二章 2
「その入れかわりが、いつ起こったのか、ご家族にもハッキリとはわからないのですね?」
「はい。さきほども申しましたように、最初のころは、ときおり兄の顔を見かけることがありました。が、兄もそういう生活になれてきたのでしょう。のちにはそんなこともなくなりました」
「声が違うでしょう?」
「仮面をつけると、声はくぐもって聞こえますから」
しかし、ほんとにそんなことがあるだろうか?
何年も家族が別人であることに気づかないなんて。たとえ、仮面のせいで声が変わるとは言ってもだ。
いかに事故のせいで陰気になったとは言え、気質や仕草、クセまで、すべてをまねることなんて他人にはできない。笑いかた、話しかた、歩きかた。どんなつまらないことにも、その人特有の個性がある。
双子のように、たがいを知りつくした人間どうしなら、人目をごまかせたかもしれない。が、残念ながら、伯爵は双子ではない。
そう考えると、入れかわりは数日単位と思われた。
ためしに、たずねてみる。
「じつは伯爵は双子だったなんてことは、ないですよね?」
メイベルもクロウディアも一笑に付した。
「おもしろいことをおっしゃいますわね」
べつに笑わせるつもりではなかったのだが。
「では、遺体はどうなさったのです?」
「地下の安置所に入れさせました」
「伯爵として葬るのですか?」
「そのことでも困っています。わたくしは兄ではないと言うのですが、義姉が兄に間違いないと主張するのですわ。そんなこと、ほとんど兄の顔を見たこともないような義姉にわかるわけありませんのに。義姉は早く正式に兄が死んだことになって、自分の息子に爵位を継いでもらいたいのでしょう」
メイベルはひかえめに言ったが、クロウディアは、もっとあからさまに批判した。
「シオンがレオンの息子であるかどうかも怪しいものですよ。死んでいた男は、エベットの愛人に違いありません。あの女はレオンを嫌っていましたからね。かわいそうに。レオンは妻に裏切られて、城を追いだされたに違いありませんよ」
だが、もしそうなら、伯爵は自力で城まで帰ってくるだろう。ひとつき経っても、そのようすもないということは、やはり殺されている可能性が高い。
ですから——と、クロウディアは宣言する。
「わたしはレオンに何事かあったのなら、サイモンを次の伯爵にしたいのです。近々、親族を集めて、その相談をいたします。それまでに白黒ついているとよいのですけれど」
老婦人の期待にそえるかどうかは、今のところ、わからない。
「では、我々に城内を自由に調査する権利をください」
「もちろん、そのつもりですよ」
クロウディアが保証する。当主不在のこの城で権力をにぎっているのは、この老婦人らしい。
「わかりました。では、あとで事件の起こった伯爵の寝室を見せてもらいましょう。それと、できれば事故にあう前の伯爵の肖像を見せていただきたいのだが」
メイベルが悲しげな顔をした。
「肖像は事故のあと、兄がすべて燃やしてしまいました」
「それは残念」
死後ひとつきも経っていれば、遺体は相好もわからない状態だろう。しかし、いちおう、肖像と比較してみたかったのだが。
「ときに、このような事件が起こった場合、調査や処理はどこで行うのですか?」
「領内の事件は、わが家の兵に兄が命じます」
「今回のことについては、いかがされます?」
「かんじんの兄がおりませんもの。兵士たちに命じて、城じゅう探させました。が、兄は見つかりません。わたくしたちでは、どうしてよいやら……」
ろくな調査はなされていないということか。
「必要なときには兵士の力を借りてもよいですか?」
「騎士長のオーガストを、あとで紹介いたしましょう」
「ありがとう」
ひとまず、ワレスたちは客間にさがることにした。旅の疲れをとらないことには調査にならない。
客室は一階南向き。庭に面した二間続きだ。一室がリビングルームで、一室がベッド二つのならんだ寝室になっている。
ワレスとジェイムズで、ここを使えということだ。
ジョスリーヌだけは、家族の寝室に近い上階の、もっとよい部屋へつれられていった。
ジェイムズがおぼっちゃまらしいクスクス笑いをもらした。
「ラ・ベル侯爵に恨まれそうだな。君を独占してしまって」
「いいんだよ。たまには、おれだって本業は休業させてもらわないとな。頭脳労働のうえに肉体労働までさせられちゃ、かなわない」
古い
ところで——と、ジェイムズがたずねてくる。
「さっきの話だが、君はどう思った? 伯爵は生きているだろうか」
「望みは薄いな。さっきの話が本当なら、殺されていたのは奥方の愛人。それ以前に、伯爵は二人の共謀で殺されているだろう」
「じゃあ、どうして奥方の愛人が殺されていたんだ?」
「奥方が仲たがいしたんじゃないのか? 伯爵になりすました男が増長して、もっと若い妻が欲しくなったのかもしれないしな。離縁だと言われれば、カッとなる」
「私にはおとなしいご婦人に見えたがな。愛人と伯爵を入れかわらせるなんて、だいそれたことをしそうにない」
ワレスは首をかしげた。
ワレスにも、奥方のエベットは気の弱い女に見えたのだ。嫁をきらう小姑や、姑まがいの人物の発言をうのみにはできない。
「奥方の言いぶんも聞きたいところだな。なんにせよ、まだ取りかかったばかりで、結論を出せるほどの手札はない」
と、そこまで言って、ワレスは口をつぐんだ。ドアの外に人の気配を感じたのだ。つかつかと歩いていって、ドアをひらく。
ぎょッとしたようすで、サイモンが立っていた。
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