十章 3
「私はマイルズにかなりの額の金貨を渡したのだが、やつはそれを使いはたし、州都で役者をしていたらしい。
だが、何かの因縁だろうか。商売道具の顔に、マイルズは火傷を負ってしまったのだ。ほかに頼るつてもなく、私に泣きついてきた。私が火傷のあと仮面をつけるようになったと、ウワサに聞いたようだ。それなら、自分の
最初は小額をせびっていくだけだった。だが、困ったことに、やつは勘だけはするどかった。人の心の機微を読み、それを暮らしのタネにしていたからだろう。すぐに私とジョーナスの入れかわりに気づいた。こっそり、あとをつけて、私たちのうち一人が、つねに牢屋にいることを知った。そして、私が牢で眠っているすきに、鉄格子と仮面の鍵をうばった。返してほしければ、自分も伯爵にさせろとおどした。自分はこんな顔になって生きていく楽しみがないから、せめて伯爵のふりをして、贅沢ざんまいがしたいと言うのだ。鍵をうばわれ、隠されたので、私たちは否応なく従わなければならなかった。
だが、マイルズはいっこうに鍵を返さなかった。この二年、私は牢屋にいて、ジョーナスとマイルズが交代で伯爵になっていた。というより、しょっちゅうマイルズは町へ遊びに行くので、そのすきを狙って、ジョーナスが伯爵の業務をこなしていた。判断に困ることは私に聞きに来た。
マイルズが伯爵になっているときは、ジョーナスは制服を着て、城の兵士のふりをしていた。城を出て二十年になるので、メイベルの前にだけ顔を出さなければ、誰もジョーナスを知る者はいなかったからな。そうして、マイルズを監視していた。でなければ、マイルズは浪費に明け暮れ、いつ、ボロを出すか知れたものではなかった」
ワレスは
「それについては、花街の女たちが十二分に語ってくれましたね。マイルズの火傷は役者としては致命傷だが、人前に出られないというほどではなかった。外ではマイルズに戻って、楽しくやっていたようです」
「さもあろう。おかげで、私の金庫は、いつもすっからかんだ。まあ、そんなことはよいのだ。どうせ、たいした額ではない。一定額以上は、やつに手出しできないよう、手をまわしておいたしな。しかし、私は二年前、やつが舞いもどってきたとき、約束どおり手討ちにしておくのだった。私がやつを哀れんだばかりに、可愛い妹がつらい思いをすることになるとは……」
伯爵の視線に気づいて、メイベルはうなだれた。
仮面の奥の伯爵の目が、いたわるようにメイベルを見る。
メイベルの美貌に、マイルズのような男が目をつけないわけがない。
「メイベルのそぶりがおかしいと、ジョーナスから聞いた。私はジョーナスに、マイルズの深夜の行動をさぐらせた。それで、ようやく、マイルズの卑劣なふるまいを知ったのだ。私はジョーナスに、私に代わってマイルズを成敗してくれるよう頼んだ。だが、それきり、ジョーナスは帰ってこなかった。あとのことは、エベットから聞いた。伯爵が殺されたこと。犯人は捕まらないこと。皇都から役人が来たことなど」
「では、あの夜、何があったのか、ほんとのことを知ってるのは、ジョーナスですね? 話してもらえますか?」
ワレスがうながしても、ジョーナスは渋っている。だが、私も聞きたいと伯爵が言うので、やっと話しだす。
「あの夜、閣下の命をうけた私はぬけ道を使い、閣下の寝室へ行きました。寝室に小さな灯りがついていた。見ると、やつは眠っていました。私は用意していた短刀で、マイルズの胸を刺しました」
ワレスは反論した。
「そこは違うでしょう。刺したのは、あなたじゃない。もし、あなただったなら、家人がかけつけてくる前に、マイルズの死体をかかえて、ぬけ道のなかにほうりこんでおくことができた。そのあと、なにくわぬ顔で仮面をつけて出ていけばいい。家人は男が一人、同じ城のなかで殺されたことにも気づかなかった。悲鳴はただの発作だとか、机のかどに足をぶつけたんだとか、てきとうにごまかすことが、いくらでもできた」
「私はあなたほど機転がきかないので、とっさにどうしていいかわからなかった」
ジョーナスは言いはったが……。
「わたしです。わたしが、あの男を殺したのです」
両手で顔を覆い、メイベルが床にくずれおちる。
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