三章 4


「フローラ同様、足音の点からも、大伯母さんの犯行はないわけだ。二人は犯人ではない。

 メイベルはまだグレーだな。メイベルの部屋の位置なら、不可能とは言えない。が、サイモンや大伯母に気づかれず、犯行がおこなえた百パーセントの保証はない。

 とはいえ、メイベルは兄を心から敬慕していたようだ。兄が死んでも、爵位や財産はサイモンのもの。メイベルにはなんの得もない。したがって犯行の動機もない。

 ところで、そのサイモンだ。サイモンには殺害の機会があった。事件の夜、サイモンは一人だけさきに、伯爵の部屋へ向かった。伯爵が倒れているのを見て、これは好機と考えたのかもしれない。伯爵をそのとき、ナイフで刺したのかも?」


「だが、それじゃ、悲鳴は? 悲鳴がしたときには、サイモンは二階の自分の部屋にいた。君の言ったとおり、ろうかを走る足音はなかったんだろう?」

「悲鳴は単に病気の発作かもしれない。つまづいて倒れただけかもしれないし」

「なるほど」


「前述のとおり、サイモンには動機がある。伯爵が死ねば、次の伯爵になれるかもしれない。サイモンは伯爵の顔を知らない。倒れてる男を見て、今なら自分の罪にはならないと思い、とっさに刺した」


「でも、それだと、倒れてた男はほんとは誰なんだ? なんで伯爵と入れかわってたんだ? サイモンはそこには無関係なんだろう?」


「そう。そのことがあるから、今のところ、サイモンが犯人だと断定できない。財産目当てのサイモンの犯行——という以上の事情が裏にあるとしか考えられないからな。となると、残りの三人のうちの誰かだろうか?」


「残り三人? 家族はあと、奥方と息子のシオンだけだろう?」

「奥方。息子。そして、伯爵自身だ」


「伯爵?」

「だって、殺されてたのが伯爵でないなら、本物の伯爵がどこかにいるはずだ。もっと以前に殺されていたわけじゃないかぎり」


 ジェイムズは腕を組んだ。

「ほんとに困ったことをしてくれたなぁ。伯爵は。仮面なんてかぶらなければ、ややこしいことにはならなかったのに」


「死んでたのが本物の伯爵だったのか。偽者だったのなら、いつ入れかわったのかが重要になってくる。それによって、犯人となりうる人物が変わる。

 まず、殺されていたのが本物の伯爵だったなら。やはり犯人はサイモンだろう。メイベルは死体の状況から見て、犯人がサイモンだと気づいた。いかに伯爵家の人間でも、当主を殺せば死刑だろう。ましてや、サイモンは母親が平民だ。口うるさい大伯母さんが親族集めて会議をひらくだろうからな。

 メイベルは甥に同情し、これは兄ではないとウソをついた。なにしろ、伯爵の昔の顔をよく知っていて、現在も確認できるのは、メイベルだけだ。メイベルの嘘を見やぶれる人物は誰もいない」


 ジェイムズは感心する。

「それなら、すべてに説明がつくな」


「まあ、これは一つの可能性だ。もし、この説なら、奥方の証言が生きてくる。二年前に見た伯爵と、殺された男が同一人物だという、アレだ。でも、あの証言も、奥方の保身から来てるのかもしれない。頭から信じるわけにはいかないな。奥方は殺害可能人物の一人だ」


「奥方が遅れてやってきたからかい?」


「まあね。二階のろうかを誰かが走れば、メイベルや伯母さんが気づいただろう。だが三階なら、階層が違うぶん、気づかれにくい。女が裸足で走れば、下の階までは聞こえなかっただろうな。

 二階の連中は足手まといの伯母さんをつれてた。かけつけてくるのに多少の時間がかかった。そのあいだに部屋へ帰り、あとからなに食わぬ顔でやってくることは、充分にできた。来るのが遅れたのは、血で汚れた服を着替えてたのかもしれない。

 動機はもちろん、あの男が奥方の愛人だったからだ。そうなると、二年前に伯爵を見たという証言も嘘だな」


「じゃあ、疑わしいのは、サイモンと奥方か」

「おれは、シオンも怪しいと思ってる。子どもの足音なら、なおさら階下にはひびかない。奥方が何かというと、息子を殺人の話題から遠ざけようとするのも合点がいく」


 これには、ジェイムズは否定的だ。

「それはないだろう。シオンはフローラより年下なんだぞ。なにより、自分の父を殺そうとするなんて、ありえない」


 ワレスは肩をすくめた。

 ジェイムズはワレスの父のような男を知らないから、そんなことが言えるのだ。


「子どもっていうのは、あんがい残酷なんだ。衝動と機会があれば、なんだってやれる」

「そうかなあ……」


 それについては、ワレスは議論するつもりはない。土台、おぼっちゃま育ちのジェイムズに理解できるはずがないからだ。


「あとは伯爵自身だな。見たとおり、この部屋は暗い。しかも事件の日、サイモンは明かりを持ってなかった。机や本棚のかげ。右の続き間で、ドアを半開きにして、うかがっていたのかもしれない。どこにでも身を隠すことができた。片方は暗く、片方にだけ明かりがついていれば、誰だって明かりのあるほうから、のぞいてみる。サイモンもそうした。そのすきに足音を殺して、ろうかへ逃げることはできた。メイベルたちが階段をあがってくる前に、階段とは別ルートで城を逃亡した」


「別ルートって?」


「それは城の間取りをもっと調べないと。ロープを使って窓から——なんてこともできなくはない。伯爵は四十代の健康な男だ。体力はある。

 ただ……これだと、すごく変なことになる。たとえばだが、奥方が伯爵を遠くの街にすてて、愛人に身代わりをさせてたとする。

 自力で城へ帰った伯爵が、不義者の男を殺したんだ。なんでまた、伯爵は城から逃げだしたんだ? だって、ここは伯爵の城。彼が王様だ。自分を裏切った奥方と間男を殺したって、それは罪にはならない。王様が罪人を手討ちにしたまで。

 ということは、こうなる。やはり、伯爵はそれ以前に殺されていたか。あの夜に殺されたのが、本物の伯爵だ」


 もっとも、もうひとつ、仮説かないわけではないが。

 それは、あまりにも荒唐無稽すぎる。

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