六章 4


「あんただってそうなんだろう? 贅沢がしたいから、女侯爵の愛人になった。女に囲われてるあんたに、おれを責める権利はない」


 なんてタイムリーな罵倒だろうか。


 サイモンが城にひきとられるまで、どんな暮らしをしてたのかは知らない。が、あまりいい暮らしではなかったのだろう。


 サイモンはほんとに、鏡のなかの自分を見てるようだ。だから、ワレスにはサイモンの気持ちがわかる。サイモンはワレスが何を言われることを嫌うのか、理解できる。


「サイモン。おまえは、おれとは違う。おれは正真正銘の平民出のみなしごだ。だが、あんたは貴族の一員だ。たとえ伯爵にはなれなくてもだ。昔みたいな生活に戻ることは、もうないんだ。なんでそんなに必死になる必要がある?」


「おれにシオンのご機嫌をとって、一生を終われって?」

「どっかの貴族の一人娘をたらしこんで、結婚してしまえばいいじゃないか。ただ贅沢がしたいだけならな」


 サイモンは鼻さきで笑った。

「今のあんただ」


 しかし、そのあと、急に唇をかんだ。


「おれはそれだっていいんだ。別に結婚に夢なんて持ってないし。愛のない結婚をしたって、金のためと思えば我慢できる。

 だけど、ここに来てわかったんだよ。貴族のなかにも、立場の違いによって、幸福の度合いにひどく差があるんだって。とくに女は結婚相手の良し悪しで、一生が決まってしまう。

 見ろよ。この城の女連中。どいつもこいつも結婚に失敗して、不幸のオンパレードだ。美人を鼻にかけて、売れ残っちまった叔母さんは、まだいいよ。大伯母さんは未亡人だなんて言ってるけど。夫が愛人に子どもを作らせて、正妻の座をのっとられてしまったんだぜ。それで離縁されて、実家に追いかえされた。

 エベット伯母さんなんて、不幸な結婚の代名詞だ。好きな男とムリヤリ引き離されて、政略結婚したあげく、相手の男は二目と見られない顔になって。変な仮面を年がら年じゅうつけてるんだ。口うるさい姑たちにイジメられてさ。

 おれはフローラには幸せになってもらいたいんだよ。伯爵が生きてたうちは安心していられた。あの人は自分の結婚が失敗だったから、家族の婚姻に寛大だった。政略結婚には使わないから、好きな相手と結ばれていいって言ってた。フローラにも持参金をつけて、立派に嫁がせてやるからって。

 でも、伯爵がシオンに代われば、どうなるかわからないだろ?」


「シオンはフローラと仲がいいみたいだが」


 サイモンは口をゆがめる。

「それがよけい悪いんだ。あいつら、あの年で、いっちょまえに結婚の約束してる」

「いいじゃないか。イトコどうしは結婚できる。育った城の女主人になれるなら上出来だ。それも、相手の男に望まれてなら。それとも、シオンの出自のことか?」


「そんなことが問題なんじゃない。ガキのころの約束なんて、あてになるかよ。シオンが伯爵みたいな高潔な男になるとはかぎらないだろ。

 このまま、あの二人が思春期になって、シオンの気持ちが変わったら? 昔の女と毎日、顔をあわせるのがイヤになって、ろくでもない男の嫁に押しつけるかもしれないだろ?

 もっといけないのは、自分はちゃっかり良家の子女と結婚しといて、フローラを愛人にしようとしたときだ。そんなことになってみろよ。フローラは一生、日陰の身だ。正妻にいびり殺されるかもしれない。毎日、泣くはめになる。だから、フローラのためには、おれが伯爵になるのが一番なんだ」


 ワレスは嘆息した。

 たしかに子ども時代の恋心なんてはかないものだ。


「だからって殺されたんじゃ、シオンが哀れだ。おまえは絶対に後悔する」


 サイモンはうなだれた。

 自分に近い心を持つワレスの忠言だからこそ、真実味を帯びて、サイモンの心に迫ったのだ。だが、それでも、サイモンは決意の固さをふりしぼるように叫んだ。


「なんで、そんなこと、あんたにわかるんだ!」


 わかるんだよ。おれには。

 おれはその復讐をやりとげた側の人間だから。


「……今でも、後悔してるんだ。おまえには、おれのようになってもらいたくない」


 サイモンが息をのむ。

 ワレスの顔を見なおし、ささやく。


「人を殺したとでも言うつもりか? でたらめを言うなよ」


 ワレスは首をかしげて微笑した。


「そんなふうに、おれの弱みをさぐろうとするな。おれも、おまえがシオンを殺そうとしたことは忘れてやってもいい。ただし、約束してくれ」

「…………」

「シオンが下劣な大人になるとはかぎらないだろう? もしかしたら、父親以上の品行方正な男になるかもしれない。初恋をつらぬいて、フローラを奥方にし、一生、大事にしてくれるかもしれない。それは認めるよな?」


 しぶしぶ、サイモンはうなずいた。


「まあ、可能性はゼロじゃない」

「だから、それまで待ってみてくれ。もし、シオンが卑劣きわまりない男になりさがり、フローラを不幸にしたら……そのときは、おれが許す。おまえは天にかわって、シオンに裁きの鉄槌てっついをふろおろすがいい。だが、そうでなかったなら、おまえは手出ししない。そう約束してくれないか?」


 しょうがなさそうに、サイモンはうなずいた。

「わかった。それで手を打つ。おれもこのこと、伯母さまがたにバレちゃ、一大事だし」


 ぽんぽんと、子ども用の鞍をたたき、サイモンはそれをかかえて出ていこうとした。


「そいつをどうする気だ?」

「バラバラにして、焼却炉につっこんどく。このまま使ってケガでもされちゃ困るだろ」

「それがいい。昨日の錠前とちがって、そいつは証拠が残る」


 ワレスはなにげなく言った。だが、その言葉のせいで驚愕することになった。

 ふりかえったサイモンが、こう言ったのだ。


「錠前? なんのことだ?」

「裏庭の塔のだよ。昨日、塔にシオンを閉じこめただろう?」


 サイモンは首をふる。

「知らない。おれじゃない」


 ワレスは返す言葉を失った。

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