2-8  時間が裂かれた

 その映像の続き。

 渦を巻くように走る龍。

 やがて、その頭が、砂場にかかる。


 あやかさんが砂場中央に向かって跳び上がる。

 砂場の中央が、わずかに盛り上がる。

 あやかさんが、妖刀『霜降らし』を抜く。


 その時、画面が、一瞬、真っ白になる。


 次の映像。

 あやかさんが消えている。

 初めにあやかさんが跳び上がったところの近くに、おれがいる。


 あやかさんはいない。

 画面の中、どこにもいない。

 呆然としたおれの顔。

 おれ、周りをゆっくりと見たあと、砂を見つめている。


 今の映像、あやかさんが消えたところを、もう一度見てみることにした。

 映像を、その、白く光る前に戻し、断続的なスローモーションで見直す。


 おれは、広場の奥の方にいる。

 あやかさんは、砂場の中央に跳び降りるような姿勢で、『霜降らし』を抜いた。

 刃先が見える。

 おれは、まだ、飛び出す前の姿。


 いきなり、一瞬の白。

 画面全体、真っ白、ほかには、なにも映っていない。


 次の情景。

 あやかさんは、忽然と消えている。

 そして、おれは、砂場の左、あやかさんがいた近くにいる。

 一瞬で、そこまで移っている。


「やっぱり、さっき、リュウさんが言ったこと、正しいようね…」

 と、さゆりさん。


 浪江君が、不思議そうな顔をした。

 そうか、浪江君には話していなかった。

 さゆりさんには繰り返しになるけれど、さゆりさんに断って、おれ、もう一度、浪江君にも話した。


 この、白い一瞬の間に、おれに起きたこと、おれが見たこと、やったこと。


 聞き終わったあと、浪江君、大きく、ゆっくりと頷いた。

 浪江君も、おれの考え、おれとあやかさんの時間が裂かれたこと、理解してくれた。


 そのあと、何度か映像を見返した。

 さらに、1時間くらい、洞窟内をいろいろと見て回ったが、特筆するようなことはなかった。

 はじめに見た印象と同じ。


 あやかさんの痕跡は、どこにもなかった。

 砂場の中、手前の方に、砂を掻き上げたあとがあるけれど、これは…。

 さゆりさんも、一緒に、いろいろと見ていた。


 途中で、おれ、砂場のところで目の色を変えてみたけれど、なにも起きなかった。

 洞窟の中、一昨日、異変が起こったところでやってみても、なにも変わりなし。

 もう、岩が紫色になることはなかった。


 映像など、しっかりと確認するために、一度、別荘に戻ることにした。

 洞窟を出て、別荘に向かおうとしたとき、おれ、初めて、すごく寂しいような、悲しい気持ちになった。


 カーッとなっていた頭の中に、急に吹き込んできた冷気。

 あやかさんがいないことが、大きく大きく、おれにのしかかってきた。


 そう、あやかさんが、隣りにいない。

 胸に穴があいたようだ、と言うの、生まれて初めて、実際に感じた。

 本当に、胸がぽっかりとなくなった感じで、重苦しくて痛い。

 そして、なんだか、ここを離れるのがつらい。


 おれ、後ろを向き、洞窟の口に向かって立った。

 すぐに、崩れるように膝をつき、両手で顔を覆って、つい、泣き出してしまった。


 涙が、ボロボロと出てくる。

 知らないあいだに、嗚咽していた。


 でも、泣きながら、おれ、思った。


 おれは、この妖魔と対決する。

 そのために、今から、詳細に情報を整理する。

 ここで得た情報だけでなく、櫻谷に伝わる情報も含め、すべてを調べ尽くして、対決に臨んでやる。


 おれは、この妖魔と、必ず対決する。

 そのために、今から、可能な限り力をつける。

 あの、目の奥に神経を集中する力を、限りなく、高めてやる。


 おれは、この妖魔を、必ずねじ伏せてやる。

 そのために、徹底的に準備する。

 情報を整理し、集中力をつけ、体力をつけ、役に立ちそうなこと、できることはすべてやる。


 泣くことによって、落ち着いてきた。

 よし、もう、大丈夫だ。


「あやかさん、また、来るからね」

 おれ、そう言ってから立ち上がった。

 この間、さゆりさんと浪江君、おれの後ろで、じっと動かずに待っていてくれた。


 とにかく、今は、一度、別荘に戻る。

 ここを離れて、別荘で、今日のこと、客観的に、しっかりと整理する。


 あやかさん、おれ、ここには、毎日、来るからね。

 そう思いながら、山道を下りはじめた。



 別荘に戻ると、美枝ちゃん、疲れ切った顔で、長いソファーに一人、深々と座り、ビールを飲んでいた。


 それでも、美枝ちゃん、おれがロビーに入ると立ち上がり、

「お帰りなさい。

 いかがでしたか?」

 と、普段と同じ様な感じで声をかけてきた。


 普段と同じ…、でも、目が真っ赤。

 ここで、一人、泣いていたみたいだ。


 美枝ちゃんの『いかがでしたか?』は、なにか、あやかさんに関係した特別なものが見つかったのか、と言う意味なんだろう。


 浪江君は、美枝ちゃんの横にある、一人掛けのソファーに座り、目を遠くに移す。

 泣いていた『あねご』を、直接、見ないような感じで。

 おれとさゆりさんは、美枝ちゃんの前にある二つの一人掛けソファーに、それぞれ座る。


 おれ、座りながら、

「いや、とくに、なにも変わったものは見つからなかったんだけれど…」

 と、言い出すと、


「そうでしたか…。

 あっ、櫻谷社長には連絡できました。

 大変、お驚きになったんですが、リュウさんの見方もお伝えしたところ、少しは安心されたようでしたよ。

 それで、社長の方から、主だった人には連絡するとのことで…、そのあと、電話があって、社長ご夫妻と、会長様ご夫妻が、こちらに、夕方までには着くように、おいで下さるそうです」


 うん?二組泊まると…、部屋が足りないのでは?


「泊まる部屋は、大丈夫なの?」

 と、聞いたら、


「ああ、それは、こっちは大変な状況だろうと言うのもあって…、一切かまわなくて良い、と言っていただきました。

 宿はホテルの方を、すでにとられたそうです。

 このような動きができるのも、リュウさんの見方のおかげなんでしょうね」


 また、褒めてもらった。

 おれの見方、けっこう、みんなの落ち着きのもとになっているようだ。

 やっぱり、美枝ちゃんには、もっと、ちゃんと説明しておきたい。

 さらに、強く確信できると思う。


「それでね、美枝ちゃん、すぐに、浪江君が撮ってくれた映像を見て欲しいんだ。

 おれの見方…、しっかりとした裏付けをとったかたちで、もっと丁寧に説明したいんだ…」


 あの、映像で、画面全体が真っ白になったあの一瞬の間に、おれとしては何が起こったのか、おれ、美枝ちゃん達にしっかりと話すつもりだ。


 あやかさんが、無事に、ほかの時間を生きているという、おれの確信。

 その確信の裏付けとして、あの瞬間に、おれの経験したことの話は、『すごく説得力があります』と、浪江君、帰りの山道でも言ってくれた。


 おれが、あの時の映像で、瞬時に移動していたことは、おれの話の通りでなければ説明がつかないとも、浪江君、言っていた。


「北斗君や、そうだ、静川さんも一緒の方がいいな…」

 と、おれ、美枝ちゃんに言った。


 あやかさんのこと、おれの考えていること、静川さんにも伝えておきたい。


 すると、美枝ちゃん。


「そうですねぇ、すぐにでもお聞きしたいのですが、今は、ちょっと無理ですね…」

 との返事。


 おれ、まったく予想していなかった返事なので、キョトンとしてしまったようだ。

 美枝ちゃん、大きく『フ~ッ』とため息をついた。

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