七章
七章 1
この城に、少なくともあと一人は、シオンを殺したいと願う者がいる……。
サイモンが嘘をついてないことはわかっていた。
サイモンは殺害準備の現場を押さえられている。もっと罪のかるい軟禁についてだけ嘘をついたって、なんの得にもならない。
もちろん、サイモンのような青年を百パーセント信用することはできない。が、
それとも、昨日のことは、ほんとにただのぐうぜんだったのだろうか?
考えながら、ワレスは客室へ帰った。今度こそ、ジョスリーヌではなく、ジェイムズがいるだろうかと。
そろりとドアをひらき、なかをうかがう。
ジョスリーヌは、まだいた。ジェイムズに泣きごとを言っている。
「……わたくしだって、ワレスをわかろうと努めたわ。でも、どうやっても理解できないの。どうして、あの人はときどき、わたしのことを殺したいような目で見るの? わたくしが、あの人の親兄弟を殺したとでもいうような目をするのよ。わたくしが貴族だからなの? ねえ、ジェイムズ。貴族に生まれるのは、そんなにいけないこと?」
「いいえ。あなたは寛容な貴婦人だと思いますよ。領民の尊敬を受ける立派な領主です。ただ、ワレスは人一倍、苦労してきたようなので。そこのところが見えなくなることがあるのでしょう」
「だって、わたくしが彼を苦しめたわけじゃないわ」
「きっと、ワレスにもわかっています。だから、落ちつけば帰ってきます。ああ見えて、ワレスは責任感の強い男ですから。約束を途中で放りだして、どこかへ行ってしまうようなことはしません」
ああ。事件はほっとかないが、ジョスリーヌとは別れるぞ——と思っていると、ジョスリーヌの口調が暗く落ちこんだ。
「あなたは知らないのよ。ジェイムズ。あの人、わたくしと出会ったばかりのころ、半分、死にかけてた。
ワレスをつれてきたのは、以前、わたくしがひいきにしてた、リンディーよ。リンディーはとっくに引退して、田舎へ帰ってしまったのだけれど。置き土産に、ワレスをつれてきたの。
路上で大ケガして、倒れていたんですって。血まみれで、お酒の匂いをぷんぷんさせて。それになんだか、いけない薬に手を出してたらしいの。急に泣いたり笑いだしたり、正気じゃないようだったわ。
それで、わたくしがひろって手当てしてあげたの。よくなるとは思っていなかったから、ケガが治ったら、わたくしが領内に持ってる、アルコール中毒者の更生施設に入れるつもりだった。いくら綺麗でも、正気でない人をそばに置いておけないもの。
それに、あのときのワレスったら、ひどい服を着て、汚れてたものね。綺麗な青年だなんて、少しも気づかなかったわ」
青年というより、少年といったほうがよかったけど——と、ジョスリーヌは言葉をおぎなったあと、
「目がさめた彼を見て、おどろいたわ。もう、もとには戻れない
ワレスは
『なぜ、助けたんだ』と彼が言うから、『あなたが綺麗な男の子だからよ』と、わたくしは答えた。
だって、わかったのよ。そう言わないと、彼は出ていってしまう。あなたがあんまり、みじめで、死にかけの半病人だから同情したのよと、ほんとのことを言えば。すぐに彼は出ていって、以前と同じことをくりかえす。
彼は死にたがっていた。優しくされていると知れば、ふりきってでも逃れて、また凄惨な世界に身を投じようとしたに違いないわ」
「それが……五年前ですか」
「今ではずいぶん態度も変わってきたと思っていたけど。心境までは変わってないのね。きっと、いつか、あの人、みずから身を滅ぼすんじゃないかと、いつもハラハラしてる」
「そう言ってやればいいじゃないですか。心配だから、そばに置いておきたいのだと」
ジェイムズは助言した。が、ジョスリーヌは首をふった。
「ワレスは誇り高いのよ。そんなこと言えば、傷つくわ」
ワレスはそっと、扉のかげを去った。庭に出て、ぼんやりしてみる。
じっさい、自分がそんなに、ジョスリーヌに気遣われていたとは思ってもみなかった。金で買われた関係だと思っているほうが気楽だった。
なぜなら、自分は誰かから優しくされる価値なんてないから。優しさを受ける場所にいることさえ、罪である気がする。
そんなワレスの心境を、ジョスリーヌが見抜いていたとは思わなかった。
(ジョスにもヒドイことを言ったな。たしかにジョスリーヌは貴族だが、おれを苦しめたのは彼女じゃない)
どこか遠くへ行ってしまいたい気分を、ワレスは味わっていた。
すると、庭に咲く白薔薇をつみながら、メイベルが近づいてきた。物かげにうずくまったワレスを見て、おどろいている。
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