2-3  妖魔を呼ぶ

 おれも、あやかさんの隣にしゃがみ込んで、砂に手を入れてみる。

 指先を揃えて、モニョモニョと動かしながら、縁の岩に沿って手を入れていくと、簡単に手首まで入って、まだまだ深い感じ。


 しかも、窪地と言うイメージの、お皿のような形状のものではなく、その逆。

 何と言うか…、壺のような感じなのかも。

 足場の岩が、砂の上に乗りかかっているような感じで、岩の縁から手前の方に指先が進む。


 その、おれの手の動きを写していた浪江君。

「砂は、岩の下の方にまであるんですか?」

 と、聞いてきた。


「うん、そんな感じなんだ」

 と、言いながら、おれ、砂を広げるように、少し掻き分けてみる。


「かなり深いんですかね?」

 と、浪江君。


「どうなんだろうね…。

 今度、掘って、調べてみようか?」


「そうですね…」


「その時、おれも手伝いますよ」

 と、北斗君。

 近いうちに、3人で掘ってみることにした。


 それで、おれとしては、洞窟の、ここより奥も見てみたい。

「この奥、もっと、続いているの?」

 と、あやかさんに聞いてみた。


「うん、あることはあるよ。

 もう少し行くと、それ以上は入れなくなるけれどね…」


「とりあえず、一度、行けるだけ行ってみない?」


「うん、いいよ。

 おいでよ」


 ということで、あやかさんが先頭になって、さらに奥へ行ってみることになった。

 この広場になっているところの奥の方から、また、狭い洞窟になる。

 先ほどと同じように、流れに沿って、しばらく進むと、また、やや広くなっているところに出た。


 広くなっているところとはいっても、先ほどの広場の半分くらいの奥行きで…床の面積となると三分の一から四分の一くらいの広さ。


 奥に行くと川が広がり小さな池のようになっている。

 池の奥の方は水が深そうで、岩壁の裂け目に潜り込むように、少し奥の方にまでのびている。

 この先、水は、もっと深いところを流れて来るんだろう。


「ここに、潜ってみないと、先はわかりませんね」

 と、北斗君が言った。


「潜ったりしたことは、ないんだよね」

 と、あやかさん。


「水、かなり冷たいもんね」

 と、おれ。

 前の話と、関係あったんだか、なかったんだか。


 この向こうで、もっと洞窟が続いているのかどうか、わからないけれど、まあ、いずれにせよ、今日のところは、ここまできたので、目的達成だろう。


「今日は、ここまでと言うことでいいよね」

 と、あやかさんに言うと、


「うん、そうだね。

 それじゃ、戻ろうか」

 と、おれに言って、あやかさん、ニッとした。


 何だろう、このニッは。

 なんか、企んでいるニッだぞ。



 洞窟の奥、行き止まりになったところから戻って、また、さっきの、洞窟が広くなっている場所に出た。

 砂場のあるところだ。


 広場に出てすぐに、あやかさん、おれに、言った。

「ねえ、あなたは、ここで、ちょっと見ていてくれる?」


「えっ? 見るって…、何を?」


「わたし、これから、あそこで、妖魔を呼んでみようと思うんだよ」

 と、あやかさん、砂場を指さして言った。


 そして、そう言いながら、背中に背負っている妖刀『霜降らし』を肩から外し、左手に持った。

 なるほど、そういう下心…いや、心づもりがあったのか…。

 でも…。


「妖魔を呼ぶって…、どうやって?」


「一昨日でわかったじゃないの。

 赤い目になるのよ」


「えっ?『神宿る目』に?

 ああ…、そういうことなのか…」


 おれ、一昨日のこと、妖魔の働きだとは思っていたけれど、妖魔が来たとまでは思っていなかった。

でも、あやかさんは、あれは、妖魔の仕業、だから、あの時、妖魔が来ていたと考えている、ということなんだろう。


 まあ、確かにね…、実際に、妖魔が来ていなきゃ、あんなことできないかもしれないもんね。


 とは言え、ですよ、あやかさん、また、あのような状況を、呼び寄せるつもりなんでしょうか?

 ちょっと…、いや、とても、恐い気がするんだけれど…。


「それって…、危なくないの?」

 と、おれが言ったら、あやかさん、左手を少し上に上げて、持っている妖刀『霜降らし』をチラチラとおれに見せて、


「今日はね、これを使ってみるつもりなんだよ」

 といって、ニッと笑った。


 これ、さっきのニッと同じような感じだ。

 だから、さっきのニッは、このことだったんだろうな。


 まあ、おれとしても、一度、あやかさんが妖魔を仕留めるところを見たかったから、うまくいけば、願ったり叶ったりなんだけれど…。

 でもな…、おれ、どうしても、このあいだ感じた恐さの方が先に立ってしまう。


 あやかさん、これから何をしようとしているのか、美枝ちゃん達にも説明した。

 それで、一応、映像も撮っておきたいからと、浪江君を、おれと反対の方の広場の入り口の方の隅へ誘導。

 その場所から、どの様に写して欲しいかを説明し、また砂場の脇に戻ってくる。


 戻ったあやかさんと、美枝ちゃん、ちょっと話して、美枝ちゃんは、北斗君と一緒に、浪江君の横へ。

 だから、入り口に近い方に3人集まった。


 浪江君は、ちょうど、広場から洞窟に入るあたりにある、大きくて、周りよりやや高い台のようになった岩に登り、しっかりとカメラを構える。


 奥にいるおれから見ると、正面が砂場で、その右端にあやかさん。

 砂場は、直径3メートルほど。

 砂場の、こちらから見て左側は、少し低くなって、先に流れがあり、流れの左に岩の壁が立つ。


 砂場の左端近くの向こう、流れの縁近く、台になった岩の上で浪江君がカメラを構えている。

 その、浪江君のすぐ右に美枝ちゃんが立ち、さらにその右に北斗君が並ぶ。


 おれは、浪江君が撮影するのとは反対側のここで、妖魔の動きを見ることになっている。

 あやかさんの勘では、妖魔はこの広場の床下を這い回るように、渦を描いて走り、最後には、砂場から飛び上がろうとするだろうとのこと。


 現れた妖魔の動きが、あやかさんの推定通りなのかを確かめるのが、今日のおれの役目、というわけだ。

 ここからだと、砂場よりこちら側は、よく見える。

 なるほど、砂場の向こう側は、浪江君の担当と言うことだ。


 浪江君、リュックから、もうひとつのライトを出して、反射を使って全体を明るくしながらも、あやかさんの辺りから砂場全体を、特に、明るくしている感じだ。

 おれの、向かいでやっているけれど、おれとしては、そんなに眩しくはない。

 浪江君の、おれへの配慮を感じる。


「じゃあ、やってみるね」

 と、全体が落ち着いたのを見て、あやかさん。


 フッと雰囲気が変わる。

 あやかさん、今、『神宿る目』になったんだと、おれにはすぐにわかった。

 それに伴って、自然と、おれの中で、緊張感が増す。

 たぶん、この緊張感で、おれの目の色も変わりはじめているんだろう。


 すると、あやかさんの正面に当たるところ、流れの向こう側の岩壁、そこが、いきなり、ブワッと広範囲にわたって紫色に変わった。


 反応の仕方が、激しい感じがする。


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