2-9  ビール

 美枝ちゃん、大きなため息をついたあと、おれに、なぜ無理なのかを話した。


「静川さん、今、2階で、あの女の子を、落ち着かせています。

 ホクは、町に買い物に行ってもらっています。

 あの子にあう服がないもので…」


 そうだった。

 美枝ちゃん達、あの子を連れてきていたんだ。

 実は、すっかり頭から消えていた。

 どうだったんだろう。


 それに、北斗君、女の子の服を買いに、一人で町に行ったって…。

 すごいな。

 おれじゃ、まず無理だよな。

 でも、北斗君なら、できそうな気がするのが不思議だ。


「その、女の子って?」

 と、さゆりさん、おれに向かって聞いてきた。


「ええ、そうなんですよ…」

 おれ、こう言いだして、なにが、そうなんだか、妙な返事をしてしまったと、自分でもわかった。


 すると、さゆりさん、

「さっき、美枝ちゃん達とすれ違ったとき、ホク君が誰かを負ぶっているのはわかったんだけれど…」

 と、話し出す。


 さゆりさん、山道で、すれ違いざまに、美枝ちゃん達と声を掛け合ったけれど、話をしている余裕はなかった。

 さゆりさん、ホク君が、誰か子どもを負ぶっていることはわかった。


 でも、そのことに関心を払うような余裕はなく、そのまますれ違う。

 そのあと、洞窟に着いてからは、あやかさんが消えたことに関連することで一杯になった。


 おれや浪江君も、その子のことには気が向かなかった。

 だから、その子のこと、なにも話さなかった。

 そんなわけで、さゆりさん、何の話かわからない、といった感じ。


 まず、この説明からだろうけれど、どう話したらいいか…。

 まず、おれ自身、頭の中、ちょっと混乱しているので、落ち着こう。

 目をつぶって、少し上を向き、両手を握りしめ、大きく息を吸って、ゆっくりはいた。


 なんか、とんでもない出来事が重なってしまったので、頭の中、もう完璧にゴチャゴチャになっている。


 しかも、さっき見たその少女の顔が、あやかさんに似ているということもあって、また、その時、あやかさん、超若返ってしまったんじゃないか、と疑念を持ったこともあって、そして、何より、その時の思いを整理していないので、まだ、おれの中でくすぶり続けていて、頭ばかりか心の中まで、まとまりがついていない。


 本当に、おれ自身、ちょっと、落ち着く必要がありそうだ。

 もう一度、大きく息を吸って、ゆっくりとはく。


 一番大事なのは、あやかさんの救出。

 それはわかっている。

 でも、今、すぐに動いて、何かできると言うことではない。

 方法を考え、組織を整える必要がある。


 この、一番大事なことを、とりあえず、今は、心の中にしまっておこう。

 考えが、自然に熟成していくこともあるだろう。

 お父さんや、おじいさんが来るのも夕方、来てからの対応で間に合うはずだ。

 まず、これを仕舞って、落ち着こう。


 こうやって、おれが落ち着きを取り戻すまでのあいだ、ちょっとした間があったみたいだけれど、さゆりさん、待っていてくれた。

 美枝ちゃんも、自分から、話し出すことはしなかった。


 でも、この話をするの、美枝ちゃんが最適。

 おれ、美枝ちゃんに振った。


「あの子は、最初、美枝ちゃんが見つけたので…。

 この話…、美枝ちゃんから話してもらった方がいいよね」


「そうですね…、それじゃ、そうします。

 お嬢様が消えてしまったこと、さゆりさんにお知らせしようと、電波の届く洞窟の出口に向かっているときです。

 入り口から少し入ったところに、何かあったので、近づいてみると、あの子がいた、と言うことなんです」


「あの子が…いたの?」

 と、さゆりさん。


「ええ、うずくまるようになって倒れていたんですけれど…、近づくと、わたしに気付いて、フラフラと起き上がって、出口に向かって走り出そうと…。

 でも、2、3歩動いたところで倒れて、あとは動けず…。

 それで、ホクが負ぶって、連れてきた、ということです」


「どの様な子なの?」


「それが、何とも変わっていて…。

 時代劇の映画に出てくるような服装で…。

 着ていたのは着物…和服なんですが、これが、すごく汚れていて…。

 そうそう、それに、履いていたものは、草鞋わらじだったんですよ。

 そう見ると、やっぱり、撮影中にはぐれたのかもしれないんですが…。

 でも、髪や体、かなり汚れて臭かったので、実は、わたしが、今、お風呂に入れてあげたところだったんですけれどね…」


 その子が泣き叫んだりして大変だったのかと思ったら、そうではなかった。

 逆に、じっとしていて、怒られるのを観念しているような感じだったんだとか。

 動きは美枝ちゃんに言われるがままだったそうなんだけれど。

 ただ…。


「あの子、どうも、言葉が、ちゃんと通じないようで…。

 耳は、ちゃんと聞こえていて、頭はいい子のようなんですけれど…。

 どうしてなんだか…。

 日本人のような格好をしていましたけれど、日本語が、少ししか、わからないのかもしれません。

 まだ、一言もしゃべっていませんし…」


 美枝ちゃんの疲れの中心は、そこだったようだ。


 普段、あまり気を使わないで、言いたいことを言う美枝ちゃんだけれど、相手が妙に神妙で、また、小さい子どもでもあるので、どの様に説明したら理解してもらえるのか、ものすごい気遣いをしたようだ。


 ほんとうに、くたくたになったらしい。

 それで、こんな時には押さえなくっちゃいけないな、と、思いつつ、同時に、お嬢様なら、こんな時は、『一杯やろうよ』だろうな、と思ったんだとか、

 そう思った瞬間、ビールの栓を開けていた、とのこと。


 でも、一口飲んで、ホッとしたら、急にあやかさんのことを思い出し、涙がボロボロ出てきたそうだ。

 すると、あやかさんとの思い出が、次から次へと出てきて、もう、どうしようもなくなっていたときに、おれたちが帰ってきたと言うことらしい。


「こんな時、ビールなんて飲むからですよね」

 と、美枝ちゃん、自嘲気味に。


 でもね、美枝ちゃん、あやかさんなら、美枝ちゃんがビールを飲むの、どんな時でもOKだと思うよ。

 美枝ちゃん、ビール飲んでいること、まったく気にすることないんだからね。


 そして、かなりの時間がかかった風呂が終わったところで、静川さんにバトンタッチしてもらった。


「わたし、髪や体、かなり強引に洗ったので、ちょっと、あの子、興奮しちゃったみたいだったので…」


 少し落ち着かせようと、静川さんが一人で見ることにしたらしい。

 あう服がないので、とりあえず、美枝ちゃんの服などいくつかを持ち込んで、今、静川さんの部屋にいるそうだ。


「あの子、下着を着ていなかったり…。

 お風呂、そのものに驚いたりしたんですよ…」

 と、美枝ちゃん、おれに、風呂での話をしてくれた。


「お風呂に…驚いたの?」


「ええ、風呂場に連れて行くと、もう、目を丸くして、キョロキョロとね。

 ジャンプーなども、初めキョトンとしていて、どうもぎこちなくって…。

 髪を洗ってあげているあいだも、なんだか、必死で我慢しているみたいで、こっちが、なにか、悪いことしているような感じだったんですよ」


「それは、大変だったよね」


「ええ、本当に。

 それでも、3度、しっかりとシャンプーして、やっときれいになって…。

 体も、わたしが丁寧に洗ってあげたし…。

 そう、そう、その時、ボディーシャンプーを怖がったりして…。

 やっぱり、ちょっと変わっているんですよ」


 確かに…。

 いったい、どういう子なんだろう。

 洞窟で、倒れていたときの、あの、姿が思い浮かんだ。

 あやかさんの消えてしまった洞窟で…。


 あの時、本当に、時代劇に出てくるような姿で…。

 うん?それで、風呂でのこの反応…。

 そう言えば、あやかさん、真っ白な世界に消える直前の姿…。

 写真のように止まっていた。


 うん?

 …。

 いや、まさかな…。



 ****  ****  ****  ****  ****


 ここまでが第2章です。

 読んで下さり、ありがとうございます。


 次は、『第3章 美少女』となります。

 

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