四章 2
ワレスのつぶやきを聞いて、オーガストの男らしい眉が、ピクリと動く。
ワレスはそれを見逃さなかった。
「奥方さまとは不仲だったんだろう?」
騎士長はそれが主家の陰口にあたらないか迷うようだった。さんざん迷ったあげく、簡潔に述べるにとどめた。
「奥方さまは悪女などではない。ただ、気がお弱いのだと思う」
「気の弱い、ね。たとえば好きな男がいても、親の決めた結婚にさからえないような?」
オーガストは『うん』とは言わなかった。だが、無言が肯定なのだ。
「そういえば、奥方の結婚前のウワサは聞いたが、伯爵はどうだったんだろう? 奥方との結婚を快く思っていたのか? それとも、伯爵にも好きな女の一人や二人はいたんだろうか」
「そんなことは騎士長にすぎぬ私にはわからん。きさまは、さきほどから色恋のウワサ話しかしないが、本気で事件を調べる気があるのか?」
「もちろん。人が殺される裏には、必ず金銭問題か、人間関係のもつれかの、どちらかがある。この事件は、どうも人間関係のもつれが色濃いような気がする」
もっとも、サイモンが犯人ならば、金銭問題でいっきに解決するのだが。
ワレスは自分を嫌っているらしい騎士長を見あげた。
「おれがさっき、伯爵はあんたのような男だったかと聞いたのは、外見の話だったんだが。どうだ?」
「閣下は私など足元にもおよばぬ。水際立ってすぐれた容姿をお持ちだった」
ワレスは歓喜した。
「ということは、以前の伯爵の素顔を知ってるわけだ」
「むろん。私が父につれられ、騎士として入城したのは、十七のときだ。閣下は五つ上の二十二さいにおなりだった。当時は騎士と言っても、私の位は高くなかった。今ほどおそば近くに仕えたわけではない。が、狩りの折、外出の折、護衛にあたるたび、これほど優れた主君にお仕えできるのは、騎士の家に生まれた者にとって、名誉につきると考えた」
「そうだよな。城内には昔から仕える家臣が大勢いるんだ。伯爵の遺体を召使いにまでさらすとは思えないが。近衛騎士などの側仕えの目をごまかすことはできない」
それなら、サイモン犯人説はない、ということか。たとえ、メイベルがサイモンのために嘘をついたとしてもだ。家族はごまかせても、家臣をごまかせない。ただし、オーガストはメイベルに頼まれれば、虚言をはく恐れはある。
「それで、あのときの遺体は、伯爵だったのか?」
オーガストは困惑の表情を浮かべた。
「姫が違うとおっしゃられている」
「おれはあんたの意見を聞いてるんだ」
「……よく、わからない。私が近衛隊に入ったときには、すでに閣下は仮面をつけておいでだった。それ以前は間近で拝顔したわけではない。だが、私の印象では、以前はもっと輝くばかりにお美しい若さまだったように思う。反面、似ているとも感じる。なんとも言えんな」
「あんたの父も騎士なんだろ? 遺体を見なかったのか?」
「父はとっくに退役している」
嫌疑人が一人減るかと喜んだが、どうも、うまくいかない。二十年の時の壁は思った以上に厚い。
そのあと、ワレスたちは兵士詰所につれていかれた。騎士たちがこれまでに調べた事件の記録を見せられる。が、そこからは、これといった記述は見つけられない。
「記録はもういい。それより、城内を案内してもらいたいな」
ワレスはオーガストをうながして、城のあちこちをつれまわした。とくに兵士詰所や台所など、召使いが働く前に、ひととおり姿を見せておく。これで都の役人として知れわたった。あとで一人で聞きまわるのがラクになった。
オーガストは不満そうだ。
「何が見たいのか知らんが、今度はどこへつれていく気だ? すでに城内は我々がくまなく調べた」
「そうだな。だいたい、まわったな。あとは裏庭にある塔くらいか」
「あれは現在、使われてない古い塔だ。戦乱の時代には物見やぐらとして使われた。今の平穏な時代では、その必要もない。しいて言えば、古い時代の遺物が打ちすてられた蔵みたいなものか」
「浴場からながめたとき、その近くに別棟の屋根が見えた。あれはなんだ?」
オーガストは一瞬、男らしい眉をしかめた。ふれられたくない話題にふれたときの顔だ。
「何かあるのか?」
問いつめる。
なにげないふうを装って、オーガストは首をふった。
「いや。あれも前時代の遺物にすぎぬ。戦乱の時代に捕虜を入れておくための牢獄だった。だが今は、罪人は町の留置場に入れる。城内に罪人を置くことはなくなった」
「では、使われずに放置されてるのか?」
「そういうことだ。さあ、もういいだろう。私にもこれで、いろいろ仕事があるのだ」
逃げるように去っていった。
あきらかに、オーガストは嘘をついている。その建物に何か秘密があるのだろうか?
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