四章
四章 1
https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816927859340368522挿絵
伯爵の部屋では、これといった発見はなかった。何をするにも、夜のことで暗すぎた。明日、明るくなってから調べなおそうと話し、部屋にカギをかける。
そこでジェイムズとわかれて、四階へ向かった。
四階はたしかに賓客のために造られた特別な階層になっていた。客間のほかに、
そんなものをブラブラ見ながら、のんきに歩いていったからだろうか。
明かりのついた部屋をさがしあて、いざ、ジョスリーヌの寝室に忍びこむと、女王さまは、すでに熟睡していた。きゅうくつな馬車の旅を二十日も続けていたのだ。ジョスリーヌだって疲れてないわけがない。
「バカなやつだな。こうなることがわかってたのに。なんで誘ったりしたんだ」
起きてるときはアレだが、寝顔はあどけなく見えた。苦労を知らないお姫さまの顔だ。
ワレスは
「おやすみ。お姫さま」
頬にキスして、来たとき同様、そっと部屋をぬけだす。
やはり、今夜は自分の部屋で寝よう。そのほうが、翌朝もすみやかに調査にとりかかれる。ジョスリーヌのとなりでは、どうせ色っぽい話に流れてしまう。
ワレスが三階へおりる階段のなかばまで来たときだ。どこかで、ガチャリとドアノブのまわる音がした。
とっさに、ワレスは持っていたロウソクの火をふきけした。なんとなく、その物音は人の耳を気にして押しひそめられたもののように感じたからだ。
暗がりで待っていると、かすかに軋む音をさせて、奥方の部屋のドアがひらいた。
運がいい。
エベットの部屋の出入口は、ワレスの位置からでも見ることができた。
そっと左右に視線を走らせ、エベットはろうかへ歩みだす。手にはロウソクを一本たてた
この時間に、どこへ行くのだろう?
生理的な欲求のせいではない。それなら、人目を気にする必要はない。たぶん、足音をたてないためだろう。エベットはサンダルもはかず、絹のくつした一枚だ。
あきらかに怪しい。
ワレスはエベットに悟られないように、あとをつけた。
エベットは城内を、まるで泥棒のように忍び足で、二階、一階へとおりていく。一階へおりる階段の途中で、エベットはふりかえった。
ワレスの気配を察知したのだろうか?
ワレスは壁に張りついて、見つからないことを祈った。
しばらくして、エベットはまた歩きだした。が、エントランスホールの上はふきぬけだ。見晴らしがいいし音も響く。
ワレスはエベットがろうかの奥へ入っていくまで、待たなければならなかった。おかげで、もういいだろうと尾行を再開したときには、すっかりエベットの姿を見失ってしまっていた。
(しょうがない。今夜はあきらめるか)
しかし、エベットのあのようす。
家人が寝静まってからの奇妙な
エベットの不審な行動に気づけただけで、この日は良しとした。
*
翌日。
ワレスはメイベルから騎士長のオーガスト・レイ・キャンベルを紹介された。
オーガストは細身で手足の長い、優美な男だ。機敏な動きが、いかにも武人らしい。雪のごとき白い肌に漆黒の髪。ユイラ民族に広く見られる特徴だが、この地方の人間は、その美点がとくにきわだっている。
メイベルやシオンもそうだが、騎士長も、白い肌に男らしい濃い眉、ぬれたような黒い瞳が美しい。美貌がそこなわれる前の伯爵のイメージが、なんとなく重なった。そういえば、年齢も四十前後と、伯爵に近い。
「皇都のお役人なのよ。お兄さまのことを調べてくださるそうです。よきよう計らってくださいね」
主家の麗しい姫に、騎士長は特別な思いをいだいているらしい。メイベルに声をかけられて、白い頬を
メイベルを他家へ嫁がせるのに問題があるのなら、さっさと、この騎士長あたりにでもやってしまえばよかったのだ。
メイベルが去っていくあいだ、オーガストはずっと、ひざまずいて見送っていた。姿が見えなくなって、やっと立ちあがる。
「姫君の仰せなので協力はする。しかし、我々のやりかたに口出しはしないでもらいたい。我ら近衛騎士とて、けんめいに伯爵閣下をさがしているのだ」
とつぜんのライバル出現に、騎士長は気を悪くしている。
ワレスは笑った。
きっと、恋しい女にいいところを見せたいからだ。私が行方不明の兄上を見つけましたよと、言いたいに違いない。
二十も年下のワレスに鼻で笑われて、オーガストはますます気分を害した。
「何がおかしいのかな? ティンバー卿のおつれのかた」
ワレスは、今度はやや皮肉な笑みをもらした。
(名字のないおれは、あくまで、ジェイムズのオマケか。見てろよ。今にメイベルを落として、その鼻をあかしてやるからな)
ひそかに決意する。
「いや、あんたはきまじめなジェイムズと気があいそうだと思っただけさ。伯爵さまも、あんたみたいな男だったのかな?」
「まさか。閣下はご立派な主君だった。温厚で博識。その上、意思の強固な、これ以上はない名君だ。
誰に聞いても、そこのとこはゆるぎない。
「ふうん。伯爵は城じゅうの人間に慕われていた。奥方以外には……か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます