九章 3


 城へ帰り、馬屋に馬をかえす。

 広い前庭を歩いている途中、メイベルを見かけた。メイベルは庭木のそばに、しゃがみこんでいた。泣いているように見える。

 ワレスが声をかけると、メイベルはあわてて立ちあがった。


「あら、おでかけはもういいの?」

「おかげさまで収穫はありました。ところで、ぐあいが悪いのでは?」

「いいえ。大丈夫。ちょっと考えごとしてたら兄のことを思いだして……」


 メイベルは青ざめた顔で、むりに笑おうとする。なんだか痛々しい。

 ジェイムズさえいなければ、抱きしめてあげるのに。それができないなら、せめて手をにぎってあげよう。


 そう思い、一歩、近づく。

 メイベルはワレスをさけるようにあとずさった。

 ああ、そうか。やっぱり、この前のことは秘密なんだなと、思い直し、ワレスはふみだしかけた足を止める。


「大事ないならいいのです。ごきげんよう」


 ワレスが立ち去りかけると、メイベルが引き止めた。思いつめたような顔をしている。


「あの……相談があるのですが」

「ええ。なんですか?」


 ワレスはメイベルのほうへ近づきかけて気づいた。ほのかに、すっぱい匂いがする。

 メイベルの足元を見て納得する。だから、メイベルはワレスにそばに来てほしくなかったのだ。メイベルがしゃがみこんでいた庭木のかげに、吐きもどしのあとがあった。やはり兄を亡くしたことによる心労から、体調をくずしているのか。


 ワレスは礼儀上、気づかなかったふりをした。


「兄上のことで相談ですか?」

「思いだしたことがあるのです。事件が起こる少し前に、兄が言っておりました。サイモンたちが城へ来る前のことを、調べなければならないと」


「サイモンたちに問題でもあったのですか?」

「わかりません。でも、とても深刻な口調でした。あのあとすぐに事件が起こったものですから、関係があったんじゃないかと、ふと思ったのです」


 城へ来る前——つまり、町にいたあいだのことを調べる。それは、兄妹の出自に疑問をいだいたということだろう。兄妹は父サイモンが死んだあとになってから、城に引きとられた。彼らが父サイモンの子どもであるという、確実な証拠がない。


(もし、兄妹が伯爵家の子でないなら、それをあばこうとする伯爵を、サイモンは殺そうとするよな?)


 ワレスはメイベルの美しいおもてを見つめた。


「わかりました。明日から調べてみましょう。サイモンたちが暮らしていたのは、どの町ですか?」


 メイベルが告げたのは、馬で五日はかかる町だった。



 *



 翌日。

 ワレスは城内の気になる小さなことを調べなおした。


 たとえば、怪しい男が上にいたと思ったのに、階下に現れた塔の内部。

 なんのことはない。あの部屋は昔、兵士の詰所だった。そのため、すぐに伝令に走れるよう、室内から、いっきに階下へすべりおりることのできる鉄の柱があった。男はそれをつたって下へおりただけだ。


(あの男は城内にくわしい。それも当然だ。この城で生まれ育った人物なら)


 そして、もうひとつ。建物に関しての発見があった。伯爵の部屋のクローゼットだ。


 以前、そのドアをあけてみたとき、ワレスは変な感じがした。浴室とクローゼットは、部屋が二分されてるのでわかりにくいが、それにしても、衣装部屋の奥行きが、リビングルームにくらべて、せまい気がした。


 あらためて調べると、衣装部屋の奥の壁に隠し扉があった。

 なかは薄暗い階段だ。

 おどろくジェイムズをその場に見張りとして残し、階段をくだってみた。


(一階、二階、三階、四階ぶん。つまり、ここは地下か)


 階段をくだりきると、石の壁にかこまれた石畳のろうかが、まっすぐ続いていた。


 暗闇をロウソクの弱々しい光をたよりに進んでいく。


 やがて、ろうかは行き止まりになった。低い天井に取っ手のついた部分があった。つかんでみると、上に動いた。石の一部がはずせるようになっている。かなり重いが、男の力でなら、一人で持ちあげることができた。


 外に首をだして、ワレスは目の前にそびえるものを見た。裏庭だ。あの塔のすぐ近くに、出口は通じていた。


(古い時代のぬけ道だな。戦乱の時代には、もしものときの脱出用に、こんな隠し通路が用意されていたんだ)


 それだけ確認して、また出入口の敷石をもとにもどす。ジェイムズの待つ伯爵の部屋まで帰っていった。


「どうだった? ワレス」

「ああ。もう、わかったよ。あの夜、何があったのか」

「本当か?」

「こまかい部分は想像でおぎなうしかないが。それと、あとひとつ、大伯母さんに聞いておきたいことがある」

「サイモンたちのことかい?」


 ワレスは笑って答えない。


 二階へおりて、クロウディアの部屋をたずねた。クロウディアは部屋にいた。レース編みをしながら、ワレスたちを迎える。ジョスリーヌが機嫌を悪くして部屋にとじこもっているので、お相手をする必要がなくなったのだ——と、上品に口元を隠して笑った。


「いけませんよ。ジョスリーヌさまは若くして夫を亡くされた、かわいそうなおかたですからね。殿方なら、もっと優しくしてあげませんと」


 ジゴロの本分に励めと叱られて、ワレスは苦笑した。


「理解があるのですね。おれの仕事に」

「こう見えて、わたくしも苦労しておりますのでね」

「もしかして、その苦労のひとつには、弟君——先代伯爵のこともありますか?」


 クロウディアの編み針が止まる。

 無表情になってしまったクロウディアに、ワレスはたずねる。


「マリットは先代伯爵の愛人だったんじゃありませんか? いかに現伯爵の乳母とはいえ、あんなお屋敷までもらって、待遇がよすぎる。わけがあると考えるのが自然でしょう?」


 クロウディアは吐息をついた。ふたたび、編み針を動かし始める。


「マリオンは妻のリベラを愛しておりましたよ。ただ、リベラは体が弱かったものだから。そのへんの事情は、あなたならお察しでしょう?」

「なるほど。それで、マリットが」

「ええ。マリットは、でしゃばらない女でしたからね。リベラを立てて、うまくやっておりました」

「マリットにも息子がいますね? 先代伯爵のご落胤らくいんの」


 何がおかしかったのか、クロウディアは、ほほほ、と笑い声をもらした。


「役者になると言って、ずいぶん昔に城を出て、それっきりですがね。今ごろ、どこでどうしているものやら」

「役者にね。そういうことですか。ありがとう」


「お役に立ちまして?」

「はい。苦労の多い人生でも、最後に家族と笑って暮らせるなら、上々だとは思いませんか?」

「そうなることを願いますわ」


 ワレスは老婦人の頰にキスして別れた。

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