1-12  うち全体が

 美枝ちゃん、スマホをとって、『失礼します』とあやかさんに断りを入れ、すぐに、さゆりさんからの電話に出た。

 その電話、美枝ちゃんが聞き役に徹するくらい、15分ほど、さゆりさんが一方的に話していた。


 電話が終わったあと、美枝ちゃん『ふ~っ』と、一息入れて、しばらく、目をつぶって、頭の中を整理している感じ。

 で、パチッと目を開いて、あやかさんに向かい、その報告に入った。


「まず、デンさんが、今日から出てきたそうです。

 お嬢様に、よろしくとのことです」


「あら、それはよかった。

 デンさんには、あとで、電話、入れておくよ」


「そうしていただくと、デンさん、喜ぶと思います。

 お嬢様がこっちに来ているの、知らなかったと、さゆりさんに、ちょっと、ムスッとしたそうですから…」


「えっ…、しまったな…。

 こっちに来るの、デンさんには言ってなかったかもしれないよ」


「さゆりさんも、『しまった』と思ったそうです」


 デンさん、先週退院していたけれど、あやかさんが、1週間くらいはゆっくり養生しているように言っていたので、先週は休んでいた。

 まあ、デンさんのことだから、休んでも、家で、好きなことをやってはいたんだろうけれど。


 土曜日に、あやかさん、デンさんに電話したが、まだ、時折、痛むような話だったので、『もうしばらく休んでいなよ』と、あやかさん言っていた。 

 でも、その時、こっちに来ることは言い忘れたようだ。


 まあ、そういうことはあっても、デンさん、今日から出てきていたというのは、かなり良くなってのことだろう。

 そうじゃなきゃ、あやかさんに、怒られるの、目に見えているからね。

 デンさん、回復して、良かった。


 さて、さゆりさんから美枝ちゃんへの電話の本題は、というと…。


「それで、さゆりさんは、今日の夕方にはこちらに着くように出るとのことです。

 ただ、有田さんは、向こうに残って、警備関係の改善を続けるようです」


「まあ、そうなんだろうね。

 でも、有田さん、一人じゃ大変だろうな…」


「ええ、でも、それは、デンさんとシマさんが手伝うそうです。

 特に、デンさん、張り切っているそうですよ」


「それはよかったわ」


「ただ、シマさん、今日は、大きなバンを運転して、さゆりさんを乗せて、ここに来るんだそうです。

 ついでに、わたし達の荷物も一緒に持ってきてくれるそうで…」


「またシマさんに、長距離の運転させちゃうんだね…」


「ええ、どうしても、そうなっちゃいますね…。

 やはり、長距離の運転、一番上手なんだと思います。

 それに、さゆりさん、シマさんには頼みやすいみたいで…」


「確かに、シマさんは、不思議と、頼みやすい雰囲気、持ってるよね」


「そうなんですよね…。

 それと、静川さんも来るそうです。

 これだけの人数になりますと、うちの中のことも、いろいろと大変だろうということになりまして…」


「そうか…、そうね、それは助かるけれど…、でも、こんなに急で、静川さん、大丈夫だったの?」


「ええ、実は、さゆりさんの話ですと…」

 と、美枝ちゃんが話し出した。


 静川さんの動きに関係してくるのは、まず、吉野さん。

 吉野さん、今回、あやかさんとおれが、長期間留守にするということで、久々の休みをとって、ゆったりとした十日間を台湾で過ごす、食べ歩きを中心とした観光旅行を計画した。


 それで、昨日、おれたちが出たあとに出発し、今は台湾。

 今朝方、『お嬢様は、別荘で、大丈夫よね』と、さゆりさんに確認の電話があった。

 あやかさんのことは、小さな子どもに対するのと同じように、気がかりらしい。


 そのとき、さゆりさん、いつもの通り、淡々と、現状を話した。

 報告的に、何も隠さずに。

 それを聞いた、吉野さん、なんと、その時すぐに、帰国を決意。


 これから、すべての予約をキャンセルして、今日は無理でも、明日には帰国する、という話になった。

 帰国後準備をして、なるべく早く別荘の方に行くが、それまでのあいだの、2、3日間、静川さんに、それが無理なら、沢村さんにでも行ってもらえるように頼めないか、という話になったようだ。


 それを受け、さゆりさん、もっともだと思って、すぐに、静川さんに連絡。

 静川さん、下のお子さんも二十歳の大学生で、かなり自由がきく。

 そういう事情なら、今日から何日でもOKです、ということで、連絡を受けた当日の今日、さゆりさんと一緒に来てくれることになった。


 それで、さゆりさん、吉野さんに、急がなくても大丈夫ですよと連絡したが、すでに、吉野さん、明日には帰国するように動いているとのこと。

 だから、早ければ明後日には、吉野さん、ここに来てくれる。


 この話を聞いていて、やっぱり、ここの人たちの動きってすごいな、と思った。

 そして、やっぱり、あやかさんはお嬢様なんだな、と思った。

 みんなが、一生懸命に支えている。

   

「と、いうことなんですが…」

 話が終わって、簡単な感想が出たあと、美枝ちゃん、妙な話の繋げ方。


 当然、あやかさん、

「うん?まだ、なにかあるの?」

 と、聞く。


「ええ、さゆりさん、浪江君も、連れて来るそうです」


「浪江君も?

 どうして?」


「ええ、さゆりさんが言うには、浪江君『あねごや兄貴の近くにいた方がよかったな…』と、帰りの新幹線の中から呟いていて、はっきりとは言わないけれど、かなりこっちに来たがっているらしいんですよね…」

 ちなみに、兄貴は北斗君のこと。


「ククク、美枝ちゃん達、ずいぶん慕われているじゃないの…。

 でも、そうか…、浪江君、少し、変わってきているのかもしれないね。

 サーちゃんもそれに気が付いて、か…、なるほど。

 うん、浪江君も来てくれるっていうの、よかったよね」


「ええ、ありがとうございます。

 それで、浪江君の部屋は、わたし達の隣の部屋、『山桜』にしようかと思うのですが、よろしいですよね?」

 ちなみに、美枝ちゃんと北斗君は『東の部屋』に泊まっている。


「それがいいんじゃないの。

 あとは、さゆりさんと静川さん…、うん?シマさんは?」


「シマさんは、今日、すぐに帰るそうです。

 明日は、すでに、有田さんとの予定があるとかで…」


「そうなの…。

 すぐになのか…。

 でも、途中で夜になるよね…。

 運転に慣れているとはいっても、やっぱり、シマさん、大変だよね。

 プロの運転手でもないのに、この距離を、往復じゃね…。

 あっ、そうだ、車、大きいのも使うかもしれないから、乗ってきたバンをこっちに置いといてもらって、新幹線で帰ってもらうようにしなよ」


「あっ、それ、いいアイデアですね。

 バンもあると便利ですし、すぐに、連絡しておきます。

 大まかな時間がわかったら、新幹線の指定券、とっておきましょうね」


 と、言って、美枝ちゃん、また、さゆりさんに電話した。


 なんだか、今日、静川さんまで来てくれるんじゃ、おれ、もう、料理をしなくてもよくなったということなんだろうな。

 そのうち、吉野さんまで来てくれるし…。

 なんだか、うち全体が、ここに引っ越して来るような感じだな。


 それもこれも、みんな、昨日の洞窟でのことが原因だ。

 あの、恐さを伴う得体の知れない雰囲気。

 それに、緊張を深めて目の色を変えると、徐々に紫色に変わっていくあの岩肌。


 昨日のそういういろいろなこと、ちゃんと確認するために、もう一度、洞窟の中を覗いてみたい気もする。

 ただ、おれの場合、妖魔と遭うと、どうも、途中で、半分気を失ってしまうような感じになるので、ちょっとそれが心配だ。


 そうだよな…、おれ、どうして、すぐに、ああいう風になってしまうんだろう?

 美枝ちゃんが電話で話す声を遠くに感じながら、少し考えてみたが、よくわからなかった。


 美枝ちゃんの電話が終わると、あやかさん。

「わたし、部屋に行って、刀の手入れしてくるね」

 と言って、立ちあがった。


 そしておれの方を見て、

「一緒に来る?」

 と、聞いた。


 もちろん、はじめからおれも一緒に行く気でいたもんで。

「ああ、もちろん、おれも行くよ」

 と言って、立ちあがる。


 あれっ?

 今、頭の中で、何か、あっちとこっちの似たような感覚が繋がったような…、何か、わかったような気がしたんだけれど…。

 あれ…、どうしたんだろう?

 う~ん…? なんだったのかな…。


 その、何かを理解した感覚は、一瞬浮かんで、すぐに消えてしまっていた。

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