1-9  30分の損得

「それって、30分、得したんでしょうかね?

 それとも、損をしたんでしょうか?」

 と、いきなりの北斗君の質問。


 今日の、あの洞窟での、気味悪かったことをあやかさんが話したすぐあとに。

 洞窟の中で、いろいろとあったことよりも、北斗君、この30分の損得が、特に気になったようだ。


 で、みんなでの今晩の話は、まず、この問題からスタートした。

 同時に、おでんを食べ、ビールを飲むのも、再開。


「得をしたっていうのは?」

 と、あやかさんが、愉快そうに北斗君に聞いた。


「30分先の世界に移動したってことで、ほら、予定よりも30分、長く生きられるじゃないですか」


 この『予定よりも』って言うのに、おれ、つい吹き出してしまった。

 これ、たぶん、寿命、というような意味合いで言ったんだろうけれど、『予定』と言われると、なんだか、自分で適当に決めているような感じがする。


 でも、人生観なんて、人それぞれだから、ひょっとすると、北斗君、本心から、そう思っているのかもしれない。

 そして、続けての一言も、実にユニーク。


「それに、まわりの人よりも、30分、若返ったことになるじゃないですか」


 で、あやかさん、笑いをこらえているような顔で、


「なるほどね…。

 それじゃ、損をした、というのは?」


「それは、まあ、普通に考えて、30分なくなっちゃたので、損をした、という感じですよ」


「それ、普通なの?」


「そう思うんですけれどね…。

 なくなれば、損をした、という…、ちょっと、単純すぎますか?」


「ううん、単純というのではないけれどね…。

 で、ホク君は、どっちだと思ったの?」

 と、あやかさん、まず、北斗君の考えを聞いてみた。


「いや、それが、どっちと考えた方がいいのか、ふとわかんなくなって、それで聞いてみた、ということなんですよ」


「そうか…。

 でもね、わたしは、どっちとも考えなかったよ」


「損得なしって言うことですか?」


「ええ、ただ単に、わたしの過ごした時間と、実際の時間の流れがズレていた、と、思っただけよ」


「ズレか…、なるほど…、それじゃ、やっぱり、損得は関係なさそうですね。

 じつは、おれとしても、はじめはそれに近いものを感じたんですがね。

 でも、それだと、なんだか、時間というヤツに誤魔化されたみたいで…。

 それで、すごく、イライラしちゃったんですよね…。

 それを切り替えるために、得したと考えたらと思ったら、わからなくなって…」


「ククク…、なんか、それ、すごく、ホク君らしいよね」


「そうっスか?

 で、リュウさんは、どう感じたんですか?」

 と、北斗君、今度はおれに聞いてきた。


「おれっ?

 おれも、損したとか得したとか、そんな風には思わなかったな…。

 それよりも、どうして、この時刻になっているんだろうって…、そんなことだけ、考えていたように思うな…」


「なるほど…。

 損得は考えず、どうしてだろう…、原因追及だけだったんですか?

 でも、どうしてだろうの思考の前にでも、なんか、感じませんでしたか?」


「特に、何も…。

 まあ、なんか、無気味な恐さがあったけれど…、感覚としては…。

 あっ、そうだ、そう言えば、ほら、朝、目覚まし消したあとに、ちょっと目をつぶっただけだと思ったら、あっという間に30分経っていたって…、あんな感じのものがあったかな…」


「寝坊のパターン、スね。

 なるほど、なるほど、さすが、リュウさんですねぇ」


「うん? 何が、さすがなんだよ」

 ちょっと、からかわれたような気がしたので、おれ、やや強めに問いただしてみた。

 なんせ、相手は、3歳も年下だからね、おれには珍しく、少し、威圧的に。


「いや、リュウさん、どんな時でも、のどかだなって…」


「えっ?のどか…?

 チェッ、そう言われちゃ、もう、しょうがないのかな…」

 と、言いながら、おれ、鍋からおでんをとった。


 北斗君の口から、平気で『のどか』なんて言葉が出てきてしまっては、おれ、それ以上、何も言えなくなってしまった感じだ。

 がんもどきと結び糸こんを皿に置き、辛子をつける。

 隣では、あやかさんが、愉快そうに笑っている。


「それで、その、洞窟で起きた異変…、お嬢様は、妖魔と関係しているとお考えなんですか?」

 と、美枝ちゃん、中心となるであろう話に戻した。


 本来なら、最初に話題に出すようなところだろうが、30分の損得話のあとになってしまった。

 でも、損得話で、気分がちょっと変わってよかったように思う。

 あやかさんが、損得の話に乗ったのもわかったような気がした。


「ほかに考えられないからね…。

 それに、うちの人、あの、お父さんの会社での、ザラメ状の妖結晶のところで、妖魔と遭ったときと、同じ様な感じがしたって言うんでね…」


「そうだったんですか…。

 そうだと、お嬢様が、以前、妖魔と遭ったときとでは、どうなんですか?」


 そうか、あやかさんも、妖魔を『仕留めて』いる。

 だから、妖魔と遭っている。

 それも、本物の妖魔と。


「そこで、わからなくなってるのよ。

 あんな、恐い感じ、前には、なかったからね…」


「本物の妖魔より恐いって…、洞窟の中…、そんなに、恐かったんですか?」

 北斗君が、かなり真剣な顔であやかさんに聞いた。


「ええ、なんだか、どこかに引き込まれるような感じでね…」


「そうなんだよね、なんか、出てくるときも、後ろから見られているような気がしたり、引き戻されるような感じの恐さが、ずっとあったりしたんだよ」

 と、おれ、あやかさんの恐さを、補強した。


「それだと、どこに、妖魔は、隠れていたんでしょうかね?」

 と、北斗君。


「そうね…、隠れている、というような感じでも、なかったのよね…」


「ふ~ん、でも、岩が、どんどん、紫色になっていったんですよね?」


「ええ…」


「それ、リュウさんが、見るところ見るところ、といった感じで岩の色が変わった、ということですよね」

 と、美枝ちゃん、おれの思いもしなかった見方。


「そういうことになるのよね…。

 この人が、ライトを当てているところの、まだ紫になっていないところが変わっていく、といった感じだったからね」


 あれっ?

 あやかさんも、美枝ちゃんと同じように考えていたんだ。

 気付かなかったの、おれだけだったのかな?


 おれが見ているところの色が変わる…。

 そうか…、そうだよな、確かに、紫になった部分の縁を見ようとライトを少し上の方に上げると、上半分が、まだ変わらない岩肌。

 そこをおれが見ると、紫になる。


 で、ライトを、また、少し上に向け、そこを見る。

 そこが紫色になる。

 また、上に向ける。

 

 その繰り返しで、紫の領域が、上へ上へと広がっていき、天井にまで届いた。

 そうだったのか…。

 ひょっとして、そのあと、おれがボ~ッとしているあいだに、紫の領域、広がったのかな?


 あれ? でも、おれがライトを当てているところ、あやかさんも見ていた。

 あやかさんの力も、関係しているかもしれない。

 だって、あの時、あやかさん、『神宿る目』になっていたから。


 うん?それで、帰りはじめたとき、あやかさん、『あなたとわたしが揃ったからなのかもしれないし』と言ったのかな。

 なんだか、おれ、気付くの遅すぎるのかも…。

 でも、これ、確認しておこう。


「同じところ、あやかさんも見ていた、ということでもあるよね」


「そうなんだよね…。

 わたしも、ライトに照らされて、明るくなったところ、見ていたからね」


 すると、北斗君、おれに向かって、

「その、岩が紫になるのって、おれが見ても、そう見えるんスかね?」


 北斗君の疑問、なるほどと思った。

 さて、どうなんだろう。


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