三章 3
答えたのは、メイベルだ。
クロウディアは息があがっている。
「サイモンが恐ろしいことを言うものだから、わたくし、伯母さまを残して部屋へかけこみました。サイモンもついてきました。わたくしはベッドにかけより、男の顔をのぞきこみました。それは兄ではありませんでした。首にふれてみると、まだ、あたたかかった。でも鼓動が止まっていた。たしかに死んでいると、わかりました。
わたくしはろうかに戻り、伯母に事情を話しました。相談の上、サイモンに騎士長をつれてきてもらうことにしました。サイモンが走っていって、しばらくしてからかしら。義姉がやってきたのは」
そう言って、メイベルはろうかの奥を示す。
「この奥が義姉の部屋なのです。シオンの部屋もありますわ」
下の階の全員が悲鳴に気づいた。なのに、同じ階の妻が眠っていた。それはやはり、おかしい。
「三人で待ってるところに、サイモンが騎士長をつれてきたわけですね?」
「オーガストが兵士を二人ともなってきました。室内をすみずみまで調べ、そのあとは、さらに大勢で夜通し城じゅうを探しました。けれど、怪しい者も、お兄さまも見つかりませんでした」
「明日、騎士長の話を聞きます。今夜はもういいですよ。あとは私とジェイムズで室内を調べてみます」
クロウディア、メイベル、サイモンはつれだって去っていった。
「気づいたことがあるかい?」
ジェイムズがたずねてくる。
それには答えず、ワレスは戸口に立つジョスリーヌをふりかえる。
「ジョス。おれに頭脳労働させたいんだろ? 今夜はあきらめて早寝してくれ」
「あら。わたくしに聞かせないつもり? 事件の解決をたのんだはわたしよ」
「女は口がかるい」
「聞きずてならないわ。男だって口のかるい人はいてよ」
「ああ、たしかにね。だが、あんたは伯母上やメイベルに聞かれたら、なんでも話してしまうだろ?」
ジョスリーヌは自覚したようだ。
「それもそうね。でも、それじゃ、あなたはあの二人を疑ってるの?」
「メイベルたちを通して、犯人におれたちの考えを知られると、のちのち困ることになるかもしれない。今後、きっちり事件が解決するまでは、あんたに途中経過は報告しないからな」
「わかったわよ。いじわるね。でも、夜の労働は免除しなくてよ。あとで四階へいらっしゃい。四階はね。特別待遇の客にだけ使える客間があるの。侍女たちはさきに眠らせておくわ。わたくしの部屋にだけ、明かりをつけておくから。まちがえてはダメよ」
一方的に言いきって、ジョスリーヌは四階へあがっていった。
「くそっ。聞いちゃいないな」
ジェイムズが笑う。
「ジョスリーヌはほんとに君を愛してるんだよ」
「愛? ジョスはただ淫乱なだけさ」
気をとりなおして、ワレスは伯爵のリビングルームの入口に立った。
「やっぱり、話を聞くのと、再現させるのでは、だいぶ違うな。おもしろいことがわかったじゃないか」
「そうかい?」
「さっきの彼らの証言がすべて真実なら、少なくとも家族のなかで三人……いや、四人は、あの夜、男を殺せた。逆に、大伯母さんとフローラにだけは、絶対に不可能だ」
「えッ? そりゃ、大伯母さんにはムリだろう。目の悪いお年よりだぞ。最初から、わかりきってる。フローラは子どもだし」
「大伯母さんに関しては、どう見ても白内障だからな。人を殺すのはムリだろうよ。おれも最初から本気で疑っちゃいない。
ただ、目の悪い人間でも、なれた環境のなかなら、常人なみに走りまわることもできる。大伯母さんは全盲ではないようだし。
だが、さっきの伯母さんの歩調を見たかぎりじゃ、それも不可能だ。サイモンが悲鳴を聞いてから、ろうかへ出てくるまでのあいだに、三階から自分の部屋へかけおりることはできない。さっき、歩いて階段をのぼってくるのでさえ、だいぶ息をきらしてたからな。走っておりたんじゃ、もっと呼吸が荒くなる。サイモンが怪しく思わないわけがない。あの人は白だよ。サイモンが伯母さんをかばって嘘をついてるんじゃないかぎり」
「とうぜんだ。君は事件となると、ほんとに徹底的に全員を疑ってかかるんだなぁ」
「何度も言うように、論理的な答えを見つけだすためだ。同じように、サイモンと同室のフローラが、兄が起きだしてくる前に部屋に帰っておくこともできなさそうだ。ここから、サイモンたちの部屋まで帰るためには、全速力で走らなければならない。走れば、かならず足音がする。みんな、悲鳴を聞いたあとで耳をすましてるんだ。走り去る足音がしたなら、そう言う。サイモンだけなら、妹をかばうことはあるとしても。大伯母さんやメイベルは言うだろうな。まさか、犯人が幼い少女だとは考えもしないだろうから」
「十さいやそこらの女の子が、大人の男を殺すわけがない」
ワレスは善良なジェイムズを苦く笑った。
十さいの女の子でも殺意をいだくことはある。伯爵がとんでもなく女にだらしない男で、幼い姪にまで手をだしていたなら……。
だが、どうも伯爵はそういうタイプではなさそうだ。
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