八章 2



 家令のグエンストは、三十すぎの若い男だ。身分の低い召使いの子どもだったが、数字に強い才能を伯爵に見こまれた。皇都の学校を出してもらったうえ、家令にまでとりたてられた。


 そのため、伯爵にひじょうに強い忠誠心を持っている。私腹を肥やそうと思えば、いくらでもできる立場を、まったく悪用することなく、誠心誠意、働いている。


 伯爵の座が空白の一ヶ月、伯爵家が混乱なくやっていけたのは、ひとえにグエンストのおかげだ。


「閣下のご自由になさる、お手持ち金でございますか?」


 昨日、オーガストから紹介されているので、グエンストはワレスの問いにも快く答える。


「それでしたら、閣下は決まりの額だけ、金銀銅貨、それぞれの袋にわけて、月初めにご自室にお取り置きになられておいででした。そして、どんなことがあっても、それ以上の額を渡さぬようにと、私にきつくお言いつけでした。

 閣下はあのつらい事故のあと、ときどき絶望的な気分にかられるのだとおっしゃっておいででした。そんなときは自暴自棄になって、自分でも何をするかわからないからと。たとえ、閣下がどんなに懇願し、あるいはおどすようなことがあっても、余分な金は決して渡さないでくれと、何度も念を押されました。

 口約束だけでは心もとなかったのか、その旨を紙に書いて渡されました。もし、閣下がご自身の誓いをやぶられたときには、この誓約書を見せつけてくれとのご命令でございます」


 念が入りすぎている。

 ワレスの頭のなかで、仮説が確信に変わった。


「それで、そのあと、伯爵が増額の無心に来たことはあるのか?」


 グエンストのきまじめなおもてが、悲しげにくもる。


「はい。二、三度。お手討ちになさってもかまいません。渡しませぬと、私が涙ながらに訴えましてからは、そのようなことはなくなりました。が……」

「が?」


 ふくみのある言葉尻を追求する。

 グエンストのおもては、さらに悲しげに沈んでいく。


「由緒ある伯爵家のお道具の数が……あわなくなりました。最初は閣下ご自身の装飾品などでした。そのうち、客間の彫像や銀器といったものなどが……」


「伯爵が金にかえて使ってたというのか? そのこと、家族は知ってるのか?」


「いいえ。私の胸ひとつにとどめております。そのことがあってから、本当に高価なものや、歴史的価値のある美術品などは、蔵にしまって鍵をかけることにしましたから」


「それほど大きな被害は、まだ出ていなかったのか」

「はい。そんなことは、ここ数年だけのことでございます」


「正確に言うと、何年?」

「二、三年でしょうか。そうそう」と、グエンストは両手を打つ。

「閣下が私に増額を断るようにとお命じになられたのが、一昨年の初秋でした。秋の収穫祭のことでお話しのときでしたから。今年の秋で二年ということです」

「二年……」


 ワレスは、その数字に悩まされた。

 ワレスの考えでは、もっと早くから破綻はたんが始まっていなければならない。それとも、二年前に大きな変化が、伯爵に起こったということか。


「わかった。ありがとう」


 グエンストと別れたあと、ジェイムズが言った。

「今の話で何かわかったかい? 私にはさっぱりなんだが」


「おれには、まだ重要なピースが一つ欠けてることがわかった。そうだよな。おれが伯爵の立場でも、どこの馬の骨とも知れない間男を信用する気にはなれないものな。ましてや、伯爵はちょっとした神様みたいな男だ。家族や領民を守ることは、自分の使命だと考えていたに違いない」


 ジェイムズが両手をひろげて、お手あげのポーズをとる。

 ワレスは笑った。


「誰か、二十年前のことに詳しい人物がいたらな。使用人でもいいから」

「うーん。そういえば、この城には昔のことを知る人間が少ないな。うちなら、父上が子どものころのことまで知ってる、じいやがいるのに」

「そう。それが普通だよ。貴族の城ならな」


 そこに意図的なものを感じる。


「あとで使用人を洗いざらい、さぐってみよう。まあ、それも今夜の捕物で解決してしまうかもしれないが」


 ワレスたちは夜のために、客室へ帰り、休憩をとった。

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