2-6  小さな子ども

 浪江君も、涙をボロボロこぼしている。

 その浪江君に向かって、おれ、お願いをする。

 残念ながら、浪江君の状態を、思いやっている余裕はない。

 それに、浪江君なら、できるはずだ。


「浪江君、頼みがある。

 今後の動きを考える上で、現状を正確に把握しておくことが、非常に重要だ」


 ここで、浪江君、おれを見て、しっかりと頷いた。

 やっぱり、彼なら、大丈夫だ。


「それで、あの砂場を中心として、ここの広場の現状を、なるべく丁寧に撮影しておいて欲しいんだ。

 そして、撮影の余裕があるのなら、洞窟全体、一番奥から、出口まで、すべてを写しておいて欲しい。

 いいかな?」


「ええ、もちろん…ですよ…、リュウさん。

 電池も充分だし、記憶媒体も、大きなもの持ってきていますから…。

 妖魔をやっつけて…、お嬢様を取り戻して下さいね」


「ああ、必ず。

 必ず、この妖魔を倒す」


 自然に、こんな決意が口に出た。

 この様な断定的なこと、おれ、今まで言ったことはなかったのに、心の底から、真っ直ぐに、口に上ってきた言葉だ。


 浪江君、しっかりと頷いて、すぐに動き出した。

 その話を聞いていた美枝ちゃん、きっとして、立ち上がった。


「わたしの分担は?」

 と、涙で真っ赤になった目でおれを見ながら、美枝ちゃんが、おれに聞いてきた。


「ああ、とりあえず、洞窟の外に出てもらって、連絡をお願いしたいんだけれど。

 まず、さゆりさんに。

 次は…、お父さんなんだろうけれど…、その辺は任すよ…。

 先々の目的は、あやかさんを取り戻すための態勢作り」


「わかりました。

 ただ、さゆりさん、連絡を受けると、すぐに、こちらに駆けつけることになると思いますけれど…」


「ああ、なるほど…、そうだよね…。

 おれは、まず、ここで、浪江君と、納得がいくまで調べる。

 それ以外の動きは、美枝ちゃんの判断に任せるよ。 

 北斗君は、美枝ちゃんに付いていて、美枝ちゃんの動きを助けて欲しい」


「了解です、リュウさん。

 じゃあ、行こうか」

 と、北斗君、美枝ちゃんの肩を抱きながら、動き出す。

 美枝ちゃん、一度頷いて、北斗君に従う。


 誰も、何が起こったのか、口にしなかった。

 妖魔の仕業だろうというのは、全員、見当が付いていても、何がどうなったのかと言うことは、皆目わからない。


 でも、その謎解きよりも、いや、その謎を解くためにも、今、それぞれが、動き出さなくてはならない。

 誰もが、それぞれの動きに集中して、進めていくことを考えている。


 だから、自分で判断して動く力の強い美枝ちゃんですら、自分の『分担』という聞き方をした。

 そのように、おれ、思う。


 さあて、まず、砂場のところだな。

 砂の状態、もう一度調べてみる。

 さっき…、はじめにこの広場に来たとき、あやかさんが砂をすくい上げた、あの時と、本当に、同じなのかどうか、これを確認したい。

 これが、完全に同じなら、やはり、おれの時間が、少し遡ったことになる。


 いいか、妖魔よ…。

 そっちはふざけ半分なのかもしれないけれど、あやかさんに手を出したからには、おれは、絶対に許さないからな。


 覚えておけよ。

 おれは、必ず、あやかさんを取り戻すからな。



 砂場で、浪江君と、確認をとりながら調べていると、洞窟の入り口の方で、美枝ちゃんの短い叫び声が聞こえた。


 浪江君と、顔を見合わせ、すぐに

「行ってみよう」

 と、おれ、声をかけた。

 なにがあったんだろう。


 洞窟の入り口に向かって走り出すと、

「リュウさ~ん…」

 と、正面から、おれを呼ぶ、北斗君の声が聞こえた。


「ちょっと、来てくださ~い」

 と、続いたのに対して、


「今、行くよ」

 と、おれ、大声で返事した。


 でも、北斗君の声に、何か、美枝ちゃんが怪我をしたとか、そのような緊迫感はなかったので、急激に高まったおれの緊張が、少し、下に降りた感じがした。


 でも、速度を緩めずに、広場から洞窟に入る。

 そのまま走って、左に曲がっていくと、入り口からの外の明るさが目に入った。

 中ほど、やや手前で、美枝ちゃんと北斗君がしゃがみ込んでいるのが、逆光の中に見えた。


 近づくと、二人の向こう側に、何か、布に包まれたものが置いてあった。

 北斗君の後ろに立って覗き込むと、それは、なんと、小さな子どもだった。

 ただ、妙なことに、着ているものは着物のようでいて、かなり汚れていた。


 まあ、妙なことと言えば、こんなところに、小さな子どもが倒れていること自体、妙なことではあるんだけれど。


「ここに倒れていて…。

 近寄ったら、気が付いて…。

 それで、起き上がって、出口の方へ逃げるような動きをしたのですけれど…。

 でも、すぐに、また、倒れ込んで…」

 と、美枝ちゃんが、説明してくれた。


 この子が、また倒れ込んだとき、美枝ちゃん、『危ないっ!』って、声を上げたらしい。

 なんだか、倒れたまま動かなくなったので、美枝ちゃんが動揺しているみたいだ。


「抱き上げても、いいものでしょうか?」

 と、美枝ちゃんに聞かれた。


 冷たい岩の上に倒れていたので、美枝ちゃん、すぐにでも抱き上げてあげたかったのだろうけれど、相手が逃げようとしたこと、だから、美枝ちゃんを警戒したということで、躊躇したのだということがわかった。


「その方がいいと思うよ。

 下は、冷たそうだし…」

 と、おれ、答えた。


 美枝ちゃん、やさしく抱き上げる。

 女の子のようだ。

 その時、その子が、目を開けて、力のない目で、美枝ちゃん、おれ、と順に見て、また、静かに目を閉じた。


「この袋、この子のだろうね…」

 と、北斗君、近くに落ちていた布袋を持ち上げる。


「映画の撮影でも…していたんでしょうかね?」

 と、美枝ちゃんの抱き上げた女の子を見て、浪江君が言った。


 確かに、時代劇に出てくる、長屋に暮らす女の子みたいな感じだ。


「でも、なんだか、この子、ものすごく、汗臭いよ」

 と、美枝ちゃん。


「着物も、映画の撮影のため、なんていうんじゃなくて、本当に、かなり汚れているみたいだよね…。

 あれ?この子、お嬢様に似ている…」

 と、北斗君、驚いて、もう一度、まじまじとその子を見る。


 本当だ。

 あやかさん、子どもの時、こんな感じだったじゃないのかな、と思うくらい、よく似ている。


 えっ?

 あやかさんの時間、子どもの時にまで遡った?

 そんな思いが浮き出てきた。

 おれだって、数秒、遡ったように考えていたけれど、あやかさん、20年くらい遡ると…。


 妖魔相手だと、あり得ることなのかもしれない…。

 だけれど…、もし、この子が、子どもの時のあやかさんだったとしたら、おれのことを知らない。

 おれ、どうしたらいいんだろう…。


 それにしても、よく似ている。

 絶対に美人になる、っていうような顔をしている。

 でも、この服装…。

 あやかさんだとしたら、いったい、なにがあったんだろう…。


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