第2話金魚の少女

 子供の何倍もの質量を有する漆喰で固められた壁の一部が、私と果鈴の頭上に現れた。

 私達は後ろを向き、連れてきた六人と向かい合った。

 安全に死者を黄泉比良坂まで送り届けるのが私達の仕事だ。

 出来ることはこれしかない

 手に持つ提灯を強く輝かせ、中の明かりは、昼間でもあたりを照らす、第二、第三の太陽となった。二つの明かりは、戸惑う老若男女を包む、薄い防護壁となる。 それは、もう間もなく襲い掛かってくる悪夢に対する精一杯の抵抗だった。

 中にいる彼等は助かるだろう。

 泣いている男の子と目があった。

 男の子は、頬を濡らしながらも、驚いているようだった。

 ―「ねぇ、犬さん達は光の中に入らないの?」

 微かに、可愛らしい声が、鼓膜を振動させた。

 私は、何も答えなかった。

 ようやく迫りくる危険に気が付いた野次馬が、我先に逃げ惑う。

 地面が揺れ、緊張と焦燥があたりを支配し、一秒にも満たない時間がやけに長く感じられた。おい!早く逃げろ!!死んじまうぞ!と、身勝手な警告があちこちから蝉の合唱のように絶え間なく続く。私達の周りから、穴が開いたように太陽の光が急に陰に染まった。肌にピリリと張り詰めたものが伝わる。

 三本通りは悲鳴で溢れ返った。

 私は来る時に備えて目を固く閉じた。

 

 その刹那

 私達を押し潰す筈だった瓦礫が木端微塵に破壊され、塵屑が大量に私達に降りかかった。

「十二単だ!」「やった!十二単の七瑚だ!流石プシプシーナ!」

 近くから歓声が沸きあがり、私は目を開けた。

 立ち並ぶ店の屋根を軽やかに飛び跳ねながら移動する、豊かな長い黒髪と、それに従う締め太鼓ほどの流金が目に飛び込んできた。

「「七瑚姉!」」

 果鈴と私は、同時に声を発した。

 安堵と感謝がうまい具合に溶け合った声だった。

「ほいほーい。危ないから野次馬がしたい奴は俺と酒の飲み比べで勝った奴限定だぞー?」

 群衆を掻き分けて、瓢箪をくり抜いた徳利を片手にやってきた壮年の男性に、周囲はどよめく。

「あとー見物料徴収するよー?行った行った!」

 別の方向からやってきたフリルがいっぱいのドレスの少女は、徳利を持った男性の横に並び、えへんと胸を張る。

 二人を見て、見物人は青ざめた。

 流石は十二単。

 手際が美しい。


 

 


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