第12話
小説の題材が、まるで見つからない。
何を書けばいいのかわからない。そんな思いで頭がいっぱいになってしまっていて、周りが全く見えていなかった。……正直、そのことに気がつけただけでも、自分としては合格点をあげたいところだ。
けれどそれを理解したのは夜の10時。ついにゴールデンウィークまであと二時間というところになってからではあまりにも遅い。
いや、これ以上焦っても仕方がない。とにかく今日は眠ろう。そうやって頭をリフレッシュさせる。
明日はどこか図書館にでも行って、何かの情報を仕入れてみる。それでも無理なら町内の散歩だ。とにかく1日を費やしてもいいから、筆を取るための準備をしよう。
……不安だ。
そんな思いを胸いっぱいに抱えて、その日は就寝した。
*
ガタン、ゴトン。そんな音を聞いてふと、目が覚める。
目の前には古びた木製の座席があって、その瞬間に僕の部屋でないことを察した。布団などどこにもなく、僕は座席に座りながら眠っていたようだ。
寝起きとは思えないほど目が冴えていて、周囲の確認がスムーズにできてしまった。どうしてだろう。けれどそんな疑問はすぐに消え去った――そもそも、ここはどこだ?
右目が何も見えない。寝るときは眼帯を外しているはずだが、いつの間にか装着させられている。それと同時に自分の服装を確認すると、高校のセーラー服に着替えさせられている。眠る前は当然寝間着を身につけていたはずだ。
周囲を見回すと、どうやら列車の中らしい。窓という窓にはカーテンがかけられていて、外を見ることは叶わない。試しにカーテンを引っ張ろうとしたものの、固定されているかのように全く動かせなかった。
しんと静まり帰った列車の中で、乗客は僕一人。
まるで宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の世界に迷い込んだようだ。だが銀河ステーションのアナウンスは聞こえなかったし、カムパネルラのような友人が登場する気配もない。
不可解な状況ばかりで、心も体も現実に追いつけていない。
不安を胸に立ち上がろうとすると、突然に僕の後方から扉が開いたような音がした。音のする方向を振り返ると、いかにもと言わんばかりの車掌服を着た、茶髪の女性が車両に入り込んでいた。車掌服もネクタイを締めたブレザーチックなものではなく、昭和感溢れる学ランに近いものだ。
全体の世界観が古く設定されているのだろうか。
戸惑う僕をじっくりと見つめながら、車掌が口を開いた。
「ようこそ、
「えっと、はい……」
優しい声色に返事することもままならない。頭の中は混乱するばかりで、ここが果たして夢の中なのか、あるいは死後の世界に近い場所なのか、そんなことを考えるばかりだった。
「ここは悩める人間が迷い込む列車。私が人々の話を拝聴するために走る、夜の世界に融け込む列車。終点までは一時間足らずで到着いたします」
思っていたよりも短い。銀河鉄道の夜を読んでいた時は、ジョバンニたちは一昼夜以上も迷い込んでいたように感じていた。あの作品はそれほどまでに濃密だった。
車掌が僕の前に座る。
「まさかゴールデンウィーク前に乗車する人がいるとは思わなかったなぁ」
車掌はきりきりとした口調を崩し、かなりフランクに話しかけてきた。
「見た所あなたも思い詰めてるみたいだけど、何があったのかな?」
「えっと――」
「おっと、悪い悪い。やっぱり突然こんなところに呼び出されちゃ、警戒心が湧くのは当然だ。少し待ちたまえ」
パチン。車掌が指を鳴らすと同時に、僕たちの間に小さな長方形の机と、その上にカップやジャムの瓶などがずらりと並べられたものが出現した。厳密には、僕の瞳はそれが現れる瞬間を捉えることはできなかったけれど。
「まずは紅茶でもどうかな。本当なら
ポットから二人分のティーカップに紅茶がなみなみと注がれる。注がれた紅茶は湯気をまとっていて、その香りが鼻まで届くと、安心感のようなものが芽生えた。
「遠慮なくいただいてくれ」
そう言いながら車掌は自分のカップを手に取り、紅茶を飲み始めた。
「――うん、やはりティーだな。私にはこれが一番合う」
そう言いながら今度は、スプーンで瓶から直接ジャムを掬って食べ、また紅茶を口にする。
ジャムを添えるのはロシアンティーだったか?うろ覚えの知識を頭に浮かべながら、車掌に倣って紅茶を口にした。
……美味しいな。普段は紅茶なんて飲まないけど、他のお茶と違って甘みを強く感じる。暖かさが体に染み渡って心地良い。
「ジャムも食べなよ。私の手作りなんだ」
言われるままもうひとつのスプーンでジャムを食べた。イチゴのジャムかな?ただ甘いだけじゃなくて、舌の上には酸味がわずかに残る。僕の食べたことのない味だ。
そのあと紅茶を飲むと、それらが混ざり合って別の味を生む。なるほど、イギリス人がアフタヌーン・ティーに情熱を捧げる理由が、少しわかった気がする。
「……とても美味しいです」
「そうかい、それはなによりだ。緊張もほぐれたみたいでよかったよかった」
こほん、と車掌が小さな咳を交える。
「そろそろ本題に入ろうか。悩みがあるんだろう?私に解決能力は保証できないが、誰かに話すだけでもいくらか楽になることがある。話してみなよ」
……この際、この人に小説のことを相談してもいいかもしれない。吹聴されたところで困るものでもないし、今は猫の手を借りてでも前に進みたい。何もできないまま佇むように留まり続けるのは、僕には息苦しく感じてたまらなかった。
「今、小説を書こうとしてるんです」
「小説家なのかい?随分と若く見えるが」
「そんな大層なものじゃありません。まだ今は学校の部活動で書くための、そんなにちゃんとしたやつじゃないですから」
言い終わってから、言い訳がましい文言だったと反省する。
それにそもそも、ちゃんとしたやつでもないくせに迷い続けているのだから、自らの不明を恥じるほかない。
「題材が決まらないままで、なかなか筆を進めることができなくて、どうしたらいいのかな、って……」
「ふむ」
それだけ頷くと、車掌がまたパチンと指を鳴らす。そうすると彼女の座っている座席の傍に、今度は錆びたような緑色のハードカバーで装丁された分厚い本が一冊出現した。
表紙にはロシア語と思しき表題と、その下に大きく日本語で『死せる魂』と題されている。その下にはまた小さな文字でロシア語が、さらにその下にカタカナで『ニコライ・ヴァシーリエヴィチ・ゴーゴリ』とそれぞれ綴られていた。
僕が本の方へ目を落としているのを察してか、車掌は本を手で掴もうとしていたのところを、タイトルが隠れないように持ち方を変えて目の前に持ってきた。
「死せる魂、読んだことあるかい?」
「ありません。タイトルも初めて聞きます」
「う〜ん、そっか」
はぁ、と小さなため息がかすかに聞こえた。彼女は少し残念そうな顔を浮かべて、話を続ける。
「こいつは1842年に執筆・出版されたんだが、現代までロシア文学の最高峰、名作中の名作として、いろんな読書家に太鼓判を押されてるんだ。日本でもそれなりに読まれた時代があったんだけどね」
「すみません、海外文学にはあまり明るくないもので」
思えば僕は、国内作品ばかりを選りすぐって読んでいる気がする。海外作品はとっつきにくい印象が強いのだ。特に翻訳の良し悪しによって、作品の良し悪しまで変わってしまうような気がして、なかなか読む気にはなれない。読まず嫌いと言われてしまえばそれまでなのだが。
「著者のゴーゴリは帝政ロシア時代の人物で、死せる魂自体は30歳くらいの時に執筆された作品なんだ。全3部作、私が今取り出したのはその中の第1部に当たる」
「1部でそれってことは、まだ2部、3部が連なっているわけですよね。執筆への熱量がすさまじい方だったんでしょうね」
「……残念だが、ゴーゴリは第2部の原稿を途中で二度も燃やしてる。しかも最後はそのまま書き終わることなく死んだ。3部に至っては構想から一度も前に進まないままだ」
……こういうものをなんと評するべきなのだろう。
「第1部を書き終えてから10年。途中で『外套』って作品を執筆してるんだけど、それでもなお第2部はなかなか筆が進まなかったらしい。最初に原稿を燃やした理由も「執筆が進まないことへの苦悩」があった、なんて言われてる。熱心に取り組み続けたのはいいけど、結局脱稿することは叶わなかったわけだ」
あまりにも壮絶すぎる。ゴーゴリがどんなことを考えて執筆していたのか、その内容を僕は知らないけれど、その中にあったであろう強い熱意は伝わってくる。
でも、そんな強い熱意をもってしても――
「そこまでの熱意があったとしても、小説家には書けないもの・時がある。プロもアマも関係ない。無理な時は無理だし、書ける場合はスイスイ書けたりする。往往にしてそんなものなのさ」
改めて、作家という存在の恐ろしさを理解する。
「僕は、どうするべきなんでしょうか……」
書けない。
そのような事実を突きつけられてなお、僕は答えるための言葉を思いつけないままだった。
心が焦燥を感じている。僕は何を目指していた?――小説家だろう。
理由は大したことない。昔から読んでいて、それで好きだったから。それだけの簡単なことだ。そこにドラマもなにもない。
それでもあの日、沖田さんと約束してしまった。あの人の生き方が、僕の目には高尚なものに映ってしまったから。あの人を尊敬したいと思ってしまったから。
今思えばそれはまさに――
「短絡的すぎだろう。焦りすぎとは言わないが、もっと落ち着いてみたらどうなんだい?」
――ゾッとする。僕の考えていることすべてが見透かされているような感覚。
それを感じた瞬間、僕は嘔吐しようとした。けれど口からは薄い胃液とよだれだけが垂れて吐き出されるばかりだった。
目が痛い。その場でうずくまるようになりながら、右目を抑える。呼吸が荒くなっていくのがわかる。そのまま視界が暗くなっていく。音も聞こえなくなっていく。
精神的に強いショックを受けた時の、いつも通りの症状。
はっとして視界が開ける。
そうするとどこにも列車だった風景はなくて、真っ暗な自分の部屋が眼前に広がっていた。右目に眼帯なんてないし、服装だって寝間着のままだ。夢を見ていただけと言わんばかりに、僕は布団から起き上がっている。
額は汗でびっしょりと濡れていて、身体中を不快感が襲う。けれどさっきまでに比べたら100万倍はマシだ。心臓の鼓動が少し早まっているくらいで、心の方はだいぶ落ち着いていた。
夢だったのか。あるいは、僕のこの瞳のような能力によるものだったのか……?
それを確かめる術はもうどこにもない。
「シャワーでも浴びようかな」
どっと疲れがたまり、布団に手を置いて楽な姿勢になる。その時、枕の下に何かが挟まっていることに気がついた。
まさか。
恐る恐る枕を取り除くと、そこには列車の中で見せられた、あのゴーゴリの死せる魂があった。
「……え?」
あれは夢だった、そして現実でもあった。まるで矛盾しているかのような事実を叩きつけられる。
本に触れる。ハードカバーの質感は古き良き書物という雰囲気を醸し出している。
古書特有の形容しがたい、どこか懐かしいような香りが、窓から吹く風に乗って僕の鼻腔を刺激した。
喉が、鳴る。
カバーをめくると香りはよりいっそう強くなる。印刷のインクか、紙の質からか、一体何がこの香りを生み出してくるのだろう?どこか黄色っぽく日焼けした紙が何かを語ることはない。
心が安らいでいく。やっぱり僕はこの香りが大好きだ。本に囲まれていた幼い頃を思い出す。懐かしい、という表現は当時の記憶を呼び覚ますからこそ出てくるものかもしれない。
*
『死せる魂』、そして同時に収録されていた『外套』。その二作を読み終えた頃、窓からは朝日がうっすらと差し込み始めていた。
読み始めてから何時間が経ったのだろう。起きた時の時間を確認していなかったし、作品を味わうことに夢中になっていたせいで、定かではない。
――難しかった。
随所に脚注が散りばめられていて、それぞれ当時の帝政ロシアについて、あるいはロシアにゆかりのある物品についての説明がされているのだが、それらを把握しておかないと作品の流れそのものに支障が出てしまう。
内容そのものは長い上に複雑で、ん?と思った時に度々読み返す必要があった。読了した今でさえも、おそらく完璧に把握しきれてはいないだろう。
一番印象に残ったのは地の文だった。まるで主人公を友人のように扱いながら話すし、形容する時には数種類のものを例に挙げる。翻訳者の腕によるものなのか、元の文からこのような具合だったのかはわからないが、僕にとってこのような文体は新鮮極まりなかった。
こんな具合だったから、読了の瞬間はやった、読み終えた!というような達成感に包まれた。
当然疲れは溜まっているのだが、不思議と眠たさは感じない。ゾーンに入った、とでも形容しようか。そんな気分だ。
僕は本棚の中から宮沢賢治全集を取り出し、銀河鉄道の夜を貪るように読み始めた。
何度読んでも、美しい世界を魅せられている感覚を覚える。心地よい水面の上に浮かびながら、時間を気にすることなく星を数えているような。人間の命が儚く輝いた、そんな歴史を僕たちは読まされているのだ。
死せる魂ほどではないにせよ、銀河鉄道の夜を読了する頃には日が高く昇っていて、それを確認しながらゆっくりと布団の中へ沈んでいった。
もちろん、寝巻きのまま。時計は結局見ていないけれど。
そして僕は心のどこかで確信していた。夢の中で、またあの列車に乗ることができると。
――ガタン、ゴトン。眠りについてからどれほど経ったのかは定かでないが、線路を渡る確かな音が徐々に大きくなっていく。それに同期するように、徐々に瞼を開いていく。
右目はやはり眼帯で覆われていて何も見えない。左目は目の前の景色をありありと写している。そして右腕には、死せる魂が抱えられていた。
僕はまた銀河鉄道に――否、
「さっきは申し訳なかったね。君がそこまで、精神的に追い込まれているとは思わなかったんだ」
「私のは病気レベルですからね、どこに地雷があるか自分でも把握してないんです。気にしないでください」
精一杯の言い訳をする。こんな自分の脆さには辟易してしまいそうだ、まるで他人事みたいに。そのせいで微妙な厭世観ばかりが心の中に広がっていった。
「あれから私なりに色々と考えてみたんだけどね、小説を書くためには――」
「それについては、私の中で解決しました」
「――そうかい、それは何よりだ。私が渡した本は役に立ったかい?」
「まぁ、はい。内容はとても難解でしたけど、面白かったです」
内容を理解するには、おそらくはあと5周くらいする必要がある。
「そうか、そうか――」
車掌が立ち上がる。
「ここは窮屈だね。こっちに来客用の部屋がある。ついてきて」
僕は言われるまま立ち上がり、彼女の背中を追って連結車両の中を歩いた。
こうして歩いているとわかるが、普通の電車と比べると車体の揺れは小さい。確かにガタン、ゴトンと揺れるのだけど、そうではない普通の揺れがほとんどないのだ。
そして窓の外に見える景色は、どの車両から見ても夜空だけだった。僕が眠る前は日が昇っていたはずだけど、朝日が昇る気配は全くない。
「さぁ、座りなよ」
小さな丸いテーブルに、さっき見せられたティーセット。部屋の脇には乗降口をふさぐように本棚が並べられており、奥にはカウンターバーが設置――一目見てわかるほどの豪華ぶりだった。
「この列車に乗車するお客さんっていうのは、二種類に分けられる。偶然乗車するお客さんと、自分から乗車しに来るお客さんだ」
「さしずめさっきの僕は前者、今の僕は後者……ということですか」
「そうだね。この部屋に招待する条件の一つはそれだ。あとは私と親しいかどうかと、勘に頼っているとか、曖昧な条件ばかりだけどね」
つまるところ、車掌が選んだ人間しか入れない場所なのだろう。そんなところに容態されるとは、光栄な話だ。
「飲むといい、知り合いから提供してもらったハーブティーだ。君に聞くほどの効能かはわからないが、鎮静作用が含まれてる」
カップにお茶を注ぎながら、車掌はそう説明してくれた。
「では、いただきます」
一口飲んだ瞬間、口の中に爽やかな香りが広がった。薄荷のような強烈な感じではないけれど、心なしか頭もさっぱりとさせてくれるような感覚を覚える。
思わずほっ、と小さな吐息が口から漏れ出した。
「落ち着いてもらえたなら、そろそろ君の話したいことを話してもらおうかな」
「……随分と察しがいいんですね」
「まぁね」
「じゃあ、私の両目を見ていてください」
そう言いながら眼帯を手を掛ける。ある予測をしているお陰か、沖田さんの時とは違って淀みなく外すことができた。
その瞬間、車掌としっかり目が合う。
「……あぁ、あなたも能力を持っているんですね」
すでに僕の、目を合わせる能力は発動している。現に車掌は僕から一度も目を逸らしていない。しかし彼女は驚くような素振りを一切見せない。
ずっと目を開け続けるのは無理だ。堪えきれずに瞬きをすると、その一瞬で彼女は既に僕から目を逸らしていた。まるでタイミングをしっかりと計ったかのように。
「その碧眼を見ることがトリガー、というところかな?」
「いえ、両目と両目を合わせたときです」
「じゃあ片目を潰してしまえば、君の能力は一生使い物にならなくなるわけだ」
背筋がゾクりとする。ハーブティーを僕に進めたときと同じような、それが当たり前のような口調で彼女は話す。
「――冗談だよ、驚かせたね。どうにも癖が抜けきらないみたいだ」
彼女はそう言いながら笑うけれど、僕は苦笑いを返すしかなかった。
ハーブティーを一口すすり、気持ちを落ち着かせる。
「……それで、聞きたいことがあります」
「いいよ」
「この
「そうだよ。もっとも、本当の名前が別にあるけどね。その名前は私の友人が名付けたものだ」
「……やっぱり、そんな世界が存在するんですね」
夢の中の世界だなんて、そんなに都合よく片付けていい事象ではない。そもそもの話、起きた時に死せる魂が手に抱えられていたこと、そのものが異常だったんだ。
それに疑問を持つことの、何が不思議だろうか。
「能力が発芽する可能性なんて、研究者の中じゃ0.001%くらいなんて言われてるからね。知らない人間の方が圧倒的に多いさ」
世界の人口80億に対して0.001%……約800万人?
「数字の上では多いけどね、実際は当たり外れがあまりにも激しいものだから、世間に露呈することはほとんどない」
「……僕は特別なんでしょうか?」
「それでいいよ。その能力が有用かどうかは別の話になるけどね」
そりゃあ使い勝手はよくないだろう。ただ他人の目をまじまじと見つめるためだけの能力だ。応用性なんて何も思いつかない。
それに比べて、
つまり、夢の中だけで終わらない。……影響力がどれほど大きいのか、想像するに難くない。
「能力というのは一人につき原則一つと決められている。先天的に二つ以上持っているやつは見たことがない。そんなわけだから、君はその瞳と一生向き合わなきゃならなくなるだろう」
何かが引っかかった。
具体的にどれとはわからない、もやもやとした違和感。
「ははは、苦虫をすりつぶしたような顔になっているよ」
そんなに険しい表情をしていただろうか。
「まぁ私から今伝えられるのはこのくらいだ。片碧眼の君にはおめでとう、とでも言えばいいのかな?」
「どうなんでしょうね。まだなんにもわかってない気がします」
「続きはもう少し対価が必要になるね。私が話してばかりは暇で暇で仕方がない」
「対価?」
「そりゃあもちろん、次は君から話を聞かせてもらう番だ」
どうしてなのか、右目を抵抗なく見せられたからか?不思議と抵抗感はなかった。
「面白い話かはわかりませんが、僕の身の上話でよければ」
そうして、沖田総司を名乗る少女の話をした。私の憧れる人の話を。
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