1-4  専用の意味

 あやかさん専用の『西の部屋』。


 入ったこの部屋、けっこう広くて30平方メートル以上はあるような感じ。

 そんなに広いんだけれども、『西の部屋』には、北側に、もう一部屋付いている。

 そう、南と北の両方の部屋で『西の部屋』。


 あとで聞いたら、南の部屋が30数平方メートルで、北の部屋は10数平方メートルなんだそうだ。

 畳で20畳と7畳半ということらしい。


 でも、南側の、この広い部屋に、大きなベッドと応接セット、机と椅子と、まあ、必要なものすべてが置いてある。


 それで、北側の部屋には、というと…、『どれどれ』と小さな探検、ドアーを開けて入ってみると、なんと、右側に、トイレと洗面台があった。


 廊下に3つもトイレがあったのに、ここにもある。

 これもあとで聞いたんだけれど、トイレがある部屋は、この部屋と、『東の部屋』、そして、1階の、吉野さん専用の部屋だけなんだそうだ。


 そして、残ったガランとしたスペースの左、西側にはスチール製の大きな棚…、扉は付いているけれど、でも、どうも、この建物には似合わない感じの代物だ。

 それが1つ置いてあるだけだった。


 あっ、それに、この部屋には、もうひとつ置いてある物があった。

 洗面台の脇に小型の冷蔵庫。

 そこに、ビールが入っているはずだ、というわけ。

 備え付けのものは、この二つだけ。


 そして、この部屋には、車で持ってきてもらった荷物がきれいに並んでいた。

 この前、水戸に行くときにおれが使ったスーツケース、いつの間にか、おれ専用のような位置付けになっている。

 おれもこれを使うし、みんな、おれのものだと思っている。

 ということで、この部屋、広いけれど、物置みたいな感じだった。


 それで、この部屋にあった小さな冷蔵庫、扉を開いてみたら、確かに缶ビールがずらりと入っていた。

 取り出してみるとビールの日付も新しい。

 買ったばかりということ。


 ここまでやるんじゃ、静川さんたち、単に片付け作業をするばかりでなく、これから暮らす、あやかさんやおれに対しての、いろいろな気遣いまでもしてくれて、本当に大変だったんだろうと、おれ、思った次第。

 申し訳ないくらいの、ありがたさを感じた。


 そしてさらに思ったことは…。

 なんだかんだ言って、あやかさん、お嬢様なんだな、ということ。

 しかも、どういうわけか、本人、お嬢様であること、何も意識しないで動いているのに、周りのみんなが、一生懸命に、お嬢様として支えている感じがする。


 でも、そんなあやかさんが、おれの奥さん。

 おれ、ビールを2缶持って、南側の部屋に戻ったら、テーブルの上にグラスが2個、すでに出ていた。


 でも、飲む前に、まず、それぞれの荷物を出して、普段着に着替えた。

 そして、二人、ゆったりとソファーにかけて、グラスにビールを注いで、乾杯。

 ビールをググッと一口飲んだ。

 うまい、やっぱり、まずは『一杯』となってよかった。


 すると、すぐに、あやかさん、

「ここが、わたしの専用だってことはね、そのまんまなんだよ。

 だから、ここはわたしだけが使う部屋なんだ、と言うこと。

 まあ、もちろん、あなたも自由に使っていいんだけれどね」

 と、言って、ニッと笑った。


 なんとなく、あやかさん、意地悪っぽい感じの『ニッ』だった。

 それにしても、わかったような、わからないような、答えだな…。


「それは、そのまま、この部屋は、あやかさんだけが使う部屋だ、という意味で、例えば、お父さんとかお母さんが来たときでも、この部屋だけは使えない、ということなの?」

 と、おれ、細かな言い方で、確認をとった。


 そうしたら、もっと、おれの考えと違う事実が出てきた。


「まあ、そういうことだけれどね。

 でも、親父さんやお袋さんが、この別荘に泊まりに来るってことは、まずないよ。

 あるとしたら、よっぽどの緊急事態だろうね」

 とのこと。


 わかったことは増えているんだけれど、ますます、話が見えなくなってきた。

 どういうことを言ってるんだろうと考えて、ふと気が付いた。


 これ、今、あやかさんのお遊びタイムだ、ということ。

 おれのことを、軽く苛めて遊んでいる。

 悪い、奥さんだ。


 そう、なんとなくだけれど、あやかさん、おれがはっきりとわかることができなくて、ちょっと悩んでいるのを、面白がっているんだ。

 例の、ちょっとした意地悪をされているみたいだな。


 というのも、あやかさん、見かけは、素直におれの質問に答えている。

 そう、聞かれたことには、ちゃんと答えている。

 だから、おれ、はじめ、気が付かなかった。


 でも、これ、答えの内容はちゃんとしているのに、逆に、おれの混乱を深めていくという、高等テクニックだ。

 あの、話のうまい、そう、話が非常に上手なあやかさんが、そもそもおれの疑問点に気付かないわけはない。


 確実に、この、おれの混乱を面白がっているのだ。

 さっきの、意地悪『ニッ』を見ても気付かなかったのは、おれの不覚だ。


 うん、待てよ、そういえば、さっき風呂場でも、ちょっと意地の悪い笑いをされたし…。

 ふと、姉貴のことを思い出した。

 そうだ、実によく似ている雰囲気だ。


 これ、おれが高校生になって、ちょっと、女性のことがわかってきて、やっと気が付いた、定期的な、姉貴の意地悪。

 月に一度くらいの間隔で、そう、女性が大変な日から、10日くらい経ってからやってくる特別な日。

 小さな意地悪を、やりたい放題やるという、おれにとってはとても厄介な日。

 ひょっとして、あやかさん、今日、そんな日なのかも…。

 あの日から…、う~ん、なるほど…、これは、可能性、大だ。


 それならば、と、過去に編み出した対処法を出す。

 おれ、正面から、でも、ちょっと甘えた雰囲気で、あやかさんに一言。

「月に一度の意地悪なお遊びごっこはやめてさ、今のこと、ちゃんと、教えてよ」


 するとあやかさん、ニッと笑って、ビールを一口。


「そうか…、わかるのか…。

 この秘密、のどかな旦那さんに気付かれてしまったのか…」

 だってさ。


 そして話してくれたのは、おれとしては、ちょっとした驚きの事実。


 まず、この別荘の位置付け。

 名義はともかくとして、この別荘、実質的に…、だから櫻谷家の中では、今は、あやかさんのものになっているんだそうだ。


 だから、言うとしたら、今まで思っていた『櫻谷家の別荘』じゃなくて、『あやかの別荘』だったということ。


 それというのも、お父さんやお母さん、おじさん達一家までも、この付近に来るのなら、この別荘よりも、ホテルに泊まる方がいいらしい。

 行きつけの、すてきなホテルがあるんだとか。


 そのホテル、雰囲気がいいばかりでなく、食事も、かなりのレベルで、とてもおいしいらしい。

 しかも、顔馴染み。

 だから、誰も、別荘を使わない。


 それで、おじいさんが、あやかさんに、ここをやるから、管理してくれ、と、頼んだんだそうだ。


 おじいさんは、アヤさんの遺言との関係から、そして、櫻谷家での重要な位置付けを持っていることからも、簡単には、ここを手放すことはできない。

 しかし、おじいさんだって、来るのならホテルの方を使いたい。

 おばあさんは、絶対にホテルにしか泊まらないことだし…。


 それで、たとえ、常駐の管理人を置いたとしても、誰も来ない。

 逆に、管理をする人にも、申し訳ない。

 このままでは、別荘は荒れてしまうだけだ。


 そして、何より、おじいさんのお母さん、『ちさ』さんが愛した別荘でもある。

 おじいさんは、困り果てて、あやかさんに頼んだようだ。


 あやかさんは、ここの洞窟にすごく興味があったから、すぐに承諾した。

 でも、あやかさん、そういうこと、すごく上手だから、おじいさんに徹底的に改修してもらってから引き取った。


 今までは靴を履いたまま入ってきていたのを、下足禁止にしたのもこの時。

 時代の流れに逆行しているようにも感じるが、これがあやか流。

 ここでも、うちと同じような過ごし方をする。

 だから、床も、大規模な改修をしたんだとか。


 1階に、吉野さんの広い部屋を作ったり、同時に家政婦さん用の部屋を倉庫のようにしたのもこの時。

 吉野さんの部屋、それに、『西の部屋』と『東の部屋』の北側にある部屋に、トイレと洗面台を付け足したのも、この時。

 それは、一昨年のことだった。


 それで、その時に、西の窓からの眺めがよいこの部屋を、自分専用の部屋と決めた。


 そして、うちで、今使っているベッドと、まったく同じベッドを購入し、この部屋に入れた。

 だから、この部屋は本当にあやかさん専用。

 ほかの誰も泊まれない、となっているんだそうだ。


 おれは、こういうときは、あやかさんの付属品みたいなもんだから、意地悪な『ニッ』をされたとしても、まったく気にせず、一緒に泊まるんだけれどね。


 こういう時の小さな意地悪は、まったく気にしないこと、そして、絶対に後に残さないこと。

 これが肝心。

 これ、高校生の頃に、しっかりと訓練を積んだおれの信念。


 あやかさん、まさか、こんなことが、姉貴に似ているとは…。

 おれ、今まで、考えもしないことだった。


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