スキユメ爛漫

梅庭 譜雨

第1話達磨さんとみちびき犬

提灯提灯 提げては黄色く

所々破けたら お札を貼ります二、三枚

茄子の牛を見つけては

「おいでませ」と呼びましょう


さあさあ皆さん こちらです

急がず、慌てず、驚かず

ゆっくりいらしてくださいね?

白い耳を愛想よく

時折ぴょこりとしてみれば

在る人 倒れ 

在る人 怯え

在る人 笑い

在る人 身構え

在る人 黙る


さてさてちゃんと 来てるかな?

案内するのが私の仕事

ところでここは何処かって?

おやおやあなたは面白い

八百万の神々の おわす都で御座います

これからどこに連れてくか?

あらあらあなた ちゃんと見て?

私の提げてる提灯の 短冊ですよ短冊です


黄泉比良坂行


私は死者の国からの 使いの者で御座います

そんな所行きたくない?


もうあなたは生きていない

信じないかは勝手だけれど

反抗するなら その時は……

斬る


 右手に提げた大きな黄色い提灯は、満月を取り付けたかのように昼間からでも明かりを灯している。お気に入りの提灯の下にぶら下がっている大きな短冊と飾りが、動きに合わせてゆらゆら揺れる。私は、靴音をカランコロンいわせながら、胸下に巻いた帯に差した短刀をのぞかせて二本の尻尾をぶんぶん振った。

 私の後ろには六人の老若男女が思い思いの表情で、街を物珍しそうに見上げる。

 建物は、神社か中国の会館を思わせ、瓦屋根がメレンゲの角のごとく先端に向かって細く尖って上を向いている。

 奇怪な南国の果実のように、ありとあらゆる建築物の軒下には、赤い提灯がぶら下がって揺れる。神社の鳥居が幾つも道の端や中央にそびえ立ち、注連縄が建物のあらゆるところを囲んで、街全体は禊を行ったかのように清らかな空気に満ちていた。そんな中にも喧しい、生活感のある雰囲気があるのが面白い。

 欄干が道の片端を仕切って、その下には大きな錦鯉が悠々と泳ぐどこまでも澄んだ川。道行く人は様々な服装に身を包んで、楽しげに通り過ぎていく。

「おいでませ」とぶら下がる平仮名の提灯の向こうから、だしと油の香ばしい香りが漂ってきた。飲食の露店が、所狭しと並ぶ三本通りに私は、後ろに人たちを連れて入る。

「おいしそう!!」「ねえねえ、あれ見て!」「うわあ、懐かしい!」

 後ろから嬉々と声を上げる六人。太陽が頭上に来ている。つまり、正午だ。

 私は、くうくう音を立てるお腹を何とか宥め、「みなさん!はぐれないで下さいね!」と声を張り上げる。三本通りの活気の中では、私のような子供の声、簡単にかき消されてしまう。

 両脇から、和洋折衷奇抜な色彩の店舗の看板が競うように道の人間に主張し、食欲を掻き立てる匂いが充満する中、後ろをついてくる六人は、周囲の人を奇怪な目で見ている。しかし、周囲の人は私を見るなり納得した様子で過ぎ去ってゆく。

 あれだけ不躾な態度をとられていても、文句の一つも言わずに行ってしまうのは、私の職業を知っているからだ。

 ここは久都。八百万の神々のおわす都。

 私は、みちびき犬の1人、白鈴。ここでは子供の姿だが、人間の世界にいるときは犬の姿をしている。

 膝丈の女袴に犬の耳、尻尾に提灯が目印の、死者の道案内をする妖怪みたいなものだ。今日も、黄泉比良坂まで皆さんを案内している。

 後ろの六人は、道の三分の二以上を占領してしまっている大蝦蟇さんや、すれ違う人たちの中にいる虚無僧、行商、和尚、俳人、童子から町娘、亀の甲羅をしょった人、件、河童、大蛇、街に立つ幾つもの大きな社から出店の目地に至るまで、鶴のように首を長くして凝視している。

 私は、道の向こうで、がやがやとただならぬ空気を感じた。

「皆さん、立ち止まって下さい。」

 三本通りの萩月横丁で、野次馬が群がって、不穏だ。何か、道端に転がっている。よく見ると、それは、家屋の壁や、柱、水道管などの残骸だった。

 押しあいへし合い、野次馬の中から、小さな紅葉のような手が見えた。

必死に、外へ出ようともがいている。その手には、長い竿のようなものが握られていた。

「ねえ、白鈴!大変だよ!」

 野次馬の中から苦労して抜け出してきたのは、同じくみちびき犬の果鈴。街灯をそのまま切り取ったような、長い竿に提灯が鈴蘭のように付いている。

 橙色の髪に同じく橙色の瞳。二つ結びの髪飾りまで橙色。

 普通は人に安心感を与える暖色系の容姿なのに、今回は、果鈴の慌てぶりからか、見ている此方が不安になった。

 酷く青ざめた顔で果鈴は、

「萩月横丁で、大きな髭達磨が詰まっちゃってて、人が集まっちゃて、収拾がつかなくなってる。」

と言った。同時に、

 わあ!と、野次馬の群れが囃し立て、遅れて破砕音が路地を埋め尽くす。

 看板が並ぶ向こうに、黒いずんぐりした影が見える。

 それは、五階建ての建物と同じくらいの高さがあり、横幅は、人十人が楽々横並びで通過できる路地にぎりぎり収まるか収まらないかである。

 土煙に覆われ、はっきりとした姿は見えないが、間違いない。

 達磨が、つっかえている。

 どこから湧いてきたのか、三本通りは人の波が出来上がってしまっていた。

 白鈴が、「しまった!」という顔をしているがもう遅い。

 引き返そうにも、大きな大人の体が見えない障壁となって、移動するどころか、怪我をしないために横に縦に身じろぎするのがやっとである。

「皆さん!!危ないですよ!」

 際限なく増殖する奇異の群れに向かって、私たちは警告した。

 瓦礫が降り注いできているのに、動物と化した知的生命体は、避難するどころかますます興奮して、騒ぎ立てる。

 喧騒の中、私の後ろで蚊の鳴くような声がした。

 荒波に飲み込まれる寸前に、それは、確かに鼓膜を振動させた。

「…こわいよ………」

 私は、胃に氷塊をねじ込まれたかと思った。ぶつかって痛む体を忘れ、私は振り返る。

 六人の中で、ただ一人のこども、五歳くらいの男の子が、自分と同じように黄泉比良坂に向かう他人の足にしがみ付きながら、泣いていた。

 


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