2-4 なんだ?
岩壁の色が、いきなり広範囲で、紫色になると、前の時よりも速い速度で、洞窟全体が紫色に変わっていく。
色が変わると同時に、岩の表面の質も変わるようで、キラキラと輝きだし、そのキラキラの面積が、あっという間に広がっていく。
正面の美枝ちゃん、驚いた顔で、北斗君にしがみつく。
その北斗君も、美枝ちゃんの肩に手を回したものの、ビックリした表情で、壁のような岩肌を下から天井まで、キョロキョロしながら見ている。
二人のこの動き、彼らにも、壁の岩の色が、紫色に変わって見えている、ということなんだろう。
たちまち、洞窟全体の岩が、透明感のある紫色に変わり、浪江君のライトを受けて、小さく、無数に輝いている。
恐さはあるんだけれど、とてもきれいで、崇高な雰囲気でもある。
すると、その、壁全体の紫色の濃淡が、チラチラと揺らめくように動き出し、輝きにも、瞬きが生まれる。
今回は、ここまで来ても、気を失うようなことにはなっていないな、と、おれ、ちょっとホッとしたところもあったにはあったんだけれど…。
でも、この、紫色の濃淡が、チラチラと動き出したことが、妙に気になった。
あやかさんに、中止するように言った方がいいんだろうか?
でも、妖魔を呼ぼうとしているんだから、うまくいってはいる、ということでもあるんだよな…。
そんなことを考えているとき、左の壁の下の方、流れの近くで、チラチラと動いていた、明るい紫が、急に、ス~ッと上に登っていった。
すると、その隣にあった明るい紫も、ス~ッと上へ。
徐々に、その動きが広がり、洞窟の壁を左から右に巻くように…、おれから見てだけれど、左の壁…、水の流れの向こう側の壁に沿って明るい紫が上がっていき、天井を左から右に横切り、右の壁に沿って降りてくる。
そして、床下を、右から左へと流れ、グルグルグルと、洞窟全体が大きな光の渦を巻くようになっていった。
あやかさん、腰を沈め、妖刀『霜降らし』を構えている。
左手で鞘を持ち、右手で、柄を、逆手に握っている。
鞘から抜いたら、そのまま降ろして、地を刺せばよい格好だ。
紫色の光の流れが、徐々にだけれど、洞窟をグルグルと巻いた、一本の長い帯のように収斂していった。
帯は、少しずつ細くなり、それに伴って、明るさを増していった。
まるで、洞窟の周りを回る龍のような動きになってきた。
風ではないんだけれど、空気の中で、空気ではない、何かわからないものが、大きく、強く流れているのを感じる。
これは、なんなんだろう?
この流れ、なんだかわからないんだけれど、息苦しいほどだ。
やがて、龍のような光の帯は、周囲をまわりながらも、徐々に、洞窟の壁から降りはじめた。
紫色の光の帯は、おれの前の床下を、右から左に抜けると、小川の下を通り、左側の壁をやや登りながら、入り口の方へと横に走る。
広場の入り口辺りから下に降り、流れの下を通る。
浪江君の手前の床下を、左から右に横切り、右奥の岩壁に登りながらこちらに向かって来る。
壁を這ってこちらに来ると、下に降りて、またおれの前を左へと抜ける。
そのような動きを数回したあと、やがて、壁から離れ、大きく、この広場を回り始めた。
その光が、おれの足下を流れていくとき、何か、ものすごい流れを感じた。
あの、空気の中にあるようでいて、空気ではないものの流れ。
エネルギーの流れ、とでも言うんだろうか?
うん?ちょっと違うかな?
やがて、地を回るその龍の頭が、あやかさんのいる砂場に近づいていく。
確かに、光の帯が、グルグルと床を回りながら、目指しているところは、その、砂場に違いない。
ついに、龍の頭が、砂場にかかる。
砂が、ブワッと浮き上がる。
その時、すでに、あやかさんが、その中心へと跳んでいた。
あやかさん、そこに飛び込みながら、妖刀を抜く。
妖刀の先が見えた瞬間、あやかさんの周りが、フワッと明るくなったように感じた。
その時、おれが、妖刀『霜降らし』から受ける雰囲気なんてものじゃなくて、なんか、大きなものに、おれが包み込まれたような、そんな感じがした。
そして、その時点から、すべての動きが、急にスローモーション映像のようになった。
白っぽい、霞がかかったような感じの中で。
鞘から抜かれた妖刀『霜降らし』が、砂に刺さっていく動きも、ゆっくりとした動きに見えた。
刃先が砂に刺さりはじめると、速度はさらに遅くなり、チカッ、チカッと動きが断続的に見えるような感じになった。
どうしたんだろう?
なにがあったんだろう?
と、思ったのと同時に、なんだか、おれとあやかさんが、遮断されはじめているように感じた。
あやかさんを包む白っぽい光が徐々に強まり、おれが感じているあやかさんの雰囲気が、それに伴って弱くなっている。
直感的に、おれ、もっとあやかさんに寄り添って、あやかさんに力を貸さなくてはならない、と思った。
おれも、あやかさんと一緒に、妖剣を握る必要がある…。
そう感じたときには、おれ、全力で、あやかさんに向かって、跳び出していた。
グッとからだが大きく伸びたところで…、だから、前に大きく跳び出したところで、すべての動きが止まった。
おれ、空中で止まったまま。
下に落ちるわけでもなく、ただ、空中に止まっていた。
そう、おれ、跳び上がったまま、空中で止まっているという、とても信じられない状況だ。
でも、何か得体の知れない力によって、おれの動き、そのすべてが押さえ込まれている感じがした。
下に落ちることもなく、時間が止まったような状態。
そう、時間が静止している。
動いているのは、おれの思考だけ。
おれの目の前で、あやかさんの動きも止まっている。
あやかさんの、緊張した横顔。
目はしっかりと、盛り上がりの中心を捉えている。
でも、まるで、3D写真のように止まっている。
何かが、おれの動きを、おれの周りの時間を止めている。
だから、それに対抗して、おれは、何らかの力を出さなければならないはずだ。
この状況を打開するには、力を出さなくてはならないはずなんだけれど、それが、どんな力なのかがわからない。
当然、どうやって出す力なのかも、わからない。
この、感じているものだけでは、皆目わからない。
でも、今までの動きからすると、目の色を変える力に関係しているに違いない。
そう思う。
思うと同時に、妖結晶の模様を見ていたときのことを思い出した。
あの時は、濃い紫色でも、微妙に色が違っていて、そんなわずかな色合いの違いでも、とてもおもしろい模様があったので、これを描き留めておこうと思った。
そのとき、その微妙な色合いを、なるべくはっきりと見て区別するために、目の奥の方に…いや、あの時の感覚だと、目の裏側とでも言うような位置の、深い奥の方に、神経を集中した。
もう、ほかのことを考えている余裕がない。
それを思い出した次の瞬間には、おれ、それを試していた。
目を見開いたまま、思いっきり、目の奥に、神経を集中した。
すると、空中にある体が、また少しずつ動き出し、超スローモーションだけれど、はじめの一歩が地に届き、あやかさんに飛びつくための二歩目に力を入れはじめることができた。
おれの向かおうとしているあやかさんも動き始め、妖刀が、ゆっくりとだが、砂の中にめり込みはじめた。
白い霞も、わずかずつだが薄れていく。
ゆっくり膨らむ砂の山が、妖刀にさかれ、割れるように飛び散る砂の動きも、これも非常にゆっくりとしてはいるが、動き出した。
おれの、目の奥への神経の集中、最高潮と言うとき、浪江君の後ろ、洞窟の入り口の方が、白く、強く光った。
おれが見つめているあやかさんよりも、ずっと左の方だが、強い光であり、一応は、おれの正面だから、すぐにわかった。
すると、入り口の方から、洞窟を一回りする紫色の光の帯、太いリングになったような紫の光が、かなりの速さでこちらに向かってくる。
この、超スローモーションの世界なのに、かなりの速さだ。
そのリングが、広場に達した途端、洞窟全体が、白く光った。
あやかさんの動きも、おれの動きも止まる。
さっきと同じように、完全に動きの止まったその中で、白い光が、より強く光って、視界全体が真っ白になっていく。
おれの目に、最後まで残っていた、止まったままのあやかさんの姿が、その白さの中に、かすむように消えた。
「えっ?なんだ?」
おれ、何が起こったのかわからなかった。
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