1-11 素敵な狩り場
夕食後は、ロビーのソファーに移動した。
台所で、コーヒーのある場所などを北斗君から聞いて、おれがコーヒーを淹れる。
その間、北斗君、食器をまず水洗いしてから食洗機へ。
北斗君、こういうことも、見かけとは違い、やり方が、慎重で丁寧だ。
で、からかい半分に、
「北斗君は、見かけによらず、やることが丁寧だよね」
といったら、北斗君、ニッと笑い、
「それはですね…、リュウさんの、見かけの判断が間違っている、ということなんですよ」
と、言われてしまった。
確かに、理屈では、そういうことになるよな…。
「なるほどね…」
と、敗北を宣言するような、おれの返事になってしまった。
ソファーで、ゆっくりとコーヒー。
外は真っ暗だが、まだ、9時近く。
でも、ずいぶん遅い時間に感じる。
さらに、ねるまでに、やらなくてはならない、ということがなにもない。
風呂にも入っちゃったしで、すごく、のんびりした感じ。
でも、このこと、言わないでおく。
みんなは、妖魔洞窟のことが気になって、その話に夢中になっているから。
こんな時に、そんなことを言えば、また、『のどかでいいねぇ』といわれるの、目に見えている。
9時半頃に、美枝ちゃんのスマホが鳴った。
その電話、さゆりさんから。
結論から言うと、明日、さゆりさんも、ここに来ることなった。
また、にぎやかになりそうで、うれしいけれど、有田さんも来るかもしれないとなると、おれ、夕食作るの、ちょっと大変かもしれない。
----
次の日は、雨だった。
肌寒いほどの涼しさで、シャツの上に、薄手のジャンパーを、羽織った。
これ、今回来るために用意したもの。
というか、静川さんが、『山では、こういうものも必要なんですよ』と、どこかで仕入れてきてくれた。
それに、今朝は、外を走るのは中止。
というのも、あやかさん、今朝の運動として、洞窟まで走って行って、2、3往復する予定だったらしいのだけれど、どうも、洞窟には近づきたくない気持ちが強いため、やめにした。
以前は、別荘の前にある山林でも走れたんだそうだが、最近はあまり管理しておらず、今は、たぶん、一部で道がふさがっている所もあるだろうから、『今度、道を整備しようね』と言うことになった。
その作業、楽しみだ。
おれ、例の鉈で、道を塞ぐ雑木を切りまくる予定。
でも、今日は、雨。
何もしない。
代わりに、朝、ホールで、ラジオ体操を2種類、2度やった。
曲をかけ出したら、美枝ちゃんと、北斗君も降りてきて参加した。
きっちりと体を動かすと、考えていた以上にきついことがわかった。
そして、朝食は、静川さん好みという、パン。
確かに美味しかった。
軽井沢で有名なジャム屋さんのイチゴジャムを、たっぷりつけて食べた。
この時は、おれ、皆に紅茶を淹れた。
そして、そのまま、食堂でコーヒータイムとなった。
なんせ、雨で、外は薄暗く、しっとりとした雰囲気で、火曜日なんだけれど、日曜日みたいな感じだから…。
昨日のことを、どう考えるのかという話。
昨夜一晩、それぞれに、いろいろと考えたことを、とりとめもなく。
結局、昨日のことは、なんだったんだかわからなかったけれど、妖魔が関係しているんだろうと言うことでは、意見が一致した。
まあ、おれが、ザラメ状の妖結晶が並ぶところで妖魔と遭った時、…最後に気絶しちゃったんだけれど…、あの時に受けた感じに似ていた、というのが判断の中心になったようだけれど。
そして、もうひとつ、あの洞窟のことで、あやかさん、思い出したことがあった。
奥の方、昨日、引き返すことになった場所よりも、もっとずっと奥の方に、妙な感じの場所があるそうだ。
まあ、妙だとは言っても、ただ、下が砂っぽい場所があったと言うことだけなんだけれど…。
でも、あの洞窟の中、基本的に下は岩だから、印象に残っていたらしい。
今までは、ただ単に、岩の窪みに砂がたまっているのかな、ぐらいに考えていたとのこと。
でも、昨日、あんなことがあったあとのことで、あやかさんの考えは、もう少し進んでいる。
結論を先に言っちゃうと、以前、アヤさんが、そこで、妖結晶をとっていたのではないかということ。
この考え、おれは、昨夜、聞いた。
そう、昨夜のこと。
まあ、一通りのことが終わって、おれ、ベッドで、ウトウトとし始めたときだ。
「ねえ、ちょっと、思い出したことがあるんだけれど、聞いてくれる?」
と、あやかさんにおこされた。
おれが、寝ぼけ眼を向けると、あやかさん、さらに、
「ちょっと、長くなるから、飲みながら、話そうか」
となって、ベッドから起き出して、ソファーに移動した。
で、あやかさん、
「こういうときには、ワインがいいよね」
と、一言。
おれ、『ああ、やっぱり、あやかさんはお嬢様だよ、これは…』と思った。
隣、北側に付いている部屋にある冷蔵庫はもとより、この、『西の部屋』には、ワインなんか置いていない。
おれの感覚だと、『ワインがいいな』と思っても、冷蔵庫にあるビールで良しとする、というよりも、それで充分だ。
でも、あやかさん、今は、ワインなんだってさ。
ということで、ワイン調達。
ワインは、台所の隣の倉庫にある。
そのはずだ、とのこと。
あやかさん、こう、言い切れるところがすごいと、おれ、思う。
やっぱり、正真正銘の『お嬢様』だ。
誰が、用意しておくんだろう。
それで、二人で、もちろん、二人ともパジャマ姿のままなんだけれど、ぞろぞろと下に降りて行った。
そして、確かに、倉庫には、ワインセラーが置いてあり、中には20本くらいのワインが貯蔵されていた。
よく知らないけれど、けっこういいヤツばかりらしい。
あやかさん、ドイツ産の白で、ちょっと甘みのあるものを選んで、持ってきた。
で、それを飲みながらの話となった。
その時に、聞いた話し。
そもそも、以前から、あやかさん、不思議だったことがある。
それは、アヤさんが手にした妖結晶の数だ。
おれがスケッチした妖結晶は、大小あわせて140個。
そもそもは、500個くらいあったらしいとの話もあるそうだ。
そんなに多くの妖結晶を、どうやって採ったのか、ということが、ずっと不思議だったんだそうだ。
大きな原石が砕けて、いくつかに分かれたんだとしても、『水神の滴』レベルのものなら100個近く取らなくてはならない。
だいいち、そんなにいくつも、大きな石を砕くなんてことにはなるわけがない。
だから、少なくとも三百回とか四百回とかは、妖魔を仕留めたということになる。
さほど大きくない妖結晶で、たとえ、その妖魔の規模が小さかろうが、そんなに何回も、妖魔と遭えたのかと言うことが疑問だったんだとか。
そんな中で、昨日の出来事。
アヤさん、1年以上ここにあった家に住んでいたことがあったし、その家には、そのあと、何度も来ていたらしい。
あとになっては、娘さんの『ちさ』さんを連れて、泊まり込んでいた。
それで、おじいさんのお母さんである『ちさ』さんは、母親との思い出が多いこの土地を深く愛すようになり、ここに、この別荘を建てたと言うことなのだ。
そのようなことを、いろいろと考えていると、あやかさん、それらが、ふと繋がって、昔、アヤさんは、あの妖魔洞窟で、妖結晶を採っていたんじゃないかと思ったんだとか。
しかも、その、下が、砂になっているところで。
「あそこならね、妖魔が来ているときなら、妖刀『霜降らし』で刺すことができるのよ」
と、その時、あやかさん、確信を持って言った。
なるほど、と、それは、おれにもわかった。
岩だとどうなるかわからないが、砂なら、妖魔が来て、下がモクモクになっていれば、刀で刺すことが可能なんだろう。
妖魔を仕留めたあとは、精神的にかなり疲れるらしいが、それでも、ゆっくりと養生し、回復を待って次の仕留めに向かえば、月に2、3個、あるいはそれ以上、採れるんじゃないかと、あやかさんは考えた。
恐ろしいと思った洞窟が、実は、次から次へと宝を掘り出せる、なんとも素敵な狩り場だった、というわけだ。
でもな…、あの恐さはな…。
そう言えば、当時、アヤさんは、あの洞窟で、どう感じていたんだろう。
その時、由之助さんは一緒にいたんだろうか?
昨夜、あやかさんの話を聞きながら、おれ、そんなこと考えていた。
今、あやかさん、美枝ちゃん達に、そんな話をしたところ。
「恐いけれど、魅力もある、ということなんですね」
と、美枝ちゃん。
「そうなんだよね…。
恐い、と言う意味で考えると、その恐れを消すには、どんなかたちで現れる妖魔なのかということ、はっきりと知らないと、いけないんだよね…」
と、あやかさんが言ったとき、美枝ちゃんのスマホが鳴った。
さゆりさんからのようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます