三章 2


「事件の日、カギはどこに?」

「居間のチェストの引き出しのなかですよ。このカギはとうぶん、あなたが持っていてくださいな。そのほうが調べるのに都合がよいでしょうから」


 クロウディアからカギを受けとって、ワレスはふところに入れた。

 それを見て、サイモンが口をひらく。


「じゃあ、フローラは部屋に帰っておいで。あの日も僕はフローラを部屋に待たせて、一人でろうかへ出ました。だから、かまいませんよね?」


 妹に血なまぐさい話を聞かせたくないのだろう。

 ワレスは承諾した。


「では、まず、部屋の近い伯母上とサイモンに聞きます。あなたたち二人のうち、どちらがさきに、ろうかへ出ましたか?」


 片方は目の不自由な老人だ。とうぜん、サイモンが手をあげる。


「悲鳴を聞いて目がさめたので、フローラを落ちつかせてから外へ出ました。

 すると、大伯母さまの部屋から音が聞こえました。僕は大伯母さまがぐあいを悪くしたのかと思い、向かいの部屋にかけこみました。伯爵以外は、誰も部屋にカギをかけません。ドアはいつもどおり、かんたんにあきました。

 僕が部屋に入ったとき、大伯母さまは夜着の上に肩掛けをまとうところでした。『大伯母さま、大丈夫ですか、どうかなさいましたか』と、たずねると、『いいえ。わたしじゃありません。上の階から聞こえたようです』とおっしゃいました。それで二人で、ようすを見にいこうということになったのです」


「なるほど。そのあと、二人でろうかへ出たんですね?」


 ワレスがうながすと、サイモンは大伯母の手をとり、奥へ向かって歩きだした。途中でひとつドアの前をすぎる。


「ここは?」


 クロウディアが答える。

「以前、この子たちの父が使っていた部屋ですよ。今は空き部屋になっています」


「カギはかかっていますか?」

「いいえ。いまわしいことのあった部屋というわけではありませんのでね。掃除もさせなければなりませんし」

「あとで拝見させてもらいましょう」


 さらに歩いていく。階段が見えた。三階へ続く、のぼり階段。その手前が、メイベルの寝室だ。


「ここまで来たら、ちょうど部屋から出てきた、メイベル叔母さまに出会いました。そうでしたよね? 叔母さま」と、サイモンが言う。


「ええ。わたくしも気になって、兄の部屋へ行ってみようとしていたところでした」

「では、ここからは三人で、あがっていったのですね?」


 ワレスが問うと、彼らは顔を見あわせる。

 代表でメイベルが答えた。


「いいえ。違います。わたくしは部屋が近いので、悲鳴は兄の部屋からだと、ハッキリわかりました。兄が心配だったので、サイモンにさきに行ってくれるよう、たのみました。かわりに、わたくしが伯母さまの手をとって、あとから階段をあがっていきました」


 老人づれでは、たしかに走ってかけつけるというわけにはいかない。


「なるほどね。サイモンのほうが若くて体力もある。男だから、万一のときにも対処できると考えたのですね。じゃあ、サイモン。君はあの日のように走って」

「わかりました」


 サイモンは階段を二段とびでかけあがっていく。そのあとを足の遅いクロウディアをつれて、ついていく。じきにサイモンの姿は見えなくなった。


 ワレスも走って追っていく。

 サイモンはちょうど、三階のあがりぐちの部屋のドアノブに手をかけたところだった。


「ここで、僕は一人でなかへ入ってみました」

「ああ。ちょっと待ってくれ」


 下をのぞいてみると、女二人は、まだ階段の半分くらいまでしかあがっていない。

 ワレスはふところからカギをだした。ドアをあける。


「あの日は、ここがあいてたんだな?」

「あけっぱなしだった。『伯爵、何かあったんですか?』と大声でさけびながら、かけこみました」


 じっさいに、サイモンはドアをひらき、室内に入った。


「あの日は夜中だったし、急なことだったので、明かりを持ってなかった。暗くて、室内を見渡すことはできなかった。でも、月明かりがあったから、歩くのに困るほどじゃなかった」


 今日は食堂からの帰りだ。サイモンは灯のついた燭台しょくだいを持っている。その明かりで、ワレスはザッと室内を見る。


「入ってすぐは居間なんだな」

「伯爵はここで一人、すごすことが多かった」


 書きもの机や、多くの本をならべた本棚がある。ひじかけ椅子。チェスト。グラスやデカンター。酒びんなどの入った、背の高い飾り棚も。

 落ちついたふんいきの調度だ。

 伯爵は孤独な男だったかもしれないが、趣味は悪くない。置かれた本が装飾でなければ、教養も高かったろう。


「リビングの両側に続き部屋があるんだ。右手がバスタブのある部屋で、衣装部屋にもなってる。で、こっちが寝室。あの日は寝室とのあいだのドアがあいてた。なかから明かりがもれてたんだ。それで、僕は寝室へかけよった」


 サイモンは左手のドアへ歩いていった。そこをひらくと、ワレスに道をゆずる。

 のぞくと、かすかに鉄っぽいような血の匂いがした。部屋が暗い。カーテンがとざされている。


「よく見えないな」

「今日はね。でも、あの日はベッドの枕元に明かりがついてた。戸口に立っただけで、そこに倒れてる伯爵が見えたよ。顔が……ああだったから、僕は伯爵だと思って、疑わなかった」


「そうか。あんたは若いからな。昔の伯爵を知らないのか」

「そうなんだ。それで、ビックリして……どうしたかな。一瞬、立ちすくんだと思う。そう長い時間じゃなかったと思うけど。気をとりなおして、寝室のなかへ入ってみた。胸にナイフの刺さってるのが見えたんだ。もう一度ビックリして、僕は部屋をとびだした。『伯爵が死んでる!』って叫びながら、ろうかへ引きかえしたところで、追いついてきた大伯母さまと叔母さまに会ったってわけ」


 今日のところは、サイモンは寝室に入るのをはぶいた。

 ろうかへ戻ると、ちょうど、そのとき、メイベルとクロウディアがドアの前に立った。


 ワレスは考える。

「ここでふたたび、三人になった。離れていたあいだは数分ということか」

 考えながら、女たちをながめる。

「そのあと、あなたがたは、どうしましたか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る