2-7  一瞬の白

 北斗君、おれと同じ様なことを、考えたようだ。

 美枝ちゃんに、

「お嬢様、一昨日、30分損したの、取り戻そうとしてさ…。

 それで、取り戻しすぎて、うんと若返っちゃったとか…」

 と、言った。


 すると、美枝ちゃん、チラッと北斗君を見て…ちょっと恐い感じで…、怒ったような口調で答えた。


「こんな時に、馬鹿なこと言わないでよ。

 お嬢様には、こんなところに、ほくろはないわよ」

 と、その女の子の左目の横を指して。


 ああ、本当だ。

 あやかさん、ほくろ取ったという話し、聞いてないし…。

 あやかさんではない…ような感じだな。

 おれも、変なこと言って、危うく、美枝ちゃんに怒られるところだった。


 でも、あやかさんではないとすると、この子は、誰なんだろう?

 汚れているし、姿も、ちょっと、変わっている。

 そんな子が、どうして、ここに倒れていたんだろう。


「熱はないわね…。

 でも、汚れも酷いし、手足は、けっこう冷えているみたいだから…。

 とにかく、うちに連れて行って、お風呂に入れてあげるよ」

 と、美枝ちゃん。


 美枝ちゃん、すぐに、この子を、北斗君に負ぶってもらうことにした。


 北斗君も、汚れや臭いはまったく気にせず、美枝ちゃんから背中に受け取るように、やさしく負ぶおうとして、


「うん? なにか、背中に当たるんだけれど。

 ちょっと、見てやってくれないかな?」

 と、美枝ちゃんに言った。


 美枝ちゃん、女の子のおなかのところ、ゴソゴソやって、薄いピンク色の地にきれいながらのはいった布の筒を取り出した。

 それは、時代劇などでお姫様が持っている、短刀を入れるような小さな袋で、端に紐が付いていた。


「中に入っているの…、たぶん、刀のようなものだね」

 と、美枝ちゃん、触った感じで。

 みんなで、洞窟の口に向かって歩きながらのこと。


 洞窟の外に出る。


「まず、さゆりさんに連絡するから。

 リュウさんも、まだ、ちょっと待っていて下さいね」

 と、美枝ちゃん、前半は北斗君に、後半はおれに。


「ああ、しばらく、ここにいるよ」

 と、おれ。


 おれ、そう言ってから、美枝ちゃんの電話でのさゆりさんへの話を聞きながら、林の木々を見上げる。


 明るい曇り空に木々の緑。

 でも、おれの隣に、あやかさんがいない…。

 その不自然さに、急に、涙が流れた。


 美枝ちゃんの話を聞いて、さゆりさん、すぐに、こちらに来ることになった。

 でも、美枝ちゃん、お風呂を沸かすことだけは、静川さんへの言付けとしてさゆりさんに頼んでいた。


 少し経ったら、静川さんに、直接、電話を入れる旨、さゆりさんに伝えて、美枝ちゃん、電話を切った。

 そして、おれに向かって、要点のみ、明快に。


「さゆりさんは、すぐに来るそうです。

 リュウさん、さゆりさんに、詳しい説明をしてあげて下さい。

 わたしは、この子を連れて、別荘に戻ります。

 様子を見て、お医者さんを呼ぶか、風呂に入れるかを判断しますが、いずれにせよ、わたしたちは、今日は、もう、こちらにはきません。

 別荘に向かいながら、社長には、お嬢様のこと、連絡しておきますが、ほかへの連絡は、社長と相談してから判断します。

 あとは…、こちらのことは、よろしくお願いします」


「わかった。

 こっちは浪江君と、気がすむまで調べておくよ。

 その子のこと、よろしくお願いしますね。

 あ、あと、おれ、あやかさんが見つかるまで、ここで…、こっちの別荘で暮らしたいので、それがうまくできるように考えておいて欲しいんだけれど」


「それは、今でも、なんの問題もないことですけれど…。

 でも、そうですね、リュウさんが最もいい状態で過ごせるように、いろいろと考えておきます。

 では、また」

 と言って、美枝ちゃん、女の子のものであろう布袋を持ちあげ、北斗君を促して、別荘へと帰っていった。


 浪江君とおれ、洞窟の前で、しばらくの間、美枝ちゃんと、少女を負ぶった北斗君が山道を降りていく後ろ姿を見送っていた。

 林の中の道、左下に、小さな谷川が流れている。



「リュウさんは、ここで、さゆりさんが来るのを待っていますよね?」

 と浪江君が聞いてきた。


「ああ、今、どうしようかと思っていたところなんだけれど…」


 内心、浪江君に、ここを頼んで、おれは、また、砂場のところに行こうかな?と、考えていたところだった。

 でも、同時に、おれが、ここで、さゆりさんを待っていた方がいいのかな?との迷いもあって、判断つきかねていたところだったのだ。


「それじゃ、さゆりさんを待っていてあげて下さい。

 リュウさんが、さゆりさんをここで迎えて、さっき、おれたちに話してくれたこと、お嬢様を、妖魔から必ず取り戻すって言ってくれたこと、もう一度、さゆりさんにも言って下さい。

 さゆりさんも、心強く、安心すると思います。

 その間に、ぼくは、洞窟の一番奥から、しっかりと撮影しておきます。

 では、先に行きますね」

 と、浪江君、しっかりとした話し方で言って、さっさと洞窟の中に入っていった。


 そうだった。

 さゆりさんも、すごく心配しているはずだ。

 そこに、すぐに思いやることができるって、やっぱり、浪江君もすごい人なんだな、と、思った。


 しかも、あんなことがあったばかりなのに、ちっとも怖がらずに、一人で洞窟に入っていった。

 しゃべり方も、前と変わった感じがする。


 でも…、浪江君にああ言ってもらえてうれしい。

 おれは、必ず、あやかさんを取り戻す。



 5分ほどで、さゆりさんが現れた。

 息が切れるほど、全力で走ってきたようだ。

 さゆりさん、走ってきたばかりなのに、顔が青白い感じで、今まで見たことがないような、緊張した顔をしていた。


 簡単なやりとりのあと、おれ、すぐに洞窟に案内した。

 そして、前に進みながら、さっき起きたことを話した。

 さらに、美枝ちゃん達には説明していなかったけれど、おれの目の前で、あやかさんが消えたときの状況を話した。


 さらに、その時におれが見た砂場と、今の砂場の状況の違いについてまで詳しく説明した。

 そして、最後に、必ず、あやかさんに合流できると信じていることを伝えた。


 そこまで話したとき、さゆりさん、涙を流しはじめた。

 少しは、心配を、和らげることができたのかもしれない。

 広場に出たとき、おれとさゆりさんが入ってくるのが、音でわかったのか、浪江君が奥から出てきた。


 砂場のところに行き、さゆりさんに、砂の状態を見せる。

 そのあと、すぐに、浪江君が、

「あやかさんが消えたときの映像、見てみましょうか?」

 と言った。


 そうだよ。

 なんで、すぐに、それを見なかったんだろう?

 すごく、大事なことじゃないか。

 それを見れば、新たにわかることがあるかもしれない。


 カメラに付いている、小さなモニターでだけれど、3人で見てみた。


 砂場の周りをグルグルと回る、龍のような紫色の光の帯。

 浪江君、おれの視点よりも高い位置から床を撮影していたので、全体の中での光の動きがよくわかる。


 さゆりさん、その映像に、とても驚いている。

 やっぱり、こんなことが現実に起こったなんて、ちょっと信じがたいことなんだろう。

 しかも、ちゃんと、写っていた。


 しかし、なぜか、画面のあちこちで、チカチカ、チカチカ、と星がちりばめられたようなノイズが入っている。

 浪江君は、『何か、強烈な電磁波のようなものの影響かも…』とその原因を推測し、『映像が、全部消えていなくて、ラッキーでした』と言った。


 このあとも、ちゃんと写っていてほしい…。



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