1-10 お供いたします
おれとあやかさんが、岩が紫色に変わったと言っても、その時、本当に紫色に変わっていたのかどうか、確かにわからない。
北斗君の疑問はもっともだ。
おれ、特別な緊張状態で、虹彩の色を暗くして、妖結晶のエメラルドを見ると、紫色に見える。
今回の岩の色、その時の紫とまったく同じ色で同じ質感、しかも、今回、緊張状態に入り、目の色を暗くしていた。
あやかさんは、『神宿る目』になったからと言って、妖結晶が紫色に見えるわけではなかったけれど、でも、さっきは、特別な状態。
ひょっとすると、あの場合に限ってだけ、紫色に見えていたのかもしれない。
だから、その場合、ほかの人が見れば、岩の色に変化はなかったことになる。
でも、あの時のあやかさんは、『神宿る目』になっていたからとは言っても、何ら、特別な状態でもなくて、あやかさんでも紫色に見えたということで、誰でもそのように紫色に見えたのかもしれない。
だから、岩が、ちゃんと紫に…、うん?だから…、なんなんだろう…。
「リュウさん、どう、思いますか?」
と、北斗君、繰り返しての質問。
おれ、すぐに返事、できないでいた。
こういうとき、何か、はじめに一言、『そうだよね~』とか、『それは、むずかしいことだねぇ~』とか言ってから考え込めばいいんだろうけれど、おれの場合、それが抜けて、ちょっとしたブランクになってしまう。
で、気付いて、すぐに体勢を立て直して。
「うん、どう考えても、結論は、わからない、だな…。
実際に、その場で、北斗君に見てもらわないとね」
「やっぱり、そうッスよね…。
お嬢様も『神宿る目』になっていたんじゃ、普通の目の人、そこにはいなかった、ってことですからね…」
普通の目の人、というのがおもしろいなと思ったが、続けて、美枝ちゃんからとんでもない提案が来た。
「それじゃ、次に行くときに、わたしたちもお供して、確かめてみますね」
すると、あやかさん、すぐに、
「いや、まだ、一緒はだめだよ。
どんな危険性があるかわからないからね」
と、はっきり断った。
おれも、あやかさんと、同じ考えだ。
あんな危険な感じのところ、人を連れて行くわけにはいかない。
そうなんだけれど、でも…、
「いえ、ホクと二人でお供いたします」
と、美枝ちゃん、はっきりと宣言。
続いて、一言、その説明。
「そんな危険なところに、お嬢さんたちだけで行かすわけにはいきませんので…」
美枝ちゃんも、あやかさんの断りをはっきりと否定したということ。
隣で、北斗君も、強く、しっかりと頷く。
あやかさん、何か言おうとしたがやめた。
こうなると、美枝ちゃんたち、引くわけないの、わかっているからだろう。
あやかさん、大きく息を吐いて、グラスを持った。
ビールは4分の1くらい残っている。
でも、おれ、缶を取って、継ぎ足してあげた。
「あっ、ありがとう…」
と、あやかさん、おれに礼を言って、一口飲む。
そして、美枝ちゃんに、
「と、いうことは、今後、必ず、4人で行く、ということになるの?」
あやかさんが聞く立場になっている。
やはり、美枝ちゃんって強いんだ。
「そういうことになりますね…。
どうも、すぐに、安全だ、とはなりそうにありませんから…」
「でも、二人でも4人でも、危険性は同じだと思うよ」
と、あやかさん。
なるほど、あやかさん、一度折れて、この言葉を足がかりとして、柔らかく、また、断る方向に行くのだろう、と思ったけれど…。
「そんなことはありません」
と、美枝ちゃん、言下に否定して…。
「二人で対処できない場合でも、4人だと、何とかなる、というときだってあるかもしれませんからね。
特に、わたしもホクも、目の色を変えるようなかたちでの緊張はできませんので、自ずと、お嬢様やリュウさんとは違った反応や動きをとるようになり、それがいい場合もあるかと思います…」
「う~ん…、美枝ちゃんとホク君を危険にさらす、ということを除いちゃうと、4人で行く方が安全性が高い、という理屈には、なかなか勝てないよね…。
まいったな…」
確かに、4人で行くよりも二人の方が安全だという方向で、美枝ちゃんほどの相手を言い負かすことができるような理屈は作れそうにない。
「お嬢様、まいることなどありませんよ。
どうせ、本来なら、次には連れて行って下さる予定だったのでしょう?」
「うっ、うん、まあ、そうなるとは思っていたんだけれどね…」
「なら、その予定のままでいいということじゃないですか」
「とはいってもね…、あんなところだとは、思わなかったからさ…。
今まで、一人で、気楽に奥まで入っていたのが不思議なくらいだよ…」
「ああ、そこまでおっしゃるほどだったのですね…。
一瞬で、イメージが変わった…。
お話通り、すごかったんですね」
「うん、そうなんだよ…。
本当に、すごかったんだよ」
「それじゃ、なおさら、そんなところに、お嬢様達だけで行かせるなんてこと、できやしないじゃないですか…」
「う~ん、まあ、そうなのかもしれないけれどね…。
でも、こっちも、そんなところに、美枝ちゃん達を、連れて行けるわけがないじゃないの、と思ったわけなのよね」
これは、それぞれの立場で、譲れないというところなんだろうけれど、でも、美枝ちゃんの方が強そうだ。
あやかさんを慕う美枝ちゃんの立場になれば、絶対に譲れないことだろう。
「いずれにせよ、明日は、洞窟に、行かないでいただけますか?」
と、美枝ちゃん、話しの方向が変わった。
「ええ、そうね…。
ちょっと準備が…、何を準備するかというよりも、心の準備が必要だからね…。
2、3日、よく考えてからにするよ」
「とは言え、時間的な制約も出てきますので、今、ちょっと電話させて下さいね」
「うん? さーちゃんへ?」
「ええ、これは、緊急事態、と言うことになりますので」
「緊急事態か…。
確かに、これは、そんなレベルで捉えていいのかもしれないわね…」
ということで、美枝ちゃんの判断で、『緊急事態発生』となった。
確かに、こんな事態は予想していなかった。
事故というのは、想定外になったときに起きるのが一般である。
想定外への対処が、基本的な事故防止の動きである。
美枝ちゃんのさゆりさんへの電話、『ちょっと』ではなく、かなり長くなった。
途中、あやかさんに替わり、洞窟の中でのことを、あやかさんからさゆりさんへ、もう一度詳しく話した。
それから、また、美枝ちゃんに変わりと、電話は30分近くかかった。
そんなにかかったんだけれど、結局の所、この電話は、美枝ちゃんからの報告という段階に留まり、さゆりさんの方では、向こうでいろいろと考えてみてから、また、あとで、連絡をくれることになった。
さすがのさゆりさんでも、すぐに判断できないらしい。
ただ、聞いていてわかったことは、美枝ちゃんと北斗君が、おれたちと一緒に動いた場合、ここの警備が手薄になることが問題だということ。
ある意味、ここの警備のことを考えて、美枝ちゃん、さゆりさんと相談の上、おれたちと一緒にここで暮らすことにしたようだ。
だから、おれたちがここに着いたとき、あやかさんに、しばらく一緒に暮らしていいかと美枝ちゃんが聞いた段階で、たとえ、あやかさんに『ダメよ』と言われても、引き下がる気はなかったんだと思う。
そして、あやかさんとしても、美枝ちゃんの、そういう動きや気持ちがよくわかっているから、仕事抜きでも、一緒に暮らすのは歓迎だ、という言い方をしたんだろう。
なるほど、なるほど、だよね。
またまた、その時には、おれ、そこまで頭が回らなかったということになる。
でもね、これ、しょうがないような気もするんですよ。
だって、おれ、こういうのに慣れていなかったから。
そのうちに追いつきます。
とは言え、確かに、今回、どこからか情報が流れていき…、気付かないうちに、おれたち、見張られていた可能性すらあるんだし…、そうなると、あの陰湿な敵、AKが動き出す可能性だってある。
こんな山の中だ、どんな攻撃をしてくるかわからない。
しかも、この広い敷地、護りにくく、そうなると、危険度は高い。
さゆりさんと美枝ちゃんが心配するの、よくわかる。
そんな話だったもので、その電話、はじめから、時間がかかりそうだった。
それで、おれ、また、おでんの鍋を台所に持っていき、途中、途中、電話の話を聞きながら、しっかりと温めておいた。
今日の夕食は、少しずつ、時間をかけて、飲んだり食べたりしている感じだ。
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