように玄関から出ていく。
北斗君が門から入ってくると、すぐに荷物を受け取って、走って戻り、そのまま2階に向かう。
そうそう、今は、大きな門が開いている。
これから、お父さんやおじいさんたちが来るからだろう。
ロビーを通り抜け、階段に向かう時、美枝ちゃん、急に立ち止まって、
「さゆりさんも、いかがですか?」
と、声をかけた。
まあ、少女の着替えなんだから、男性は、声をかけてはもらえないんだろう。
さゆりさん、
「ええ、行くわ」
と、美枝ちゃんと、一緒になって、2階へ。
北斗君、美枝ちゃんより遅れてロビーに入ってきた。
こっちに来て、今まで美枝ちゃんが座っていたソファーに、どっかりと座り込み、
「フ~…、疲れた~」
と、一言。
さすがの北斗君でも、慣れない買い物…、若い男が、少女の服、下着から全部一式買うんだから…、かなり疲れたようだ。
いろんな意味での気遣いや、気になる人目もあっただろうし…。
怪しいヤツ…、と、いったような感じで…。
北斗君、美枝ちゃんの残したビール、おれに、
「これ、うちのっスか?」
と確認。
「そうだよ」
と、返事をすると、すぐに口をつけ、飲み干す。
「プファ~ッ」
とやって、また、ソファーに寄り掛かる。
北斗君、目をつぶって、動かなくなった。
よっぽど疲れたんだろう。
でも、北斗君が落ち着くと、急に静かになった。
おれ、ふと、あやかさんの、あの時の姿が、目に浮かんだ。
あやかさん、真っ直ぐに、砂場の中央、妖魔の頭の位置を見つめて止まっている。
その横顔、『神宿る目』の時は、目が微妙につり上がって、普段よりも、きつい感じはするんだけれど、ものすごくきれいだ。
妖刀『霜降らし』は、刃の先15センチほどが、膨らんだ砂に刺さっている。
この時、おれが、必死の力を振り絞って、あやかさんと一緒になって『霜降らし』を刃のねもとまで突き込んでいれば…。
そんな思いが浮かび上がった。
そうだ。
あの場面に、戻る方法を考えよう。
なにか、必ず、あるはずだ。
そして、あやかさんと一緒に、妖刀を、ねもとまで突き刺す。
30分ほどして、2階から、まず美枝ちゃんと静川さんが降りてきた。
なんだか、美枝ちゃんの動きが軽く、緊張がほどけたような感じだ。
あの子、落ち着いたのかも…。
その後ろから、さゆりさんと並んで女の子が降りてきた。
思っていた以上に、しっかりとした足取りで、階段の踊り場を歩く。
さゆりさんに、手を引かれている。
踊り場から、階段へ。
その子が、こちらを向く。
その顔が見えた瞬間、男3人から、つい、小さな感嘆の声があがった。
ものすごい、美少女だ。
まだ、10歳くらいだろうけれど、かわいい、という感じではなく、きれい、という感じ。
そうだよ、やっぱり、あやかさんに似ているんだ。
トレーナー姿だが、長い黒髪が印象的だ。
美枝ちゃん達、食堂とは反対側のソファーの方に向かうので…、そちらは、もっと、大人数が集まれるので、おれたち、男性陣もそちらに向かう。
その子、さゆりさんに寄り添うように腰かける。
その隣に美枝ちゃん、静川さんと続く。
おれ、さゆりさんの前のソファーに腰を下ろす。
北斗君は美枝ちゃんの前に、浪江君は静川さんの前のソファーに座る。
場が落ち着いたところで、さゆりさんが話し始める。
「この子の名前はサチ。
それで、サッちゃんと呼んでいいかと聞いたところ、いいとのことですよ」
と言って、さゆりさん、サッちゃんを見て、ニコッとした。
サッちゃんも、はにかんだように微笑んだ。
「それで…」
と、今度は、サッちゃんに向かって、おれ、北斗君、浪江君と、一人ずつ、ゆっくりと紹介した。
サッちゃんは、緊張した面持ちで、口の中で言われた名前を反復し、一人一人に丁寧に頭を下げる。
「それで…、まあ、どういうことなのか、よくわからないのですが…。
サッちゃんにとっての今日は、文化2年、弥生の16日…。
ネットで調べたら、1805年4月15日なんだそうです」
北斗君と浪江君
「えっ?どういうこと?」
と声を揃えて聞いた。
でも、おれ、その時、
「やっぱりね…。
そういうことか…」
と、呟いていた。
おれの声、北斗君たちよりもずっと小さかったはずなんだけれど、さゆりさんと美枝ちゃん、それに静川さんまでもが、おれの方を見る。
北斗君と浪江君も。
それも、みんな、驚いた顔で。
なにが『やっぱり』なんだよ、説明しなよ、という感じで。
おれ、文化2年ということまではわからなかったけれど、遙か昔に、時間を止められて、今になって解き放されたんじゃないかと、さっき、一瞬思った。
でも、すぐに、『まさかな』と、その考えを、打ち消しはしたんだけれど。
1805年といえば、200年以上前だ。
そんなに長い時間…。
そうだ、サッちゃんは、その時間、どう感じていたんだろう。
みんなが、おれを見たまま、動きが止まっている。
それで、おれ、自分の考えに沈むのにストップをかけた。
そう、まず、おれの考えをみんなに説明することにした。
でも、例のごとく、また、急に話し出してしまう。
ほんとうに、おれ、人と、ちゃんとしたこと話すの、下手なんだよな。
「あやかさん…、最後におれと切り離されたとき、あやかさんのすべての動きが止まってしまって…、3D写真のような感じに見えたんですよ…。
それで…、さっきのことだけれど、サッちゃんが洞窟で倒れていたときの姿を思い出して…。
それが、チラッと、あやかさんのその姿と重なって…。
それで、この子、時間を止められたまま、今のこの時まで、妖魔に運ばれてきたんじゃないかと…、ふと、そう思ったんですよ。
まあ、その時は、そんな馬鹿なことはないな…、とも、思ったんですけれどね…」
と、おれが言うと、すぐに、北斗君、
「さすが、リュウさんですね…。
逆に、その話を聞いて、おれ、サッちゃんのこと、よく理解できましたよ」
「ええ、ぼくも、わかった気がします。
リュウさんの言ったとおりだと思います」
と、浪江君。
「そうね…、わたしも、今の話で、なんだか、わかったような気がするわ…」
と、さゆりさん、話し始めた。
「さっき、サッちゃんにね、今日は、なぜ…、どの様な目的で、あそこ…、あの洞窟に行ったのかということを聞こうと思って…」
さゆりさん、言葉を選びながら基本的なことを聞こうとした。
それで、まず、『今日は…』と言ってから、次の言葉を探した。
そうしたら、サッちゃん、その合間に、
「
16日…。
弥生の…」
と答えたんだそうだ。
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