十章

十章 1



「その前に、二人とも仮面をはずしてはどうです?」

 ワレスは提案する。


 道化師はすぐに仮面をはずした。その顔を見て、メイベルが小さく声をあげる。


「ジョーナス……あなただったのですか」


 答えたのは、ワレスだ。

「さようです。姫。彼はあなたの兄上の乳兄弟であり、異母弟でもある。マリットの息子、ジョーナスです」


 メイベルはがくぜんとする。

「異母弟?」

「やめてくれ。メイベルは知らないのだ」と、鉄仮面をかぶったままの伯爵が言った。


「姫だって子どもじゃありませんよ。閣下。そのくらいの事実は受けとめられるでしょう。ましてや、もっと深い苦悩のあとなのだから」


 伯爵は仮面のむこうで、うめき声をしぼりだした。


「ああ、すべて私が悪いのだ。こんなことになるとわかっていたら、あのとき、すぐにアイツを殺してしまったのに……」


「温情があだとなりましたね。しかし、あなただって苦しんだはずだ。この二年間、あなたはずっと牢のなかだったのでは?」

「マイルズが私から鍵をとりあげてしまった。牢の鉄格子の鍵と、この仮面をはずす鍵を」


「やっぱり、死んでいたのは、マイルズですか。それで謎は解けました。すべては、あなたのちょっとした思いつきから始まったのだ。閣下。あなたとジョーナスは、体格がひじょうに似ている。顔を隠して並んで立つと、どちらがどちらかわからない。そこは、やはり兄弟だ。声や気質にも似たところがある」


 伯爵はため息をつく。


 ジェイムズはちんぷんかんぷんのようすで、遠慮がちに口をはさむ。


「どういうことなんだ? ワレス。なぜ、伯爵が牢に入っていて、牢に入っていたはずのマイルズが、伯爵になって死んでたんだ?」


 ジェイムズのために、ワレスは決定的な一言を告げた。


「全部、お芝居だったんだよ」

「芝居?」

「伯爵が事故で火傷を負ったことも。マイルズの顔をつぶしたということも。すべてはある目的のために、伯爵が計画した芝居にすぎなかった。この二十年間、伯爵は家族にもナイショで、ジョーナスと二人一役を演じていた。そうですね? 伯爵」


 ジェイムズとメイベルが驚きの声をあげる。

 ワレスは続けた。


「おれに正体がバレそうだと思ったジョーナスは、自分のことを話さないよう、マリットに頼みにきた。が、一足遅かった。おれは小館に入ったとき、ろうかの細密画を見ていた。道化師がマリットの息子であることを確認ずみだった。数日後には、モントーニのもとへ送った使者も帰ってくる。モントーニは閣下の火傷が嘘だということを知っていたんでしょう? 火傷の芝居には、医者の協力が不可欠だ。俗物的な野心家のモントーニを買収することで成功させた」


 ここまで暴露されては、ごまかしようがない。伯爵はみずから口をひらいた。


「最初はほんとにケガをするつもりだった。だが、男が仮面をつけて人前に顔をさらせなくなるほどの大ケガとなると、治るのにたいそう時間がかかる。そのあいだ、私の身動きがとれないのでは都合が悪かった」

「そうでしょうね。あなたの計画の遂行すいこうに支障をきたす」


 伯爵は仮面のむこうで笑ったようだ。

「なにもかも、お見通しか」


「あちこち奔走して調べまわりましたから。あなたはたいした男だが、ジョーナスとの意思の疎通のために、帳簿や日記を細かくつけておく必要があった。マイルズにいたっては、秘密を隠す気があったのかと疑いたくなるほど、かんたんに足がつきましたよ。城下の花街で。まあ、マイルズは長期の計画をたて、それを実行できるような男じゃない」


「うむ。マイルズさえ帰ってこなければ、私の計画はうまくいった。いや、もともと、マイルズがエベットを追ってこなければ、こんな計画じたいがなかったのだ。始まりは、あの二十年前の夜。私が彼ら二人の逢瀬を見てしまったことから起こった。私は嫉妬に狂った。が、だからといって、じっさいにマイルズの顔を傷つけて、餓死させるほどのことではない。私はマイルズがどんな男だか知っていたので」


「マイルズはジゴロだったのですよね? おれもジゴロだから、ジゴロのことはよくわかる。二人で逃げるより、たまに会おうと言った、やつのセリフ。あれを奥方から聞いたとき、ピンと来ましたよ。こいつはおれと同類だぞ。はなっから、金目当てでエベットに近づいたんだって」


 伯爵はうなずいた。

「ジョーナスが注進してくれたのだ。ジョーナスは自分の出自のために気を使い、二十歳をすぎると、役者になると言って城を出ていってしまった。マイルズと同じ劇団にジョーナスが入ったのは、運命のイタズラだった」

「なるほど。それを機に、ジョーナスはあなたのもとへ帰ってきたのですね?」


 答えたのは、ジョーナスだ。

「心配だったのです。マイルズはしつこい男だ。悪いことが起こるのではないかと。私は妾腹の身でありながら、まるで閣下と実の兄弟のように育ててもらった。先代伯爵ばかりか、奥方さまのリベラさまにまでお優しくしていただきました。その恩義にいつか報いねばと、ずっと思っていたのです」


「そなたにもすまぬことをしたな。ジョーナス。私のワガママにつきあわせて」

「私はかまいません。敬愛するあなたの代役を演じることは、私にはけっこう楽しいことでしたよ」


 手をとりあう兄弟を、ワレスは横目に見る。そして、次に入口の扉をうかがう。

 大丈夫。ちゃんと来ているようだ。


「では、話をもどしましょう」と、切りだす。

「閣下はマイルズの正体を知って、彼からエベットをうばうことにしたのですね? それが、あなたがたの結婚の話だ」

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