2-5  時間のズレ

 何が起こったのかわからなかったが、すぐに白い光が消えて、あやかさんの姿は消えていた。

 それと同時に、止まっていたおれの体が動き始めた。

 いきなり、普通の速度で。


 おれ、二歩目のジャンプで跳び上がったところだった。

 すぐに、初めに、あやかさんがいた場所の近くに降りた。


 でも、あやかさんがいない。

 砂場にもいない。


 すぐ下にある砂を見る。

 さっき、行き止まりのところに行く前に、あやかさんが砂を掻き上げ、おれが手を突っ込んだ跡がそのまま残っている。


 だから、あの、白い光の中で見ていた情景…、妖魔によってこの砂場が盛り上がり、そこに向かってあやかさんが跳び込んで、妖刀『霜降らし』を突き刺した、それら一連の動きの痕跡が、どこにも残っていない。


 ということだ…。


 さっき…、この洞窟の奥に向かう時のままの砂の状態。

 でも、あやかさんがいない。


 いない。

 周りを見るが、どこにもいない。


 すべてが、さきほど、あやかさんが妖魔を呼び寄せようとする前と同じ状態だ。

 あの時と同じなんだけれど…。

 でも、あやかさんがいない。


 おれの隣に…、この場所に、あやかさんがいない…。


 叫び声が出そうになった。

 悲鳴のような叫び声。


 でも、そのとき、心の中で、フワッと、例の、のどかなおれが出てきて、叫び声を上げようとしているおれを押さえた。

 同時に周囲に気が向く。


 正面にいる美枝ちゃんの方を見る。

 美枝ちゃん、座り込んで、両手を前について、驚いた顔で、目を大きく見開いて、じっとこっちを見ている。


 その、両肩を支えるようにしながら、屈み込んだ北斗君も、驚いた顔で、こちらを見ている。

 浪江君も、カメラを構えたまま、でも、カメラから顔を離して、呆然とこちらを見ている。


 3人、あやかさんがいなくなった、こっちを見ている。


 突然消えたあやかさん。

 でも、たぶん、おれ、一つ、みんなと違う記憶を持っているはずだ。

 あの、白い光の中、妖魔が、おれを、あやかさんから切り離そうとした、それを感じた、あの記憶。


 それに逆らって、緊張を高め、妖魔の力を押し込めようとしたこと。

 それが妖魔に効いたと思ったときに見られた、入り口の方での白い光。

 そちらから、滑り込んできたリング状の紫色の光。


 あれが、この広場に届いた瞬間、この空間全体が白く輝いた。

 あの時、おれの力が、弾き返されたんだろう。


 あれは、なんだったんだろう…。

 あの動きは、なんだったんだろう…。


 そして、あやかさんは…。


 そうだ、あの時、真っ白になって消える直前、あやかさんは、何か大きな異変が、周りで起こっていることには気付いていない顔だった。

 あやかさんには、異変は届いていない。

 妖魔に、妖剣が刺さった瞬間で、あやかさんの時間が止まっていた。


 おれは、白い光のあと、一歩跳んで、ここに…。

 そして、ここ…、この砂場は、あの、妖魔の頭がここに辿り着き、砂が持ち上がり、膨れ上がる、それら一連の動きの前の状態…。


 時間にズレがある…。

 まただ。

 また、時間のズレを感じた…。


 一昨日とは逆で、戻ったかたちだけれど…、そして、ほんの数秒だけれど、現実の時間とズレている。

 おれは、あやかさんの周りで進んでいる時間から、あの瞬間、切り離されてしまったのだろうか?


 うん?

 あやかさんの時間から…、切り離された?


 それは…。

 あやかさんは、別の時間にいる…ということか?

 そうか…、うん、そうに違いない。


 そうだ、ただ、消えたんじゃない。

 おれの時間と、あやかさんの時間とが切り離されたんだ。

 だから、あやかさん、どこかで、別の時間をすごしているはずだ。


 それなら…。

 それなら、あやかさんと、一緒の時間になればいい。

 そうすれば、あやかさんを取り戻すことができる。


 あやかさんと、一緒の時間になるには…。

 あやかさんの時間を、おれの時間と同じにするには、どうすればいいんだ?


 なんとかして、あやかさんと、同じ時間に…。

 あやかさんと、なんとしてでも、合流する…。

 合流すれば…いい…。

 そうだ、必ず、あやかさんと、合流する。


 でも…、方法は…。

 どうやる…。

 これは…、そう、すぐには…無理なのかもしれない。

 たとえ、時間がかかったとしても、なんとか見つけ出す。


 その方法を見いだすためには…。

 とりあえず、ここの、今の状態を、しっかりと記録しておく必要はあるだろう…。

 これは、浪江君に頼もう。


 おれは、必ず、あやかさんと合流する。

 どんなに時間がかかろうと、おれは、あやかさんを見つけ出す。


 見つけ出すまで、おれは、ここで暮らす。

 何年かかろうと、だ。


 そうだ、まず、落ち着こう。

 あやかさんは無事だ。

 ただ、今は、おれとあやかさん、別々の時間が流れている。


 もう、それでいい。

 そう信じよう。

 そして、落ち着こう。

 次に何をすべきか…。


 そうだ、しっかりとした救出態勢をつくるためにも、起こったことを、連絡する必要がある。

 これは、美枝ちゃんに頼もう。

 うん、美枝ちゃん?


 目の前、向こうの方にいる美枝ちゃんに気付く。

 呆然とした顔。

 あやかさんが消えたショックは、おれと変わらないはずだ。


 まず、美枝ちゃんからだ。

 そして、美枝ちゃんに動いてもらう。

 その、美枝ちゃんを支えるには…、北斗君が頼りになる。


 そう、まず、美枝ちゃんだ。

 美枝ちゃんに、動き出してもらおう。


 おれは、こっちを見つめている美枝ちゃんに向かって歩き出した。

 北斗君が、おれの動きを見て、意外そうな顔をしたが、それは、たぶん、おれが、ここで泣き叫ばないで、美枝ちゃんや北斗君の方に向かったからだろう。

 北斗君、前屈みになっている美枝ちゃんを起こして、座った状態にした。


 おれ、美枝ちゃんのところに行き、美枝ちゃんの前に膝をついて、一言。


「大丈夫だよ。

 おれが、必ず、あやかさんを見つけるから」


 なんて言ったらいいんだろうと思っていたけれど、急に、そんなことを言っているおれがいた。

 そうだ、必ず、おれが、あやかさんを見つける。

 この妖魔を倒し、あやかさんを連れ戻す。


 美枝ちゃん、じっとおれのことを見つめている。

 視線が、痛いほどだ。

 北斗君と、浪江君も。


 おれ、自然と、繰り返して言う。


「あやかさんは、絶対に大丈夫だ。

 おれが、必ず見つけ出す。

 今の妖魔を、完全に葬り去って、あやかさんを連れ戻す。

 大丈夫だよ」


 急に、美枝ちゃんが泣き出した。

 北斗君の胸に顔を埋めて、声を上げて泣き出した。


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