一章 4

 *



 馬車からおりたワレスたちは、サロンへ通された。


 あたたかいお茶が用意されるあいだに、家族の紹介がされた。

 現在、城で暮らす、ル・ビアン伯爵家の人々は六人。

 城主レオンの妻、エベット。

 八つになる息子のシオン。

 メイベル。

 先代伯爵の姉、クロウディア。レオンやメイベルの伯母にあたるこの老婦人は、未亡人だ。若いころ夫を亡くし、生家に帰ってきたという。


 このほかに、若くして死んだサイモン(レオンの弟)の子どもが二人。つまり、レオンやメイベルの甥と姪だ。

 甥は二十歳に近い青年。名前を父と同じサイモンという。

 女の子は十さいのフローラだ。


 それにしても、ジョスリーヌがレオンを世界一の美男と言うだけのことはある。美形ぞろいの一家だ。


 まさに絶世の美女というにふさわしいメイベル。

 メイベルには、やや劣るが、サイモンやフローラは人形のように美しい。


 レオンの息子のシオンは、二人よりさらに愛くるしい。彫りが深く、目鼻立ちのバランスが完璧かんぺき。将来は父に勝るとも劣らない美男子になるだろう。


 老女のクロウディアでさえ、若いころの美貌を残していた。ただ、老婦人は数年前から白内障をわずらっていた。視力はかなり低下しているはずだ。


 この一家のなかで、レオンの妻のエベットだけが、一人、異質なまでに存在感が薄い。器量が悪いというわけではない。小作りながら造作はととのって、線が細いぶん、とても女らしい。

 だが、ル・ビアン家の顔立ちにくらべれば、地味に見えてしまうのはいなめない。

 シオンは完全に父親似なのだと、ワレスは想像した。


 ジョスリーヌと伯爵家の人々は、さかんに社交辞令をかわす。ようやく、本題に入ったのは、かなりあとだ。


「それでね。今回、わたくしが来たのは、レオンお兄さまのことなの。お兄さまがお亡くなりになったと聞いて、胸を痛めていたのよ。変わってしまったお兄さまを見るのがつらくて、疎遠そえんになってしまったけど。ずっと気にかけていたわ。お兄さまが殺されたというのは、ほんとかしら?」


 ル・ビアン家の人々は瞬間、たがいの顔をさぐりあった。

 変な沈黙があったのち——

 奥方のエベットが息子の手をとって立ちあがる。


「用事を思いだしました。失礼いたしますわ」

 逃げるように、そそくさと去っていく。


 ジョスリーヌは腹を立てた。大事な話をしようとしたやさきに中座されるなんて、そんなあつかいにはなれてないのだ。


「あら、まあ。なんだというの? あのかた。わたくし、お兄さまの結婚式のときに見かけただけで、ほとんど話したことないのよね」


 したり顔をしたのは、クロウディアだ。この老女はそうとう口やかまし屋のようだ。クロウディアは見えない目を若い甥のほうに向ける。有無を言わさぬ口調で命じた。


「サイモンや。ここはよいから、フローラをつれて自分たちの部屋へお帰り」


 サイモンは聡明そうめいな青年らしかった。これから話される内容を察したのか、なぜとは聞かず、素直に妹をつれて退席した。


 兄妹が去ると、クロウディアは視点の動かない目を、ジョスリーヌに向けた。


「申しわけありませんでした。ジョスリーヌお嬢さま。子どもたちには聞かせたくないことでしたので」


 それで、エベットはいちはやく息子をつれだしたわけだ。


 ワレスは口をはさむ。

「つまり、奥方にとって都合の悪い話ですか?」


 クロウディアの顔が、かすかにワレスに向く。

「皇都の裁判所のお役人でしたね。お若いかた」


 ほんとは違うが、そのほうが話が早い。ここでは、ワレスはジェイムズの補佐官として紹介されていた。


 ワレスの代わりに、ジョスリーヌが答える。


「二人とも若いけど、とても優秀なのよ。お兄さまを殺した犯人を見つけてもらおうと思うの。二人とも、わたくしの友人でもあるから、信用していいわ。なんでも打ち明けてくれないかしら」


「はい。わたくしどもの知ることは、残らず話しましょう。メイベル。おまえ、お話しなさいな。わたしはこのとおり、目が不自由ですからね。わたしの見えなかったことも、おまえなら見ているはず」

「はい。伯母さま」


 メイベルの語った事件の様相は、とても奇妙なものだった。

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