四章 3


「気になるな。この城のやつらは、誰も彼も秘密をかかえてるらしい」

「そうだな。今の騎士長の口調は歯切れが悪かった」と、ジェイムズも言う。


「おまえも、そう感じたなら、決まりだな。ちょっと裏庭に行ってみよう」


 ワレスはジェイムズを誘って庭へ出ていった。

 まだ伯爵の部屋を調べなおしてない。本来なら、そっちを優先すべきだが、どうにも気になったのだ。


 だが、行ってみると、どうってことはなかった。


 広大な敷地のなかでも、裏庭はあまり人の来る場所ではないのだろう。庭師の手もほとんど入らず、庭木に蔓薔薇つるばらがからんで荒れほうだいだ。夏だから野生の薔薇が花盛りで、それはそれで風情はある。が、ただそれだけのことだ。


 昔の牢屋をながめた。造りは頑丈だ。鉄格子のめこまれた窓。入口の鉄扉てっぴには錠がおろされている。建物のなかには、むろん人影はない。なかに入ることはできなかったが、ぐるりを一周した感じでは無人だ。


「見ろよ。ジェイムズ。拷問ごうもん道具まである。いかにも中世の暗い歴史の遺物だな」


 鉄格子のすきまからのぞき見て、ワレスは指さす。

 ジェイムズが苦笑した。


「だから、騎士長が言いしぶったんじゃないかな。きっと幽霊がでるとか、古い城にありがちな言い伝えがあるんだ」

「そんなところかな。でも、獣道ができてる。動物の通り道ではあるんだ」


 前庭にいた野ウサギたちのメインストリートなのかもしれない。きっと近くに侵入経路があるのだ。


「城に帰って、伯爵の部屋を調べよう」


 ワレスたちは城内へひきかえした。

 昨日はジョスリーヌを迎えるために、特別、忙しかったのだろう。今日は城のふんいきは平常どおりに戻っているようだ。

 一階には見張りの兵士。

 窓や階段の手すりをふく小間使いもいる。

 ワレスにも見なれた貴族の城の風景。


「一階にはけっこう人目があるな。夜でもこんな感じかな」


 昨夜の奥方の夜中の散歩を思いだし、ワレスは言ってみた。

 ジェイムズが答える。


「見まわりの兵士くらいはいるだろうな。裏門もふくめ、城門は常時、見張りがついてるだろう。これだけの城なんだから」


 そういえば、さきほど、オーガストの見せてくれた書類にも書いてあった。夜間の城内の見まわりは、定時で二時と。

 奥方の外出は、おそらく、その時間にひっかからないよう考慮されているのだ。今夜、あとをつけてみようと、ワレスは考えた。


 エントランスホールから、二階へあがっていく。とたんに、ひとけはなくなった。ここからは伯爵家の人間のプライベートな空間だからだ。

 もちろん、掃除の小間使いや、奥向きの侍女はいるだろう。しかし、一階にくらべれば、ぐっと静かだ。


 ワレスたちは二階を通りすぎ、三階へ向かった。

 伯爵の部屋。昨夜、あずかったカギでドアをひらく。昼間に見ると、大きなガラス窓が、室内に明るい陽光をふりそそいでいた。出入口の居間は、ひとめですみずみまで見渡せる。


 古い城だが、内装は古くさくない。

 優雅な黒檀こくたんの調度類は、数百年前のものかもしれない。が、カーテン、じゅうたん、壁紙などは、ここ数十年のあいだに新調されている。

 とび色、アイボリー、モスグリーンの三色を基調に、金糸とあわいピンク、サーモンピンクが使われている。

 洗練された趣味だ。


「やっぱり、伯爵の趣味がいいことだけはたしかだな」

「若いころに皇都にいたからだろうね」

「それに読書家で、楽器をかなでる風雅な男だった」


 本棚は昨夜も気づいた。

 だが、明るい光のなかで見ると、ケースに入ったヴィオロンやフルートが、チェストの上に置かれていた。


「ほんとだ。楽譜もある。すごいな。けっこう本格的な曲だぞ。ワレス」


 ジェイムズが手招きするので、ワレスも近寄り、肩ごしにのぞく。


「セレナーデやバラードが多いな。伯爵には忘れられない女がいたのかもしれない」


 切ない恋のメロディーが、次々にあふれてくる。冊子になった楽譜のほかに、自作の曲らしい手書きの譜面ふめんもあった。

 伯爵はロマンティストだったらしい。


「伯爵は個性ゆたかな男だったんだな。この部屋を見ただけで、伯爵の人柄がだいたいわかる。たしかに、いい男だよ。おれもなんとなく、彼を好きになった」


 伯爵の人物像は、ワレスの嫌いな権力をふりかざすタイプではないようだ。

 その証拠に、デスクまわりを調べると、伯爵の英君ぶりを示す書類が数々、出てきた。領の統治に関する書類だ。


 それについて、伯爵は日記も残していた。

 何年何月何日、何村で、これこれのことが起こった、対処はこう——と、明解な文章で記されている。


 これを読むと、伯爵はたいへん慈悲深い領主だった。

 だが、ただ優しいだけではない。損得勘定もしっかりしている。領民のために税金を投資するにしても、領地の発展がいずれ伯爵家の収入にプラスに作用するよう計算されている。


 領民からは感謝され、なおかつ、伯爵家には得になる。そういう計画を立てるのが、じつにうまい。


「伯爵は敵にまわすと手強てごわい男だな。伯爵が犯人でないことを祈ろう」


 ワレスの言葉の意味が、ジェイムズはわからないようだ。

 首をかしげている。

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