1-3 あやか専用の部屋
食後の食器洗いは、ホク君が、食洗機を使ってやってくれることになった。
でも、そのすぐあとに、北斗君、おれに、思いもよらない誘いの言葉をかけた。
「まあ、そういうことで、食器洗いはおれの担当になりますけれど、リュウさん、料理の方も手伝わせて下さいよ。
ちょっと、料理、練習してみたいんで…」
そう、これは、おれにとっては誘いの言葉。
だって、二人で、ワーワーやりながらの料理って、なんだか、すごく、楽しそうで、素敵じゃないですか。
「うん、いいねぇ、それじゃ、一緒に、いろいろ作ってみようよ。
なんだか、すごく、楽しそうだよね」
と、おれ、ウキウキ感まで出てきた感じで答えた。
すると、あやかさん、ニヤッと笑って、
「相変わらずの…のどかさですねぇ、旦那様…。
と、言うことで、美枝ちゃん、OKだよ」
「よかった。
それじゃ、残りの荷物、送ってもらおうっと」
と、美枝ちゃんが、うれしそうに言った。
「あら、準備万端、荷物も、ちゃんと持ってきてるんじゃないの?」
あやかさんが、意外そうな顔をして聞いた。
「いえ、持ってきたのは、車に積める限度もあって、最小限のものだけなんです。
あとは、お嬢様の許可を待って、今晩か明日にでも、シマさんに宅配に出してもらう手はずなんですよ」
「そうか、わたし達の荷物、かなりあったもんね」
「ええ、でも、本当に必要なものは、ちゃんと持ってきましたから大丈夫ですよ」
「本当に、必要なもの…、か。
わたし達の、けっこういろいろと持ってきちゃったからね。
必要以上に…」
と、あやかさん。
「でも、食料品なんかは、早めに買い出しに行きたいよね」
と、おれ、あやかさんの話を受けて言ったつもりだったんだけれど…、荷物、本当に必要なもの、生活に使うもの、食料品、といった連想で…。
でも、良く考えると、例のごとく、前の話と、あまり関連性はなく、若干唐突だったかもしれない。
どうも、おれの感覚って、ちょっと飛んじゃうところがあって、すぐ、こうなっちゃうんだよな…。
ということで、おれ、ちょっと見当違いの発言をしちゃったかな、と、反省モードに入ったんだけれど、そこは美枝ちゃん、そんなおれの横っ飛びに、ちゃんと合わせて、対応してくれた。
「買い物は、わたし達の荷物が届いてからでいいと思いますよ。
缶詰など、前から興味があって、ホクと買い込んでおいたの、けっこう、詰め込みましたから。
おいしそうなものからおもしろそうなものまで、いろいろとあるんですよ」
「へえ、それは楽しみだな。
あっ、でも、野菜なんかは、必要だよね」
「野菜などは、来てすぐに、静川さんがマーケットに行き、必要そうなものをガッチリと買っておいてくれたので、数日分は充分にありますよ。
クーラーボックスに入れて持ってきたものもありますし…、肉なども、ある程度は冷凍庫に入っています。
あとで、見て下さいね」
「なんだ、そうだったのか…。
静川さんが揃えたのなら、しばらく必要ない、ということだよね」
「ええ、そんな感じですね。
朝に食べるパンも数日分は冷凍庫にありますよ。
静川さんお好みのパン屋さんまで行って、買ってきましたから…」
「ここに、お好みのパン屋さんがあるの?」
と、おれが聞いたら、脇から、あやかさんが教えてくれた。
「前に…、前の前かな、一緒に来たときに見つけたんだよ。
おいしいパンやさんて言われる店はけっこうあるようなんだけれど、好みがピッタリと合うというのは、案外少なくてね…。
そこのは、わたしの好みにもあっていてね」
「ふ~ん、それは、楽しみだな」
「あっ、それとですね、今日と明日のおかずは、静川さんが作ってくれたの、冷蔵庫に入っていますので、リュウさんの料理を味わうのは、数日後からですね」
「今日と明日の分で…、数日後って?」
おれ、よく、意味が掴めなかったので、すぐに聞いた。
「一日分の量が多いので、一日では食べきれない、と言うことです」
「そういうことか…。
なんだか、それも、うれしいな…」
食べるものは充分にある。
と、すぐに連想するものは。
「あっ、でも、ビールなんかは?」
そうしたら美枝ちゃん、おれを馬鹿にしたような顔をして、
「そんな大事なもの、忘れるわけがないじゃないですか。
冷蔵庫のほかに、倉庫にも入ってますよ」
ということで、別荘での楽しい生活が始まった。
でも、あやかさんと2人っきりではなく、4人での生活だけれどね。
おれたちが泊まる部屋は、2階にある。
というよりも、客室…とでも言うのだろうか、ベッドのある部屋は、全部2階にあるそうで、通常、1階では寝泊まりはしない。
ただ一つの例外、吉野さんがここに来た場合には、専用に使う広い部屋が、1階の西南部分、風呂場の近くにあるそうだ。
昔は、家政婦さんが使っていた部屋が台所の隣にあったそうだが、こっちは、今では、改修して、基本的には、倉庫として使っている。
2階に上がると…、階段は、ロビーの北側に付いていて、北に向かって上がりはじめるけれど、踊り場でぐるっと回るので、上がったときには、南に向いている。
で、2階に上がると、広い廊下が左右、だから東西に伸びている。
この廊下、かなりの幅広で、大人が3人、横に並んでも充分に歩けそう。
そして、東西、それぞれの突き当たりに部屋がある。
右の突き当たりが西の部屋、左の突き当たりが東の部屋。
この『西の部屋』と『東の部屋』の呼び方は、この別荘で、これらの部屋を指す、正式名称。
普段はこう呼んでいる、と、おれ聞いている。
そして、その2つの部屋の間、廊下の南側になるが、4つの部屋がある。
それらの部屋には、ちゃんとした名前が付いていて、『東の部屋』の隣から、『山桜』、『牡丹』、『楓』、『野菊』となっている。
「花札だったら、
と、名前を教えてくれたときに、あやかさんが言った。
これらの名前、たぶん、おじいさんのお母さん、『ちさ』さんが着けたんだろうとのこと。
そして、おれたちは、右へ、『西の部屋』に向かう。
その途中、廊下の右側、だから北側には、まずトイレがある。
日常的にご厄介になる大事なところだろうからと、引き戸を開けて中に入ってみると、トイレと言っても、1つの便所としての区画のことだとわかった。
右の端に、ちょっと隠れて、小さな北の窓に向かって立つように男性用の便器があり、そこから左に、個室が3つ並んでいる。
3つもあるので、『ずいぶんあるんだね』と、あやかさんに言ったら、『昔からあったからね。改修の時も、そのままの数にしておいたんだ』と、答えが返ってきた。
でも、便器などは、みな、交換したばかりの新しいもの。
清潔そうで、明るい感じ。
トイレスペースの隣は洗面所。
広い洗面台が2つ並んでいる。
ここも新しい感じだ。
かなりゆったりとしていて、鏡と鏡の間には窓。
その窓からは、目の前、正面に裏山の木々がドンと見える。
ここでも、おれ、『ああ、本当に、緑がきれいだな…』と、思った。
この季節の山の緑、いろんな緑色が合わさって、何度見ても感激だ。
なんだったら、一日見ていてもいいような感じ。
「お嬢様は、専用の『西の部屋』で、よろしいですよね」
と、さっき、美枝ちゃんが言っていた、廊下の突き当たりにある、その『西の部屋』に入る。
ここに、おれとあやかさんが、しばらく泊まることになる。
おれ、その、美枝ちゃんが言った『専用の』というところが気になっていた。
だってねえ、櫻谷家の別荘、おじいさんやおじさんが泊まることだって、あるんじゃないのかな、と。
それで、今後の過ごし方のためにも、『専用』という言葉が示す範囲、だから、どこまで専用できるのか、はっきりと聞いておきたかった。
だから、部屋に入るなり、そのことを、あやかさんに聞いた。
そうしたら、
「まあ、ちょっと着替えてさ、それから一杯やりながら、ゆっくりと話そうよ」
と言うことになった。
おれとしては、今日のうちに、一度は妖魔洞窟にも行ってみたいので、そんな、ゆっくりしていられないような気持ちもあるにはある。
でも、あやかさんがそう言うんじゃ、まあ、しょうがないのかな、とも思う。
それに、今、北斗君が入れてくれたコーヒーを飲んではきたんだけれど、実は、まだ、のどの乾きは残っている。
新幹線の中で、お弁当と一緒にお茶を飲んでから、何も飲んでいなかったから。
そして、あやかさんの言った『一杯』はビールに決まっている。
今のおれにとって、とても魅力的な言葉だ。
こっちの方の提案に、おれ、すぐに降参したのかもしれない。
まあ、気がせくところはあるんだけれど、一杯飲みながら、まずは、あやかさんの説明を、ゆっくりと聞くことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます