第9話十二単夢現


「わああぁ!それ!私のお肉ううう!こらあ!京之助!大人げない!!!」

 鍋から上がる湯気で幻想的な景色になっている部屋の中、酒で赤らんだ顔で豚肉を食べる京之助と、拳を振り上げ憤慨するキララ。

「はーまだまだだなあ~鍋は戦場だぞ。戦場~。肉を食いたいなら強くなれ~。」

「臨むところだあああああ!!!!!」

 白菜やしらたきが鍋の端で煮られている中、肉が秒単位で皆の腹の中に入っていく。

「もー仲良く食べてよ。」

と、台所の方から、七瑚の声が飛んできた。鍋に足す椎茸や肉の用意をしているのだ。

「おいおい。」

と、呆れたように、俺の向かいに座る男子がキララと京之助をみて溜息を吐いた。

 手には難し過ぎて読めない漢字が蟻の行列のように並んだ、古本。渋い色合いの袴を着た黒髪に切れ長の緑黄の瞳。四角い眼鏡。落ち着いた雰囲気を漂わせた男子は、俺と同い年の十二単、章だ。好きなものは漢字。

「キララちゃん、こら、危ない火傷しちゃう…。」

 やんわりと、キララの隣に座っていた桜色の振袖袴を着た女子が、二人の暴走を止めに掛かる。長い髪を一つの三つ編みにまとめた、全体的に色素が薄い彼女は俺の一つ下十五歳の十二単の柚。好きなものはつるし飾り。

「わああ!二人とも止めて!!食卓に汁が!汁が飛んでる!!」

 柚とは違う意味で、十歳の女の子と二十歳のオジサンを止めに掛かるのは、キララと同じく十歳の泉水だ。二つの分けた水色の髪の毛は、しゃぼん玉のような髪飾りが三つずつ結わえてある。汁が飛ぶたびに目にもとまらぬ速さで布巾で拭いていく彼女の好きなものは掃除。

 金魚に、お酒に、お金に、漢字に、つるし飾りに、掃除

 個性が強すぎる人間達を見て笑っている最も個性の主張が激しいのは、今まさにこっそり肉を大量に手に入れた獏、夢之丞だ。

 紅白の太いより紐を大きく背中で蝶結びにし、金属の丸い飾りが付いた布を何枚も馬の鞍のように掛けている。紺色の体に、翡翠のような目が映える。大きさは和太鼓一個分くらい。象と犀とあと何かの四足動物を混ぜたような、黙っていれば可愛い神様の使いだ。

 黙っていれば。

「はっはっは!隙あり。」

「神の使いなのに意地汚い!」

「いろんな神様がいるんだよ、新入り君。」

「神様じゃないだろ、夢之丞は。」

 天井にぷかぷか浮かぶ神の使いに向かって、俺は言った。

「ばれたか。」

「むしろ、何でばれないと思った……。」

 この後、キララか京之助かは知らないが、鍋が盛大にひっくり返り、後始末には全員が駆り出される事のなったのだった。





 翌日

 俺は、七瑚と一緒に、旧都の街に出た。

 相変わらず、俺に向けられる視線は七瑚に向けられる信頼の目ではなく、とげとげした不信感丸出しのものだったが、昨日のこともあり、大分気にはならなくなった。

「十二単の仕事は、主に都の治安維持、滝の向こうで言うところの「お巡りさん」みたいなもの。泥棒が出る事もあれば、酔っ払い同士の喧嘩もあるから、怪我には注意してね。」

 八百万の神々がおわす都で泥棒に、酔っ払い同士の喧嘩……

 何だか、驚きだ。

 「滝の向こう」というのは、人間界から来たという意味を持っている言葉で、人間界と繋がっている門の中ではあそこが一番、不確定要素が多いらしく、俺の他にも過去に何人か此方の世界に来た人間もいるらしい。

 わざわざ身の上を説明しなくても、「滝の向こう」と言えば話が通る分便利な感じもする。

 道行く人は大抵和装だが、洋装の人も一定数見かける。でも、俺が今着ているような現代的なデザインではない。明治・大正のあたりの資料集で見るような古風な洋服だ。

 赤に彩られた街並みは、どこか哀愁が漂っていた。

 そんな、幻想的な風景が、一瞬で変わった。

 遠くまで響き渡る爆発音に、高層ビルの日本建築版のような建物の一つが、真ん中から崩れ始めた。炎と煙が上がっている。

「何だあれ……」

「早速仕事ね……。」

 小規模の爆発が続く中、俺と七瑚は、建物に向かって走り出した。




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