第2章 えっ?

2-1  留守なのかな?

 翌日、水曜日。


「今日も、晴れないね…」

 と、あやかさん。


 今日は、雨は降っていないが曇り空。

 まだ、別荘に来てから、お日様の顔を見ていない。

 でも、同じ曇りでも、今日はわりと明るく、薄曇りとでも言うんだろう。


「まあ、曇りだけれど…、でも、こういうときの山の緑は、きれいだよね」

 と、おれ。


「それはね…。

 でも、晴れないと、月見で一杯、というわけにはいかないからね…」


「月見?」


「うん、ここだとね、わたしたちの部屋で、明かりを消して、お月さんを見ながらワインを飲む、っていうのも、けっこういいもんなんだよ」


 あやかさんの『月見で一杯』は、日本酒でなくて、ワインだった。


「昨夜は、満月だったから…。

 本当は、ここに来た記念として、あなたと一緒に、お月さん見ながら、ゆっくりと一杯やりたかったんだよね…。

 だから、一昨日の夜のワインは、その予行ってことだったんだけれどね」


 そうか…、だから、一昨日の夜は、どうしてもワインだったのか。

 昨日は雨で、初めからそんな気にならなかったんだろうな。

 今頃になって、なるほど、といった感じだ。

 おれも、あやかさんと、お月さんを見ながら、ゆっくりと、ワイン、飲みたかったな。


 さて、今、朝の9時ちょうど。

 こんな話をしながら、5人で、別荘を出たところだ。

 一昨日のようなことがあると、出発など、区切りとなる時の時刻が気になる。

 なお、さゆりさんと静川さんは、別荘で留守番。


 あやかさんとおれ、並んだり縦になったりしながら先頭を歩くが、次に浪江君、そして、美枝ちゃんと北斗君が続く。

 浪江君は、動画用の、しっかりとした…プロが使うようなカメラを持っていて、所々、撮影して楽しんでいる。


 道具にこだわるのは、浪江君の趣味の問題なんだろうが、撮影の腕だって、決してプロに劣っているとは言えないものがある。

 撮影に対する意気込み、こだわり方といい、単なる写真好きのおれなんか、到底及ばないものを持っている。


 その浪江君、朝、食事の時に、ボソボソと、あやかさんに、

「カメラ…、持ってって…いいですか」

 と、わざわざ、あやかさんの許可を得るかたちで聞いた。


 撮影を、公式なものにする…、だから、いつでもどこでも、また、誰のことでも、断りなく自由に撮れるようにする、ということなんだろう。

 さすが、浪江君、といった感じだ。


 その時、あやかさん、ちょっと考えてから、

「もちろんいいわよ。

 浪江君に撮っておいてもらうと、何かの役に立つかもしれないしね。

 でも…、しばらくの間は、外…うちの人たち以外には出さないでね」

 と、答えた。


 ここの洞窟のこと、まだ、本当の内輪だけの情報としておきたいようだ。


 ただ、映像があれば、何か異変があっても、あとで、いろいろと検証できるだろうとの判断があったようだ。

 ものを見るのに、人の目、というのも大事だから。


 もともと、外に出すなどという気のない浪江君、すぐにあやかさんの思惑を理解したようで、

「暗い洞窟の中でも、しっかりと写しておきますね」

 と、張り切っていた。


 5人で、和気あいあいと歩いていると、緊張感の中にも楽しさを感じる。

 こうなってみて、初めて、一昨日は、帰るとき、かなり暗い気分だったんだな、と、感じた。


「あそこの、崖の下なんだよ。

 その、藪の向こうの…」

 あやかさん、例の、小川が小さな滝になっているところで、みんなに教える。


 もう、一昨日の帰るときのような、恐い気分はなく、普通の景色に見える。

 薄曇りの明るさの中、木々の緑がきれいで、林の中を歩いてきたあとなのに、眺めるたびに、ジンとくる。

 ぬかるんだところを、敷石のように出ている岩伝いに進み、湿った臭いのところから、藪の向こう側、やや乾いた空気の岩場に出る。


 目の前に、洞窟の口。

 ここで、一昨日、あんなに恐く感じたというのが、うそのようだ。


「ここなんですね…」

 と、美枝ちゃん、ポツリと。


 おれ、リュックをおろし、皆のライトを取りだして配る。

 今日は、鉈は持ってきていないので、リュックはかなり軽い。

 それもあって、みんなのライトを入れてあげた。


 浪江君、一人先に進んで、でも、まだ、中には入らないで、覗き込むようにして洞窟の中を写している。

 いつの間にかカメラにライトがセットしてある。

 ライトの電源は、浪江君が背負ってる比較的大きなリュックに入っている。

 

「じゃ、そろそろ入ってみようね」

 と、あやかさん、おれに向かって、ニッコリと。


 これは、意地悪などの邪念のない、前からの、素敵なニッコリ。

 おれも、頷きながら、ニッコリで返事。



 あやかさんを先頭に、洞窟に入る。

 入って、数歩進んだところで、あやかさん、立ち止まる。


「どうしたの?」

 と、すぐ後ろを歩いていたおれ、ちょっとあやかさんにぶつかるようにして止まり、聞いた。


「うん、今日は、何も感じなかったんでね。

 一昨日、帰り際に覗いたときには、何か感じたんだけれどね…」


「確か、洞窟に、2、3歩くらい入ったところだったよね」


「うん、そうだったんだけれど…。

 今日は、何も…」


「ふ~ん…、今日は、妖魔、留守なのかな?」


「留守ねぇ…」

と、あやかさんが呟いたとき、後ろで、美枝ちゃんが、吹き出すのが聞こえた。


 おれ、後ろを向くと、

「やっぱり、リュウさんって…、のどかなんですね」

 と、くりっとした目でおれを見た美枝ちゃん、ニッと笑いながら、からかうように言った。


 その後ろで、浪江君や北斗君まで、おれを見て、何か言いたげな顔をしながら、ニヤニヤと笑っている。

 ふん、勝手にしやがれ、ってんだ。


「美枝ちゃんだって、そう思うでしょう。

 フフ…、まあ、いいか。

 先に進もうね」

 と、あやかさん、ライトをつけて、前に進み出した。

 

 さらに先に進んで、このあいだ、おれが、フワッと何かに包まれたように感じたところにきた。

 すると、あやかさん、

「どう、エアカーテンは、あったの?」

 と、聞いてきた。


 この間、おれが説明したとき、あやかさん、エアカーテンを例に出して聞いてきた。

 それを受けての話というわけだろう。

 おれ、今日は、何も感じない。


「いや、今日は、フワッとした感じはないな…」


「やっぱり、留守ということなのかしらねぇ?」

 笑いながら、しかも、からかうように、あやかさん、おれに向かって。


 でも、おれ、そんなのには乗らないで、ちゃんと答えておくことにした。

 さっき、留守かもしれないなんて言ったけれど、でも、本当は、心の奥に、まだ、なんとなくだけれど、恐さがあるから。


「うん、でも、変だよな…。

 逆に、怪しく感じるよね。

 居留守かもしれないんで、油断しないということで…。

 どう、もう少し進んでみようか?」

 と、おれ、あやかさんに聞いてみる。

 もうちょっと行くと、例の、岩壁が紫色になったところになる。


「そうね…。

 なんか、変だよね。

 うん? いや、変というのではないか…。

 わたしが一人で来たときは、今までずっと、こんな感じだったんだからね。

 一昨日が、変だった、ということなのかな?」


 と、いいながら、あやかさん、先に進みはじめる。


 それで、すぐに、一昨日、岩が紫色に変わっていったところに着く。

 水の流れの向こうに、最初に紫色の妖結晶のように変化した小さな岩がある。

 岩らしい岩ではあるんだけれど、ねじれたような独特の歪みがある形で、格好の目印になる。

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