1-2  そうはいかない

 別荘の準備、6人がかりで、丸二日もかかる作業だった。

 これでは、おれとあやかさんの二人だけでやったのならば、慣れないこともあって、10日から2週間くらいはかかったのかもしれない。


 いや、そもそも、島山さんや浪江君の得意とする内容を考えると、能力的に、おれとあやかさんでは、まったく太刀打ちできないような作業も、かなりあったんだろうと思う。


「考え、ちょっと、甘かったよね」

 と、おれ、あやかさんに言ったら、


 あやかさん、ニッとして、

「掃除だけやって、あとは、SOSだったね」

 と、答えが来た。


 これ、来るときの新幹線の中でのこと。

 東京駅で買ったお弁当を食べながら。



 初めての別荘。

 広い玄関を入ると、もう一度玄関…。

「あれれ…」

 と、つい、声が出てしまった。

 広い玄関の中に、もうひとつ玄関があると言った感じだったのだ。


 寒さよけのためなのか、雨や雪をよけるためなのか、あるいは下足を脱ぐためなのか、2重になっている。

 コートなんかも、ここで脱ぐのかな?


 そうそう、ここの別荘の中は、下足は禁止。

 スリッパか裸足ですごす。

「下足OKだと、床に、ゴロゴロできないからね」

 と、下足禁止の理由を、あやかさんが説明してくれた。

 本当に、それが理由なのかな?


 それで、靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、2度目の戸口から別荘の中に入る。

 すぐに、ホールのような応接室だった。

 というよりも、応接室を兼ねたホール、というのかもしれない。

 正面向こうに2階への階段、右手奥には食堂がある。


 右側の食堂までのスペースや、左側の広いスペースには、ソファーが置かれている。

 ちょっとしたリゾートホテルのロビーみたいな感じだ。

 もっとも、本物のそんなところは知らないけれど、映画やテレビによくある、ああいう雰囲気。


 このようなところでは、確かに、さゆりさんなどを交えて、長期間の滞在を考えると、吉野さんにも来てもらおうと、あやかさん、考えるのも無理はない。

 家のこと、やってくれる人がいないと、大変そうな感じだ。


 でも、それは、最初の案。

 今回は、たとえ、この様なところであっても、二人だけで、しばらくすごすつもりで来たのだ。


 美枝ちゃんの、それとない誘導で、ホールに入って、右側のスペ-スにあるソファーに腰かける。

 カバンはすぐ脇の床に置いておく。

 それが、ちっとも気にならないくらいの広さがある。


 食堂の前、玄関との間になるんだけれど、全体的に、ゆったりとしている。

 常時いるのなら、大きな観葉植物の鉢でも置きたい雰囲気だ。

 おれの正面、南側になるけれど、その、玄関脇からの窓も大きくて、なんとなく、ゆったりした感じ。

 でも、すぐに立つことになる。


 あやかさん、おれに、

「ちょっと、手を洗ってこようよ。

 洗面所は、こっちだよ」


 ということで、あやかさんに案内されるように階段左側の壁の方へ。

 ホールの北側の壁になるけれど、その左の方にあるドアーを開けると、その向こう側も、けっこう広いスペース。

 正面の奥は窓で、家の裏の林が見える。

 この季節、本当に、緑がきれいだ。


 右はトイレ。

 左は広い廊下のような感じで、その廊下の右側には、洗面所。

 左側には、ドアーが二つ。

 そして、突き当たりは風呂場のようだ。


 あやかさんに案内されてその突き当たりまで進む。

 風呂場の引き戸を開けると、まず、脱衣室。

 脱衣室の右側には曇りガラスの引き戸があり、これを開けると、けっこう大きめな湯舟のある風呂場だ。


「これだと、2人で入っても、ゆったり入れるね」

 と、おれ、つい、うれしそうにあやかさんに言った。


 そうしたら、あやかさん、なんと、いわゆる『鼻で笑う』という顔をした。

 なんとも上手に、小馬鹿にした感じを表現されてしまって、次に繋げる言葉もない状態だ。

 こんな時に、ちょっとした意地悪をされたような、からかわれたような…、そんな感じ。


 手を洗ってソファーに戻ると、おいしそうなコーヒーの香りが漂う。

 北斗君がコーヒーを淹れてくれたのだ。


 正面の窓から見えるのは、赤と白の花が咲き乱れる、柵に絡みついたバラと、その向こうの緑の林。

 林の木々は、あいにくの曇り空だけれど、いろいろな色合いの若葉がしっとりとした感じで、心が和む。

 いや、曇りだからだよな、逆光にならずに、この色合いを楽しめたのは。


 コーヒーを飲みながら、まず、美枝ちゃんから、『昨夜の電話では簡単に話しましたが…』と、今日までの、ここでの作業の大まかな説明があった。

 電気関係のことなど、島山さん、けっこう大変だったようだ。

 やっぱり、おれとあやかさんでは、どうしようもなかった感じ。


 美枝ちゃんの説明が一通り終わった時に、あやかさん、ハッと何かに気が付いて、壁に掛かっている時計を見た。

 そして、美枝ちゃんに聞いた。


「ねえ、美枝ちゃんたちは、何時頃、ここを出る予定なの?

 あまり遅くなっても、まずいよね?」


 そうだった。

 美枝ちゃん達は車できている。

 北斗君の運転で、今日、東京に戻る、という話だった。


 美枝ちゃんと北斗君が帰ってしまったら、ちょっと寂しい感じだけれど、それはそれ、あやかさんと二人きり。

 なんとなく、うれしさもある。


 あやかさんと、二人を、充分に楽しまなくっちゃね。

 お風呂も、けっこう、広いことだし。


 なんて考えていたら、美枝ちゃんから、思わぬ一言が出た。


「実は、そのことなんですけれど…。

 あの、お嬢様…。

 わたし達、もうしばらく、ここにいるということでも…よろしいでしょうか?」


 えっ?

 どういうことだ?


「しばらく…なのかな?

 フフ、わたし達がいる間、ここで、一緒に暮らしたい、ということだよね?」

 と、あやかさん、ニカッと笑って、しかも、余裕を持って。

 なんだか、こうなるの、あやかさん、予期していたような雰囲気。


「ええ、じつは…、そういうことでして…。

 仕事に関しても、さゆりさんかわたし、どちらかが近くにいる方が、何かと都合がよいと思いまして…」


「なるほど、なるほど…。

 すでに、サーちゃんと、相談の上、ということなのね」


「ええ、まあ…。

 それで、パソコン関係も、浪江君にセットしてもらって…。

 ですから、もう、向こうと変わりなく作業できるようになりましたので…」


 なんだ、美枝ちゃん達、もう、一緒にすごすことになってるんじゃないか…。

 こんな状況では、あの、広い風呂でも、あやかさんと一緒は、無理かも…。

 残念ながら、一人ではいることになりそうだな。


「まあ、仕事のことなんか関係なくても、美枝ちゃんたちと一緒というのは、わたしとしては大歓迎だけれどね。

 さてさて、料理担当のご主人様は、いかがでしょうか?」

 と、あやかさん、話をおれに振ってきた。


「えっ? 料理?

 ああ…、そうか…。

 まあ、それは…、4人分なら、2人とたいして変わらないからね。

 そう、ちっとも、かまわないよ」


 思ったようにはいかなかったが、うん、これはこれで楽しそうだ。

 で、おれ、続けて一言。


「そうだよね。

 そうなると、北斗君には、やっかいな食器洗いを手伝ってもらえそうだしね」


「そんなの、食洗機でやりなよ。

 ちゃんと、大きいの、あるんだから」

 と、あやかさん。


「いや、どうも、あれは…」


 おれ、どういうわけか、食洗機は好きでない。

 うちでは、あまりやる機会がないからどうでもよかったんだけれど、自分で洗うとなると、まず、食洗機を使わないぞ、という気持ちになる。

 どういうわけか、食洗機には、対抗心がある。


「そんなら、ホク君が『おれが食器洗いを全部やってやるよ』と宣言して、ホク君が食洗機を使えばそれでいい、と言うことだよね」

 と、あやかさんがいって、それにホク君が頷き、なんだか、これが、結論となってしまったようだ。


 何でもないことなんだろうけれど、おれ、ちょっとした敗北感を味わった。

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