1-13 気を失う直前
その時、おれ、怪訝な顔をして立ち上がったようだ。
あやかさん、すぐに気が付いて、
「どうしたの?」
と、聞いてきた。
「あ、いや、何でもない…かな?
なんか、ふと気が付いたような…、で、すぐに忘れてしまったような感じなんだ」
「気が付いたような?」
「うん、たぶん気が付いたんだろうけれど、はっきり覚えていないから…」
「フフッ、相変わらず、のどかだねぇ」
「え~っ? これ、ちっとも、のどかなんかじゃ、ないじゃないか…。
大事なような感じのことが、頭から、スッと消えちゃったんだから…」
「だからさ、大事なものがスッと消えるということに、なんか、限りないのどかさを感じちゃうんだよ」
「限りない、のどかさね…」
と、まあ、しょうがないな、と、収めようとしたとき、まだ、椅子に座ったままの美枝ちゃん、くりっとした目で、おれを見て、からかうように、
「リュウさん、『霜降らし』を見ると、目が回っちゃうんでしょう?」
美枝ちゃん、これから続けて、何か、おもしろいこと言おうとしたんだろう。
でも、ここで、ストップ。
と、いうのも、おれが、『あっ、思い出した』と、叫んだから。
美枝ちゃんの話が切っ掛けで、さっき結びついたことがわかったのだ。
つい、うれしくなって大きな声を出してしまった。
おれ、ちょっと興奮気味に、あやかさんに報告。
「さっき、何かがわかった気がしたこと、思い出したよ。
昨日、洞窟で、おれ、ちょっとのあいだ、半分気を失っていたようになっていたんだけれど…」
「ええ、紫色の部分が天井にまで行って広がりはじめたので、わたしが、あなたの体を揺すったときでしょう?」
「うん、そう、あの時…。
あの時の…、気を失う前の、目が回るような感覚がね、前に、どこかで感じたことのある感覚だって、考えていたんだけれど…。
それがね、以前、その、妖刀『霜降らし』を見て目が回ったようになった、あの時の感覚に似ていたんだよ。
やっと、結びついたよ…」
「あの時の、って…『霜降らし』の刃文を見て、あなた、刃文が動いて目が回るって言っていたときのことだよね?」
「そう、今回のは、あのときの感じをもっと酷くしたような感じかもしれないなって、そう思ったんだ…」
「ふ~ん…、それは、ちょっと、気味が悪いことだね」
「えっ?これ、気味が悪い、ことなの?」
二つが同じ感覚ではあったけれど、どうして、それが、気味が悪いんだろう?
なんか、昨日のことのヒントになると思って、おれとしては、この一致、すごく喜んだくらいだったんだけれど…。
「気味が悪い、とは思わないの?」
と、逆に、あやかさんに聞かれた。
「う~ん…、あまり…」
「ふ~っ、あなた、本当に、のどかだねぇ…」
こんな時に、また言われてしまった。
なんで、このことまでが『のどか』になるんだか…。
まあ、いいか。
あやかさんがそう言うのなら、それはそれで良しとしよう。
でも、おれ、2階の部屋に上がったら、妖刀『霜降らし』をじっくりと見てみることにした。
とことん、目が回ったらどうなるか、あやかさんにはまだ内緒だけれど、ちょっと試してみるつもりだ。
ひょっとすると、昨日みたいに、なかば、気を失ったようになるのかもしれない。
でもね…、フフフ、覚悟してやれば、それはそれで、案外おもしろいのかもしれないな、と、思うんだ。
気を失う直前って、じっくりと味わえば、どんな感じのものなんだろうかと、ちょっと興味があるからね。
おれ、2階の『西の部屋』で、長いソファーのまん中に座っている。
「しっかりと、見てみるつもりなんでしょう?」
と言って、やさしく微笑みながら、あやかさん、妖剣『霜降らし』を取り出した。
例の、『ニッ』という笑いではなくて、とてもやさしげな、謎の微笑み。
温かい感じで、きれいで、とても、とても素敵な微笑みなんだけれど、あやかさんの日頃の行動パターンがある程度わかってきた最近のおれ、逆に、この微笑みの正体がわからない。
それで、『何なんだろう…、ここで、この微笑みは…』と、おれ、わずかだけれど恐さを感じ、また、混乱したところがある。
それに、おれがこっそりやろうとしていたこと、完全にバレていた。
このあたりの、おれの考えを見抜く力…、実は、これも姉貴に似ている。
昔から、密かに考えているつもりのこと、大方、先に読まれていた。
まあ、バレちゃあしょうがない。
それならそれで、堂々と、じっくり見てみればいいだけの話…なんだけれど。
あやかさん、妖剣『霜降らし』を鞘から抜く。
フッと雰囲気が変わる。
そうだった。
鞘から抜いただけで、おれ、何かを、感じるんだった。
そして、あやかさん、刀を、おれの目の前に持ってきた。
おれの、見やすいように、刀を横にして。
同時に、なんだかわからないけれど、体がザワッとした。
そう、そう、この、ザワッの、この、なんだかわからない、というところが、何か、洞窟の中で感じたものに似ていたんだ。
純粋に、体だけの反応のような…、なんとも不思議なザワッだ。
で、刃文を見る。
あの、細かな波模様に、所々の渦巻き。
本当に、きれいなんだけれど、『きれいだな~』と、刃文の波をしっかりと見ると、波の脇で渦が動きだし、ゆっくりと巻いているように感じる。
それで、あっ、渦が動き出した、と、渦に焦点を当てると、渦は普通の模様のまま。
ちっとも動いていない。
でも、焦点の脇では波が動き出したように感じる。
で、すぐに、そっちの波に焦点を当てると、波は動いていない。
渦が巻き出す。
これを何度か繰り返す。
で、少し顔を離して、全体を見るようにしてみると…、来た来た来た…、目がチカチカしたような感じで…、そうそう、この感覚…、なんとなくだが、波が動き、渦が巻いているような感じで…、始まった、始まりましたよ、クラクラが…。
そう、この感覚も、あの時に似ている。
クラクラ、クラクラ。
それでも、頑張って、見続ける。
まだ、やめない。
そうだよ、もう少し、頑張ってみよう。
「ねえ、大丈夫?」
あやかさんが、おれの隣に座って、心配そうに覗き込んでいる。
今まで、おれの正面にいたのに…、うん? 瞬間移動?
あれ? 妖刀『霜降らし』も鞘に収まっている…。
あ~あ…。
やっぱり、気を失ったみたいだ。
いつ、どの様にして、気を失ったんだろう?
気を失う前とあと、その境がわからない。
そうだ、最後は、確か『もう少し頑張ってみよう』だった。
そう思ったあと、もう少し頑張る前に、気を失ったということなんだろうか?
「やっぱり、同じ様な感じなのかもしれないね…」
と、あやかさん。
昨日の洞窟でのことと、今のこと。
同じ様な感じで、あやかさんに起こされ、同じ様な感じで、記憶がない。
でも、おれの思考もそこまで。
今回は、クラクラが特に酷くて、おれ、『ごめん』と、あやかさんに一言。
そのままソファーに、ごろんとなった。
すぐにねてしまったようで、あやかさんの『お昼だってさ』の呼びかけで目が覚めた。
2時間近く経っていた。
お昼は、美枝ちゃんが、静川さんが作っておいてくれたカレーを温めてくれた。
昨夜、多量に残ったご飯を、それぞれがレンジで温めて、カレーをかけて食べる。
静川さんのカレー初めてだったけれど、これはこれで、とても美味しい。
あやかさん、『これ、うちでも作ってもらおう』と、言っていた。
さゆりさんたちは、4時少し前に着いた。
東京のうちを昼近くに出て、途中買い物をし、ここまで、実質的には、2時間半くらいかかったらしい。
急ににぎやかになった。
4時半頃になって、北斗君が、島山さんを駅まで送っていった。
美枝ちゃん、あやかさんに言われて、グリーン車の指定券を取っていた。
これで、ある意味、こっちの態勢が、整ったことになる。
さっき、みんなで話し合って、明日、洞窟を、もう一度覗いてみることにした。
もちろん、美枝ちゃんと北斗君も一緒、4人で行く。
その、つもりだったんだけれど、浪江君が『ぼくも一緒に行きたいんですが…』と小さな声で言い出して、あやかさん、ニッコリ笑って承知し、5人となった。
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第1章はここまでです。
次は、 『第2章 えっ?』 になります。
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