第1章 ここが、その洞窟だよ

1-1  別荘に到着して

 おれ、櫻谷さくらたに龍平りゅうへい、24歳。

 妻のあやかと、今、別荘に着いたところだ。


 なんて、ちょっと気取った書き出しで、『妻のあやか』なんて言ってしまったんだけれど、普段は、おれ、『あやかさん』と、『さん』付けで呼んでいる。

 これは、あやかさんが、おれよりも年上の28歳だから…、ということとは、あまり関係がない。


 この呼び方に、ちょっとしたおれ的な歴史的習慣があって、その習慣ができた『歴史』というのは、まあ、二人、おれとあやかさんの結婚までの流れでもある。

 ということで、おれが、『あやか』と呼び捨てにしにくい状況を、簡単に説明するのは容易ではない。


 今、ここでそれを話すと時間もかかるので、このことについては、あやかさんとの結婚に至ったまでを書いた小説『17センチ3ミリ』を、読んで下さい。

 これはこれで、とてもおもしろい、と、思います。


 そこでは、同時に、今のおれが持っている能力、不思議な不思議なヒトナミの力、その初期の状態を、丁寧に調べ、解析し、説明してあります。

 妖魔や妖結晶の名を知ったのもその時です。


 ちなみに、そのあと、ここ、妖魔洞窟近くにあるこの別荘に来ようとなってから、実際に来るまで、やや時間がかかったので、そのあたりのことは、小説、『出発までは長かった』に書いておきました。


 この小説は、『17センチ3ミリ』の続きで、おれのヒトナミの能力がグググ~ッと伸びて、今のように花開いた過程も書いてあります。

 うん?花開く…、いや、いや、花は、まだ咲いていないのかもしれませんね…。

 フフフ、この力、もっと、伸びるかもしれないので。

 この様に、力が変身することを、『力が化ける』と、言うそうです。


 それと、今回の冒険で深く関係するであろう妖魔と出合ったことも書いて…。

 そう、そうだった…、おれ、妖魔の姿、あの、龍に似た姿を見たのだった。

 夢のような感じでだけれど、でも、あれ、夢じゃなかったんだろうと、今でも思っている。


 ただ、『夢じゃない? それじゃ、なんだったんだよ?』と聞かれても、まあ、返答には窮するんだけれど…。

 でも、本当に、あれは、不思議な体験でした。


 そんな、こんな、というわけで、『出発までは長かった』の続きとして、いよいよ、妖魔洞窟を探検するために、今、信州の、この別荘に着いたわけです。

 あやかさんの実家、櫻谷家の別荘。


 敷地全体としての門は、少し離れたところにあったんだけれど、タクシーは、そこから入り込んで数百メートル走って停車。

 ここも門の前だけれど、こっちの門は、別荘の建物とその前にある庭、その周りをぐるりと囲む柵に設置されている洋風の門だ。


 おれ、先に車から降りる。

 門の前は、タクシーがUターンできるくらい広くなっているけれど、向かいは林。

 新緑から青葉に移る時期、緑がむせるようで…、なんとも素敵なところだ。


 と、柔らかな風に乗って、バラの甘い香りが漂った。


 周囲の山林も敷地内だけれど、とにかく広いから、でも、この門の左右に連なっている柵で囲んだ中が、いわゆる別荘なのです、といった感じのところだ。

 それで、この柵、かなりの年代を感じるもので、腰近くまでの高さの、赤味の強いレンガ積みとなっていて、その上に、金属製の縦格子フェンスが着いている。

 全体の高さは2メートルくらい、かな?


 その縦格子となったフェンス部分には、あちらこちらで、庭から伸び出したクレマチスや蔓バラが絡みついていて、紫や白、赤、ピンク、黄色と、色とりどりの花を咲かせている。


 特に、門の左脇、濃いピンクの花が咲く蔓バラは、幅数メートルにわたって咲き乱れ、ボリューム満点、とてもきれいだ。

 さっきの香りは、このバラのものだろう。


 庭は、あまり管理されていないようだけれど、それはそれで、いい感じ。


 目の前の大きな門、今は閉まっている。

 その右脇には、人が一人通れるくらいの、小さな扉が付いていて、ここから入りなさいよと、今は開いている。

 この大きな門からは、微妙に上り坂になった石畳の道があって、その先は広い石の階段が数段。


 で、その石段の上、正面には、おれの感覚では、かなり大きいと思える2階建ての別荘が建っている。

 あやかさんから聞いて、おれが想像していた以上の大きさだ。

 そして、この建物、レトロな感じで、すごくいい雰囲気。


 ここで、しばらく暮らすことになる。

 そう、あやかさんと二人でね。



 あやかさんは、今、タクシーの支払を終えて、降りてきた。


 ここは、新幹線の駅から、タクシーで20分程度。

 周囲には林以外何もない、言ってみれば、完全な山の中。

 でも、すぐ近くまで別荘地が開発されていて、外の門を入る少し前には、どこかの会社の保養所があった。


 あやかさんの支払が終わり、おれが後ろのトランクからカバンを取り出すと、運転手さんが笑顔で挨拶して、タクシーが帰って行った。

 それを見送り、あやかさん、おれのほうに振り向いて、ポツリと一言。


「やっと、着いたね…」

 そして、ニッコリと笑う。


「うん。なんだかんだと、長かったもんね」

 と、同じ思いのおれも、相槌を打つ。


「でも、なんとも、いい雰囲気のところだね…」

 と、おれ、一言、感想も付け加えておく。


 その時、別荘の玄関が開き、中から美枝ちゃんと北斗君が現れた。


 美枝ちゃん、22歳、とてもかわいらしい顔つきで、年よりもずっと若く、17、8歳に見える。

 でも、あやかさんの仕事を、何でも請け負い、こなしてしまう、すごい人。


 そして、北斗君、21歳、美枝ちゃんの旦那さん。

 見た感じ、ちょっと、恐い雰囲気もあるんだけれど、根は、真面目で楽しい人。


 二人は、新婚ほやほや、結婚してから、まだひと月も経っていない。

 とはいってもね、おれとあやかさんも、同じ日に結婚したんだけれどね。


 その二人の方が、先にここに来ていた。


 で、玄関に出てきて、『いらっしゃい』と、手を振ってくれた。

 おれが、ちょっと大きめなカバンを二つ持ち、あやかさんは手ぶらで、その玄関に向かう。

 北斗君、すぐに駆け寄ってきて、おれのカバン一つを持ってくれる。


 大きな門を開ければ、タクシーは、もう少し家の近くまで…、玄関前の階段下まで来ることができるんだけれど、その門は閉めたまま。

 まあ、開けるのは面倒そうだし、この程度の荷物なら、持って行ったって、たかがしれているからね。



 それで、どうして、美枝ちゃんと北斗君が、おれやあやかさんよりも先に来ているのかというと…。


 『出発までは長かった』の最後、だから先週の金曜日に、『さあ、出かけようか』とあやかさんの声がけで、おれとあやかさん、出発の準備をし始めようとした。

 それで、まず、あやかさんが、美枝ちゃんに、その旨、電話で話しだすと、話の途中で、『ちょっと待って下さい』と、ストップがかかった。


 そのストップ、あやかさんの話へのストップではなく、おれたちが、その日のうちに、別荘に行こうとしていることへのストップ。

 だから、準備を始めて、すぐに動きが止まった。


 だって、美枝ちゃんからのストップだ。

 あやかさんに対してだって、ほぼ、絶対的な力を持つ。


 で、その理由はというと、別荘の準備が、まだ、何もできていないということ。

 準備ができていないというのは、実は、こっちはこっちで織り込み済みのつもりだった。


 それを承知で、動き出した。

 だから、『行ったら、まず、二人で大掃除だね』なんて話をしながら、飲んでいたコヒーのカップを片付け、準備に取りかかったところだったのだ。


 ところが、美枝ちゃんによって、『お嬢様とリュウさんとのお二人で、簡単にできるようなものではありません』と、決めつけられた。


 それでどうなったかというと、土曜、日曜と二日がかりで、しかも、美枝ちゃんと北斗君のほか、島山さんと浪江君、それに、静川さんと沢村さんの6人がかりでの、準備作業となった。


 みんな、嫌な顔もせず、というよりも、喜んで、予定を急遽変更、この、降って湧いた、とんでもない仕事に対応してくれた。

 あやかさんとおれ、土、日と、ちょっと、申し訳ない気持ちですごした。


 さらに、美枝ちゃんの話では、この二日間、別荘の近くに住み、時々、別荘の管理を続けてくれている人たちまでも緊急に呼び出して、…3人いるらしいんだけれど…、通常の業務外の作業をしてもらった。

 庭まで、比較的きれいだったのはそのため。


 うちの6人は、土曜日の朝早くに、2台の車に分乗して、別荘へと出かけた。

 1台は、北斗君が愛用する車で、助手席に美枝ちゃん、後ろの座席に静川さんと沢村さんの計4人。

 もう1台は、こっちの別荘で、おれが運転する予定の車を、島山さんが運転してくれて、助手席には浪江君が乗って、来てくれた。


 そして、今日、月曜日、今朝も2時間ほど作業をして、島山さんたちは、昼少し前の新幹線で、東京へ帰って行った。

 それと、入れ違いのように、おれとあやかさんが、ここに着いたというところだったのだ。


 土、日と、お嬢様の隣で過ごしたおれは楽だったんだけれど、ここに来たみんなは、ずいぶん大変だったんだろうと思う。


 ちなみに、みんなが出かけるときに、おれもいっしょに行って手伝おうとしたんだけれど、美枝ちゃんに、

「お嬢様とリュウさんは、準備が終わってから来て下さいね」

 と、言われてしまった。


 来られても、邪魔ですよ、といった雰囲気で…。


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