第14話
女性に誘われるままに喫茶店に入った。当然だが、警戒心は一瞬たりとも抜かない。
能力のことを切り出してきたと言うことは、相手も何かの能力を持っていると見て間違いない。
とはいえ警戒したところで、何が飛び出してくるのかはわからない。不意を突かれて捕縛されたなら、その時はその時だ。
「ご注文お決まりですか~?」
「さっきも言ったけれど、私のおごりでいいわよ。好きに注文してちょうだい」
「……そうですか。ならコーヒーを一杯」
「私は紅茶を」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店内には他のお客さんも大勢いる。話し声と話し声の波で、騒がしさを覚えるほどだ。これだけ騒がしいなら、僕たちの会話を盗み聞きされる心配はないだろう。
「それで、何が目的なんですか」
「まずは自己紹介が先じゃないかしら?お互いの名前がわからないなんて、不便でしょう」
「はぁ……」
いやまぁ一理あるが、ここまで怪しい人物ともなれば話は変わってくる。むしろ簡単に教えてしまっては問題になりかねない。
沖田さんの時は僕が体調を崩してしまったのが原因だったしな。
「さっきから私、睨まれっぱなしね」
「そりゃあこれだけ怪しければ、ねぇ……」
「もう、わかったわ。私からにさせてもらうわね」
そう言いながら、女性は懐から財布を取り出し、学生証を僕の目の前に差し出した。
そこには「秋篠めぐる」という名前と生年月日、そして目の前の女性と同じ顔の写真が載せられている。生まれ年は僕よりも一年早い。やはり先輩というのは当たっていたか。
「私のことは好きに呼んでもらって構わないわ」
「じゃあ、秋篠先輩ってことで」
身分証明書をこうもあっさり出すなんて、よくわからない。こちらに能力のことを質問するのもあっさりしていたし、この人からすればそれほど重要な問題ではないのだろうか?
まどろっこしい。ここは僕が能力を持っている、という前提にして勝手に話を進めてしまった方が良いのか?
「お待たせしました、コーヒーのお客様」
「あぁ、こっちです」
ちょうどよくコーヒーが来てくれた。一服して心を落ち着かせよう。
「もう一つ、紅茶のお客様。どうぞ」
コーヒーの中に、砂糖とシロップをこれでもかと投入していく。普段はそれほど入れないけど、今日は疲れてるしイライラしてる。こんな時は糖分を取って頭を回すのだ。
それに苦いものを飲んでいると、気持ちが晴れない。僕はコーヒーの苦さは好きだが、日常的に苦味を求めてるわけじゃないからな。辟易とした気持ちを晴らすなら、この方がちょうど良い。
――いや、甘い。やっぱり入れすぎたかも。
「もういいわ、本題から話した方が早そうね」
紅茶に一口手をつけて、そう呟く。
やはりその瞳で見つめられると、イラついてしまう。やめてくれ。それを伝える勇気もないのが、歯がゆくてたまらない。
「あなたを我が校の秘密結社『宝石会』に招待しようと思ってるの」
その提案は、僕にはあまりにも滑稽なものに聞こえた。
「宝石会、ですか?」
陳腐なネーミングだ。こんなものをまさか現実で聞く機会があろうとは。
ここだけの話『
「そう。能力を持つ学生のための秘密結社。あぁでも、なにも危険なことをしでかそうってグループじゃないから、その点は安心して」
安心して、と言われても。下手な詐欺師の方が上手な謳い文句を思いつきそうだぞ。
「能力を持っている人間が、世界にどのくらいいるか知ってる?」
「……そうですね、10000人に一人とか?」
「実際はそんなものじゃないわ。100万人に一人とも、1000万人に一人とも――。推定でもそれくらい少ないだろう、ってのが通説になってる」
「それはまぁ、途方も無いような数字ですね」
「そう。絶対的な数が少ないし、能力って不思議なものでしょう?だから混乱が起きることは珍しくないわ。結局うやむやなままだったけど、あなたにもそんな経験があったんじゃない?」
「……ありましたね。頭の中に情報が流れてきて、よくわからないまま使えるようになっていましたから」
これはどういうメカニズムなのだろうな。本能的に理解する……とでも仮定しようか?
能力のことを受け入れやすいのはいいが、もう少しわかりやすくしてほしい。それこそ漫画みたいに、体が光るとか天啓が降るとか――流石にやりすぎか。
けど実際、僕の場合は「はいこういう能力ですどうぞ」という前説明すらなかったし。親切さがあまりにも欠如している。
「我々宝石会は、コミュニティを作ることでお互いにサポートし合う。学校内だけの小さな組織だけど、それでも無いよりマシだろう。そんな大義のもと結成されたの」
「待ってくださいよ。仮に能力を持ってる人が100万人に一人だとして、そんなに都合よくうちの学校に集まるものではないんじゃないですか?」
「それが不思議なことに集まるのよ。一時期は二桁に届きそうな人数だったらしいわ。今は私を含めて、三人が所属してる。そしてあなたで四人目」
……嘘だろう?。能力者は能力者は惹かれ合うとでも言うつもりか。それこそ漫画の世界だ。
ただでさえ珍しい存在なのに、それが集まる場所があるなんて悪夢でしかないだろうに。コミュニティを作るのは素晴らしいだろうが、嫉妬や羨望の目が見え隠れするのが思い浮かぶ。
事実として、
自分で言っていて虚しくなる。けれど事実なんだからどうにもならない。
頭痛の走る話だよ、まったく。
けれどそのコミュニティには興味がある。
情報の入手経路はいくらあっても困ることはない。能力者としてまだまだひよっこの僕にとっては、魅力的な提案といっても間違いではないのだろう。あまりにもイライラしているせいで、その実感が湧いていないのが問題なのだが。
「それって、結成されてからどのくらい経つんですか?」
「確か、今年で五年目ね」
歴史はそれほどでもないか。長ければ溜め込まれた知識も膨大なものになっていただろうが、それは望みすぎ、というか都合が良すぎるよな。
本末転倒気味だが、ここは
とにかく情報が欲しい。ただでさえ精神がボロカスなのに、新たな問題を抱え続けていたら心が破滅してしまいかねない。沖田さんのこともあるし、不安要素を取り除いていかなければならないはずなんだけど……どうしてこんなことになっているんだろう。
「それで、興味を持ってくれたかしら?」
「そうですね。少し――ゴールデンウィークが明けるまで、待っていてもらえませんか?急な話ですから、僕も混乱していて」
「それはもちろん。入会するかどうかは本人の自由意志に任せてるから。ゆっくり考えてちょうだいな」
僕も秋篠先輩も、社交辞令的な言葉を交わす。話にならないな。
「本当に夕飯は奢らなくていいのかしら?もう良い時間だけど」
「その辺のスーパーで買って帰りますよ。後はじっくり考えさせてください」
喫茶店を出てしまおう、なんて提案したのは僕だった。その綺麗な緑色の瞳で見つめ続けられるのが、どうしようもなく耐えられなかったのだ。
コンプレックスというものは恐ろしいとつくづく思い知らされる。秋篠先輩に非がないのは誰だって知っている。僕がただただ卑屈になりすぎているだけなんだ。わかっていてもどうしようもない。
僕は結局のところ、沖田さんと出会う前から――真っ白なベッドの上で、管を繋がれて生きていた頃から何一つ進歩していない。
「最後に一つ、いいですか」
「構わないわよ。なんでも言ってちょうだいな」
「……どうして僕が能力を持ってるって、そう確信できたんですか」
「そりゃあもちろん、その瞳の色ね。能力を使っているときは、瞳が緑色に輝いていたじゃない。今は真っ黒なままだし。はたから見ればわかりやすいことこの上なかったわ」
どうやら勘違いしているらしい。奥側の席でずっと座っていたから、秋篠先輩からは右瞳しか見えなかったようだ。眼帯をしている今は隠れているものな。
わざわざ訂正しなくてもいいか。この人にはできるだけ碧眼を見せたくはないし。
……ひねくれているのはわかっているんだ。本当に。きちんと自覚できている。
「それじゃあ気が向いたら、教えた連絡先にいつでも電話かけていいからね。また会いましょう」
「えぇ、また」
こういう感情をどう表していいものか。
不甲斐ない自分に憤りを覚えているのか、進歩しない自分に悲しんでいるのか、大人気ない自分に呆れているのか、悩んでいる自分に同情しているのか、自問自答する自分に憐れんでいるのか――
夕日が暮れ沈んでいく中、町の雑踏の中に消えていく秋篠先輩の背中を目で追いながら考える。
けれどやっぱりというか、当然答えが出るわけもなかった。
一つわかったのは、僕はあの人が嫌いだという、くだらない事実だけだ。
本当にくだらない。
*
病院で起き上がって、はじめて自分の姿を鏡で見たときのことを思い出す。
あのときは取り乱しもした。自分の見知っていたはずの黒い瞳が、くすんだような碧眼に変わっていたんだから。
「先生、これってなんなんですか」
「後天性虹彩異色症という病気で、事故で頭部に衝撃を受けた時に、その衝撃で色素異常が起こってしまった――というのが私たちの見解です」
「この目、治りますよね?」
「残念ながら、我々の手ではどうすることもできません。眼帯やカラーコンタクトをつけることで隠すことはできますが、直接色を変える手術となると、日本国内では難しいです」
「……そうですか」
そのときはそれだけ頷いて、眠りについた。
納得できたというより……。あれはそう、感覚がわからなかった。その説明があまりにも突拍子もないように聞こえて
先生の言われるがままに、「あぁ、そうなんだ」なんて思ってしまって。
両親の死を聞かされたときは、死体も何もなくて、まるで実感が湧かなかった。
ただ「亡くなった」という事実だけが残って、どんな顔をしていいやらわからない。そんな心境の入院生活が一ヶ月ほど経った頃に、不意に涙がボロボロとこぼれ出した。
「感情の麻痺」という言葉があるように、心の感度が鈍くなってしまっていたらしい。
悲しいとか、辛いとか、そういう感覚は何もなかった。けれど涙だけは次から次へと溢れ出して行って、枕を濡らし続けながら夜通し涙を流し続けた。
この時、最後まで嗚咽を吐き出すことはなかった。多分、僕の感情の限界はそこだ。
リハビリは地獄だった。肉体面はもちろんだが、それ以上に精神面に強い負荷がかかっていたように思う。
眠り続けた僕の体はガチガチに固まっていて、最初は指を動かすことすらままならなかった。
看護師さんに温めてもらいながら、指、手のひら、腕――そんな風に体の節々を順番に動かしていく。痛くはないけれど、自分の思い通りに動いてくれないから、それには鬱憤が溜まって辛かった。
自分の力だけで上体を起こせるようになるまで、一ヶ月以上もの時間を費やしてしまった。作業療法士さんはよくできた、なんて何度も褒めてくれたけど、僕のストレスは溜まっていくばかりで、よく癇癪を起こしては自分のことが嫌いになっていった。
そんな有様ばかり続くものだから、体が少しずつ治っていったところで、心がまるで追いついてくれない。
あの頃はとにかく鏡が嫌いだった。
ベッドから起き上がれない頃、看護師さんが手鏡を持ってきてくれたことがあった。多分そういう人のための支給品なんだろうけど、右瞳を見た瞬間に言いようのない気持ち悪さがこみ上げてきて、手鏡を思いっきり地面に叩きつけた。
けれど筋力の回復しきっていない僕では、その手鏡にヒビを入れることすら叶わなかった。
今でこそあの病室の床が柔らかい材質でできていることを知っているけど、自分の力で床に触れることもできない僕にとっては、相当なショックだった。
――自分はなんて非力になってしまったんだろう、って。
この時味わった虚しさは、今でも僕の根底でコンプレックスとして残っている。
紐でもなんでもいい。引きずり続けると、土やほこりでだんだんと汚くなっていって、端っこからだんだんと磨耗して擦り切れていく。
僕の心がそれだ。忌まわしい記憶で心を縛り付けられて、引きずりながら毎日を生きている。
精神的に落ち込んで体調を崩したり、泣き叫んだり……。磨耗した心が感情を失わなかったのは、幸いだったのかもしれない。
自分の病室内くらいはなんとか歩けるようになった頃、僕は精神科の病棟に移ることになった。まだエスカレーターで疲れてしまうくらいだから、看護師さんに車椅子で運んでもらったけれど。
そこからの日々はほとんど定型文のようになっていた。病室とリハビリセンターを往復するか、両手足を紐でくくりつけられてベッドの上で過ごすか。その二択だ。
リハビリが本格化してきた頃に、作業療法士に言われた言葉が自然と頭に残っている。
「いいですか、あなたは今『生きるための体力』を取り戻したばかりなんです。これからは『生活するための体力』を取り戻すために、リハビリを続けていかなければなりません」
上手な例えだと思う。歩くことができず、ベッドで寝たきりになった人間はいずれ死ぬんだから。
けれどそれと同時に、回復するまでの道のりがまだまだ遠いことも実感できた。
歩き回るだけで倒れそうなほど弱っている体を、日常生活が支障なく遅れる程度まで戻さなければならないのだ。それを実感した僕の心は、またしばらく荒んでいった。
その結果、発作的に暴れ出す日が少しずつ増えていった。暴れるといっても、体力が皆無なので長時間には及ばない。けれど体をぶつけたりすることを考慮して、そういう日は一日中ベッドの上でに拘束される羽目になってしまった。
しかし結果論ではあるが、ここで暴れたのが無理な運動になってくれたおかげで、僕の体力回復計画は随分と前倒しされていった。
体力が元に戻ったなら、1日に活動できる時間も増えていく。そうしてリハビリの量もだんだんと増えていき、体が自由に動かせるようになる。ストレスの原因が薄れていくことで精神的な不安も和らいでいく。
運良くそんな好循環を作り出せたおかげで、僕自身や担当医の予想をはるかに超えるペースでまともになっていった。
僕が眼帯をつけるようになったのはちょうどその絶頂期だった。
自分の身の回りのことに気がいくくらいには、心の余裕が生まれ始めていたからだ。
こんなでも女の子だからな。病院内とはいえ、身だしなみについて少しくらいは気にするものだ。けれどそれで鏡を見るたびに癇癪を起こしているのではたまったもんじゃない。せめてこの碧眼を隠すくらいのことは……。
担当医も二つ返事でOKしてくれた。それが仕事だから当然かもしれないけど、次の日から清潔な眼帯をもらえるようになって、心底安心した。
最初の方はかなり混乱したが。それまでずっと両目で生活していたから、片目だと距離感がつかめなかったりという苦労が絶えないのだ。慣れるまではよくあちこちに体をぶつけて、その場に倒れるようなことがあった。
そんな感じで、僕の今のスタイルが出来上がりつつあった。
*
気がつくと、見知らぬ場所にいた。暗くて静かなどこかで、長椅子の上に座っていた。仄暗い世界の中で、天井からぶら下がった「佐々木」と書かれた看板が目に痛い。
……いや、どこかで見たことがある。この光景を目にしたのはいつのことだ?
答えを思いつく間もなく、横から光が差し込む。その眩しさに目を閉じると、次の瞬間には目の前に列車が止まっていた。
ドアが開かれ、古めかしい内装がその姿を現す。
そうだ、思い出した。この光景は――
ドアをくぐると、そこでは琥珀色の髪と瞳を持つ、あの人が待っていた。
「やぁ、久しぶり。元気にしていたかい?」
「どうしたんだい?この前倒れたあの時みたいに、顔色が真っ青だよ?」
「……長い夢を見ていたようです。気にしないでください」
「それほどの悪夢と言われると気になってしまうよ。思い出したくなさそうだから深くは聞かないけどさ」
「そうしてもらえるとありがたいです」
どんな夢を見ていたのか、何も思い出せない。
人は思い出したくないようなトラウマや記憶を、きっかけがない限りできるだけ思い出させないようにする、なんて学説を聞いたことがある。その影響だろうか。
まぁ夢はもともと思い出しにくいものだし、気にしないでおこう。
「それで?君の方から乗車しにきたってことは、何かあったんだろう?」
「えぇ、まぁ。相談……になるかもしれないんですけど」
「いいさ、好きに話したまえ」
質問したいことは山ほどあるがまぁまずは。
「能力ってなんなんですか?」
「その質問は曖昧がすぎる。もっと具体的に聞いてもらわないと、私としても答えようがないよ」
「じゃあ、能力のメカニズムってどうなっているんですか?どうして能力が目覚めたり、目覚めなかったりするのかとか……」
「――そうだね」
やはり何でもかんでも喋ってくれる、とはいかないか。こんな風に悩むってことはそういうことなんだろう。
「それを順序立てて応えるためには、私からもいくつか質問する必要がある。先にいいかい?」
「どうぞ」
「それじゃあ。君が能力を自覚したのはいつのことだい?」
一瞬だけ、応えるのに躊躇した。
まぁ、この人にならもういいかと、そう思えてしまえるんだけど。
眼帯を外し、その両目を向けながら話を始める。
「僕が事故にあってこんな瞳になってしまった、っていうのは以前お話ししましたよね」
「あぁ。沖田総司の話に夢中だったけど、そちらもきちんと覚えているとも」
「事故の時、生きるか死ぬかの瀬戸際がずっと続いてたらしくて。それがひと段落してからも、しばらく意識がなかったんです。それで目を覚ました時には、なぜか自分の能力のことを理解していました」
話していると、猛烈に喉が乾いてしまう。急いで紅茶を飲み干すけど、体の熱で蒸発していくようだ。
それを見計らった
「そうか。そうか……」
また考えるようなそぶりを見せる。普段の饒舌で、飄々としたような態度からは想像もつかないほど、慎重な目つきをしていた。
「――能力についてはまだわかっていないことの方が多い。なぜそれが芽生えるのかについても未解明のままだ。この前言及した0.001%っていう数字も、推測じゃなく憶測なんだよ」
「そのくらいのことは覚悟してました。解明されているなら、世間に浸透していてもおかしくなさそうですし」
「恐ろしいことを考えるね」
思ったことをまっすぐ言っただけなんだけどな。そんな皮肉を言われるって、やっぱり僕が知っている以上に問題のある存在なんだろうか。
「能力の種類についても様々あるが、基本的には芽生えた瞬間には、持ち主は能力についての知識を手に入れているということだ。君みたいに、よくわからないけど気がついたら使えるようになっていた、なんてのが一般的なんだよ」
「それって問題になるんじゃないですか?僕みたいな一般人が持ってたら、普通に誰かに言いふらしかねないと思うんですけど……。でも世間的に認知されてるわけじゃありませんし」
「単純に数が少なかった、持ってることそのものがデメリットにしかならない能力があった、言っても信じてもらえなかった――いろんな要因が重なった結果だろう」
「希少性については難病レベルですもんね。納得できるような、できないような……」
自分の中の希少性の感覚が壊れていく音がした。ここ一ヶ月くらいでいろんなものに遭遇しすぎじゃないだろうか。
「しかし希少性について言及するなら、君の瞳も相当なものだろう」
「あぁ、よく担当医に言われましたよ」
虹彩異色症自体が珍しい病気なのだが、多くの場合は遺伝子疾患が原因による先天性のものらしい。僕みたいに後天的に発症するケースは非常に稀なんだとか。事故の衝撃が原因だろう、と曖昧な形でしか報告されていないあたり、断定できないほど先例が少ないことが伺える。
「珍しいからって、それで幸せなわけじゃないですけどね」
ほんと、僕に関しては損しかしていない。
「能力も同じことが言えるよ。面白い話をしてあげようか」
「是非お願いします」
「……やたら食いつきがいいね。話す側としては好都合だが」
そりゃまぁ、いろんな話を聞いてきたであろう
「有名な能力者の話だ。彼女に能力が芽生えてから数日後、大寒波が襲いかかってきて住んでいた村が彼女を除いて全滅した」
「……はい?」
「彼女もほとんど死にかけの状態だったが、あまりにも異常だったもんだから保護された。今はシベリアか北極か……どこかの凍土に幽閉されている」
いや、意味がわからない。
「さて、ここで問題。一体彼女にはどんな能力が芽生えたのでしょうか?」
……あーいや、そういうことか。というか話の流れからして推察は簡単だろう。
「大寒波を引き起こす能力、とかそんなところですか」
「正解だ。彼女は自分の能力で寒波を引き起こした。制御できないタイプの能力だったのが災いしたね」
自分はよく言えば普通だったんだな。瞳を晒すのが僕にとっての精神的な枷として働いているけど、僕以外の人にとってはデメリットなど皆無に等しい。疲れるとかそういうのはともかく。
「とても面白い話でした」
能力について知ることができる、貴重な話だった。
「君も気をつけることだね。君は自分が思っているその数百倍くらいの面倒ごとに首を突っ込んでいる。そう考えたほうがいい」
「……肝に命じておきます」
今までこの人のことを勘違いしていたのかもしれない。
普段の振る舞いからはなかなか気づかせてもらえないほど、その本性は慎重だ。
僕に優しく接してくれて、なおかつ能力についての情報も提供してくれているけど、おそらく重要なところについてはしっかりと伝えてくれてはいないのだろう。
今回の話だってそうだ、話すときにかなりぼかして伝えられている。必要最低限のことだけでも理解はできるが、何か足りない気がする。いや、憶測だ。けれどこの言いようのない違和感はなんだろうか……。
危険性を早い段階で伝えてくるということは、僕の能力に幾らかの疑義を持っていることに他ならない。
僕の最初の能力が、自分と相手の目と目を強制的に合わせさせる。それだけなのは事実だ。あまりにも使い勝手が悪すぎるし、用途が非常に限定されていることはさておき。
けれど本当にそれだけの能力であれば、何も警戒する必要はないだろう。なにせ危険性はほとんど0なんだから。そこに疑いの目を向けるってことは、もしかすると僕が新たな能力に目覚めたのを薄々感づいているかもしれない。それがどんなものなのかまでははっきりしていないが……、といったところだろうか。
能力は基本的には一つだけだ、といったのは
そして能力が増えることへのアナウンスもない。能力を生み出す能力、なんてとんでもチート能力を僕が持っていたとして、それならそうと能力自身が僕に知識を与えてくれるはずなのだ。しかしそれがないということは、こちらも僕は例外に属することに他ならない。
可能性は二つ。一つはこの人の言ってることのほとんどが嘘っぱちだということ。もう一つは、僕が数少ない能力者の中でも、さらに数少ない本物の例外だということ。
判断材料が少ないとはいえ、状況が異常なのは誰だってわかる。同じ立場になって気づかない人なんていないくらいだ。
宝石会のこと、目の鞘が外れる能力のことについては、しばらく秘匿しておこう。とんでもない大爆弾を背負っていることを伝えたら、その人物がどうなるのかは想像に難くない。
それに
入りあげようと思った時、ちょうどよく列車が駅に止まった。
「……今日はありがとうございました」
「まぁいいさ。君のことはなかなか気に入っている。何か面白い話が会ったら話してくれ。それが運賃になる」
「わかりました。ではまたいずれ」
その場を急ぐように、駅のホームへと降り立つ。
悩むことは多い。休み明けからが本番だ。
とにかく小説を書こう。そうすれば悩みは吹っ飛ぶ。肩に荷を乗せながら書いてもうまくいかないだろうし。
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