三章

三章 1



 ムチャしたせいで、湯あたりしてしまった。のぼせが冷めるのを待つうちに、日が暮れた。すぐに伯爵の部屋を調べたかったのだが。


 だまってベッドによこたわるワレスに、ジェイムズは何か言いたそうだった。けっきょく、何も言わなかったが。


 捜査が再開したのは夕食後だ。

 夕食は一階の食堂で、家族全員が集まっておこなわれた。

 今夜はジョスリーヌがいるから、とくに豪勢ごうせいだったのかもしれない。いかにも貴族の晩餐ばんさんというフルコースを堪能したのち、ワレスは口を切った。いちおう、殺人事件は食事中の話題ではないと遠慮していたのだ。


「例の事件のことです。奥方さまからも話を聞きたいですね」


 なんとなくソワソワしていたエベットは身をかたくした。


「わたくし、何も話すことはございませんわ」

「でも殺されたのは、あなたの夫でしょう?」


 違います、あれは兄ではありません——と申したてるメイベルを、ワレスは手で制する。


「あなただけが伯爵だったと言う。妹や伯母という肉親が、あれは伯爵ではなかったと主張するのに。その根拠はなんですか?」


「以前、あのかたがお部屋でくつろいでいるところを、ぐうぜん、見ました。あのかたは、そこに、わたくしがいないと思っていたのでしょうね。仮面をはずしておられました。そのときのお顔と、ご遺体の顔は同じでした」


「見まちがいではありませんね? たしかに同一人物だったと断言できますか? たとえば、見かけたとき、遠目だったわけではなく?」


「明るい光のなかで、ハッキリと見ました。距離は今のあなたと、わたくしより近かかったと思います」


 古い城にふさわしく、食卓は大きく長い。しかし、エベットとワレスはななめ向かいだ。顔の見わけは充分につく。


「わたくしは、あのかたが大火傷をおったときの傷を見たことはありません。ですが、思っていたより傷がひどくなかったので、意外でした。

 あのご遺体、メイベルさまは見知らぬ男だとおっしゃいます。でも、わたくしには、昔、どこかで見たことがあるような気がしました。ですから、伯爵さまだったのだろうと思いますわ。わたくしが、ちゃんと、あのかたを見たのは、結婚前後のほんの数回ですが」


 よどみなく話したあと、エベットはわずかに考えるそぶりをした。気になることがあるようだ。


「何か?」


 ワレスが問うと、あわてて首をふる。


「いえ。ヤケドのせいで様変わりしたのは、ほんとだなと思ったのです。それだけですわ」


 怪しい。が、そこに固執こしつしても話が進まないから、しかたない。


「あなたがぐうぜん、仮面をはずした伯爵を見たのは、いつのことです?」

「二年……くらい前でしょうか? よくはおぼえておりませんが」


 事件の数日前なら、そのとき、すでに伯爵と偽者が入れかわっていたという可能性もある。が、二年前ではそれは考えられない。


「かえすがえすも、伯爵の肖像がないのは残念だ。では、もうひとつ。先日の事件のときのこと。あなただけ、伯爵の寝室に来るのが遅かったそうですね。なぜですか?」


「眠っていたからです。音がして目はさめましたが、夢でも見たのだと思いました。もう一度、眠ろうとしたら、みなさまの声が聞こえてきたのです。何かあったらしいと思い直し、行ってみました」


 まあ、言いわけとしては立つ。が、ワレスはエベットの態度に、なんとなく事件解決に非協力的な壁みたいなものを感じた。


 いや、エベットだけではない。

 なぜだか、わからないが、この城のなかの空気そのものが、そんなふうに感じられる。

 エベットのほかにも誰かが、事件の真相を隠したがっている——そんな考えが脳裏をよぎった。


「では、また気になることがあれば聞きにまいります」


 こんなところで食いさがってもムダだ。いったん、ワレスはひいた。

 食後の飲み物も終わり、めいめい席を立ち、自室へ帰っていく。


 ワレスは色っぽい目線を送ってくるジョスリーヌを無視して、メイベルに声をかけた。


「伯爵の寝室を見せてもらいたいのだが」

「それなら、伯母さまにカギをあずけております」


「伯爵の部屋にはカギがかかっているのですね」

「あんな不可解なことがありましたので。気味が悪いからと、伯母さまがおっしゃって。死体を運びだしてから、ずっとカギをかけてあります」


 メイベルはついてくるよう手招きする。さきに食堂を出ていった伯母のあとを追った。

 ワレスはジェイムズやジョスリーヌをともなって、メイベルについていった。目の不自由な老婆に追いつくのはわけもない。ワレスたち四人は、一階の階段下でクロウディアと、つきそいのサイモン兄妹に合流した。


「伯母さま。このかたが、お兄さまの部屋を調べたいとおっしゃるの」

「ああ、そうかい。では、わたしの部屋まで来てもらいましょうかね」


 それで、七人でゾロゾロと二階へあがっていった。


 一階から二階への階段は、ふきぬけのエントランスホールをつなぐ半円形のものだ。豪華な手すりが装飾的である。パーティーのときなど、家族がそこから登場してくれば、華やかな印象を演出できる。


 二階の踊り場はろうかへと続く。

 構造上、二階から上の階段は、そこには造れなかったらしい。エントランスからの階段は、二階で終わっていた。


「ここが、わたしの部屋ですよ」


 二階にあがってが、クロウディアの部屋だ。ろうかをはさんで向かいが、サイモンとフローラの部屋。


「では、わたくしはここで。おやすみなさい。伯母さま」


 メイベルがろうかの奥へ歩いていきかける。

 ワレスは呼びとめた。


「待ってください。せっかく、こうして関係者がそろっているんだ。事件の夜を再現してもらえませんか?」


 メイベルは伯母の顔を見る。

 クロウディアがうなずいた。

「今、カギを持ってきますよ」


 クロウディアはサイモンの手をかりて、室内へ入っていく。奥の続き間へ、いったん消えた。伯爵家の人々の部屋は、どれも二間か、それ以上の続き部屋だ。


「これがレオンの部屋のカギです。以前はレオンが自分で持っていましたが、あのことがあってから、わたくしが保管しておりました」

「伯爵はつね日ごろ、自室にカギをかけていたのですか?」

「そうです。あの子は事故のあと、家族にも心をゆるさなくなっていましたのでね」


 ところが、事件の夜はそのカギがあいていた。

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